戦争介入 10
午前中はフリージアに頼まれた何冊もの本をメグと図書館司書さんの案内のもと、今拠点としている保養地の屋敷へと運んでいった。彼女のメモには、砂漠についてのことや、農業の指南書などがあった。
図書館には数えきれない程の書物があったので、司書さんのお薦めを何冊か見繕ってもらった。それでも、何十冊と積まれていく本を見ると、全部読むのに一体どれ程かかるのか見当がつかなくなってしまう。
(読む前から心が折れちゃうよ・・・)
言葉に出さずにゲンナリしながら本を収納し終わった頃には、既にお昼を過ぎていた。
屋敷に戻り、空いている部屋に本を取り出していくと、メイドさんが手際よく本棚へと種類別に並べていってくれた。
そこにフリージアが現れ、持ってきた本の数に驚きながらも、意を決したように本を読み始めていた。
「私はしばらく籠りますので、ダリア君も自分の出来ることをしていて下さい」
そう言うフリージアに気圧されて、邪魔にならないように静かに部屋を出ようとすると、声を掛けられる。
「たまに私の様子を見に来てくださいね。あっ、もちろん一人でですよ!?」
聖女の微笑みを浮かべる彼女に念を押されて言われたので、必ず様子を見に来なければと心に誓った。
そして、夜も遅めの時間になってきた頃、公国の王城を空間認識で窺っていると、ティアが部屋に一人でいるのが確認できた。
彼女は今日の昼頃には既に首都に入っていた。その移動速度からメグを捕まえたときに王国が手に入れたであろう、スレイプニルを使っているのではと推測した。
メグとシャーロットが言うには、今日は顔合わせで、本格的な会談は明日以降だろうということだった。そこで、その会談の前にティアに接触したいというシルヴィアの希望でもって、今夜会いに行くことになった。その際、シャーロットは会談が終わるまで王城に残るということだったので、メグにはメイドさんの手引きも併せてお願いした。
また、空間認識の際に別の知人も確認していた。それは、『風の調』のアインさんとツヴァイさんだ。シルヴィアが攫われる際に瀕死の重傷を負ってしまっていたツヴァイさんは僕が治療したものの、出血が酷く心配だったが、こうして公国に来ているということは仕事の依頼があっての事なのだろう。
(もう仕事に復帰しても大丈夫なくらい回復したのかな?元気になって良かった)
特にみんなに伝える必要も感じなかったので、彼女達については何も