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ヨルムンガンド討伐 14


side ジョゼフ・ウル・オーガンド


 3ヶ国との会談が終わり、公国の女王と帝国の皇帝はそれぞれの国へ戻って行った。静けさに包まれた会議室には、未だ余と宰相が残っている。


「へ、陛下、本当によろしいのですか?」


「ん?何がだ?」


「禁書庫には他国に知られると不味いものも有ります。特に歴史書については・・・」


言葉を濁す宰相に、余はニヤリと口角を上げる。


「そんなもの見せる訳なかろう!よいか、機密性の高い書物については別の場所に移しておけ!空いたスペースにはダミーの書物を入れるのだ!」


どこの国にも不都合な真実というものがある。とりわけ、過去の歴史については真実を把握してはいても、それを認めることが出来ないこともある。


「畏まりました!すぐに手配いたします!」



 そうして宰相は安心したような表情を見せると、足早に会議室を去っていく。



少し時間が経った頃、扉がノックされる音が響いた。


「入れ!」


『失礼いたします!』


扉を開けて現れたのは、ロキシード子爵だ。ゆっくりとした歩みで余の元まで来る

と、いつものように(うやうや)しく跪いた。


「陛下、事態は順調に推移しておいででしょうか?」


「順調と言うほど手放しで言える状況ではないがな・・・」


ロキシード子爵の言葉に、国王は鷹揚(おうよう)に答えた。


「陛下の心労、お察し申し上げます」


「再度確認するが、ここでの会話は大丈夫なのであろうな?」


「はい。『調(しらべ)』からの報告によりますと、どうやら()は会話の内容まで把握できるような能力ではないとの事にございます」


あの者が遠方からでも誰がどこに居るのか分かるという報告を聞いたときに、同時にその場で話している内容までも分かるのではないかという可能性を考え、実際のところが判明するまでは、こうして直接顔を会わせず報告書でのやり取りだった。しかも、確認出来るまでは見られているかもしれない、という前提で小芝居まで行う念の入れようだった。


「とはいえ、あまり長々話すわけにはいかんな」


「仰る通りかと。しかし、今は女王達を送っている最中でもありますし、こちらに意識を割く余裕はそう無いと愚行致します」


「ふむ。しかし、神話の化け物が出てくるのは少々想定外だったが、逆に良い材料になったとも考えられるな」


「左様でございますな。あとは問題なくあの者が、討伐もしくは撃退出来ればでございます」


「あの者がヨルムンガンドを撃退できなかった時点で我らに未来がない可能性もある。あの者には文字通り死ぬ気でやってもらわねばな」


「仰る通りでございます。して、各国の動きはいかようでございますか?」


「ふっ、想定通りに動いたわ。どの国も騒動後の囲い込みに躍起になっておる」


「ヨルムンガンドを撃退したならば、彼の名声は大いに利用できますからな。その為、公国はマーガレット王女、帝国は【剣聖】ジャンヌ大佐、そして我が国は聖女フリージア・レナードと陛下の血を引くシルヴィア・ルイーズ、更には私の娘のティア・・・現状では我が国が一歩リードというところでしょう」


ロキシード子爵は妖しい笑顔で各国のバランスを分析していた。


「ふっ、知らぬは本人達だけということか」


「帝国のジャンヌ大佐は理解しておいででしょう。ただ、目標の人物が自分の好みだったというだけだと愚行致します」


確かに彼女の目は、恋する女のそれだった。皇帝との利害が一致した上での行動であると考えられる。


「ふむ、所詮【剣聖】といえど、女であるということか」


「帝国にとっては、それが功を奏しているようです」


「・・・確かにな」



 情報の確認も終わり一息つく。聖女フリージアの処刑命令から始まった一連の計略もようやく実を結ぼうとしている。ヨルムンガンドという存在の出現以外は、ほぼ想定通りの動きとなっていた。


そもそも当初の想定では、あの者が戦争に介入し、我が国の問題を解決させると同時に、適当にその行動を称えてあの者に与する者全てに褒美を与えつつ、取り込もうとしていたのだ。わざわざ王国から一度出奔させるように誘導したのは、中立として動きやすいようにしてやった結果だ。


「それにしても、陛下の慧眼には敬服するばかりでございます」


共に策を用意しているロキシード子爵は、全て余の功績だと言わんばかりの態度だった。見え透いたおべんちゃらだが、自分の想定したものの一つに物事が進むというのは悪い気分ではない。


 フリージア処刑の段階で共に死んでしまえばそれで良し。王国を出ても聖女と名高いフリージアと共にしていれば王国に害を成す行動は(はばか)れ、戦争に介入することまで想定済みだった。現状は、数ある策の内の一つが選ばれているというだけだ。


「全ては王国の繁栄のためだ。では、フリージア達に褒美の準備でもしておけ」


「はっ!世界を救った人物を支えたということで、子爵位でいかがでしょうか?」


「娘達はそれで構わん。あの者には侯爵位でもくれてやれ」


「畏まりました」


ロキシード子爵はまた恭しく頭を下げると、会議室をあとにした。残った国王は、笑みを浮かべながら一人呟く。


「さぁ、余の手の上で上手に踊れ」




 皇帝を送るためにエリシアル帝国へと移動した先で、ジャンヌさんの準備の関係に少し時間を要した。一応武装や衣服等を準備していたが、基本的に衣服は軍服だった。今は非常時のため、自分の気を引き締めるためにも常に軍服を着なければならないと言っていたが、ジャンヌさんの目は、戦場に赴く兵士のように見えた。


(何をそんなに気合いを入れているんだろう?)


彼女に求めるのは、様々な書物の情報から考えられる武術的観点の助言だ。別に何かと戦うわけではないので、その気合いの入りように僕は困惑して彼女を見ていた。ただ、皇帝と女王は訳知り顔で彼女を見ていたが、その表情は実に対照的だった。朗らかに彼女を見つめる皇帝に対して、女王は複雑そうな表情だった。


その表情が意味するところは分からぬまま、ジャンヌさんを連れだって女王と共に公国へと移動する。


「ダリア殿、世界を頼んだ!ジャンヌ大佐、精一杯力を発揮してくるんだぞ!」


「はっ!行って参ります陛下!」


皇帝の言葉に、ジャンヌさんは敬礼と共に返答した。彼女には何か僕の考えとは違うニュアンスのありそうな皇帝の言葉に少し首を捻るところはあったが、そのまま帝国を後にする。


「では、失礼します」



 〈空間転移(テレポート)〉で公国の王城前へと到着すると、すぐに門番の騎士が僕達の姿に気づいて駆け出してきた。


「じょ、女王陛下!無事の帰還、お喜び申し上げます!」


傍らに槍を置き、跪きながら帰還を喜ぶ騎士に、女王は優しく微笑みながら応えた。


「少し国を空けましたが、状況は?」


「はっ!多少の混乱は今もありますが、大きなものには至っていないと報告を受けております!」


「そうですか。では、すぐに会議を開きますので手配をお願いしますね」


「はっ!畏まりました!!」


騎士は女王の言葉をすぐに行動に移すべく足早に立ち去った。入れ替わるように奥からメイドさんが現れて、王城の中へと案内された。


 ジャンヌさんと少し別室で待たされた後に、一緒に会議へと出席することになったが、その場では目新しいことは無かった。僕が各国の首脳に伝えた内容は、既にメグから各大臣達に共有されていたようで、主な議題としては各国との連携についてと、ジャンヌさんの扱いについてだった。


他国の最高戦力ではあるが、現況の世界情勢を鑑みて国賓待遇とすることで話はあっという間に進んでいく。一応彼女の主武器である双剣も持ってきているのだが、さすがに常時所持を認めるわけにはいかないということで、平時は僕が預かるということになっている。その事についてジャンヌさんは特に不平不満を見せることはなかった。


 そうして無事会議も終了し、先に書物から情報を集めているはずのみんなの元へと移動する。みんな王城の書庫にいるようで、メイドさん先導のもとジャンヌさんと共に向かった。書庫の扉を開ける直前、僕はあることに気づく。


(あっ、ジャンヌさんの事を説明しなきゃ)


以前、ジャンヌさんが修行するという名目で来るということは伝えていたが、今回の騒動でその事を完全に忘れていた。しかしこうして一緒に来てしまっているのだ、みんながどんな反応をするか少し不安を感じてしまう。


チラリと横目でジャンヌさんを見ると、帝国を出るときと変わらない戦闘体勢のような表情だった。


(・・・ん?もしかして、ジャンヌさんのこの表情はみんなと顔合わせするからなのか?)


彼女が今何を考えているか僕には分からないが、みんなの反応を考え重い気持ちになる僕とは対照的に、書庫の扉は軽々とメイドさんの手によって開け放たれた。

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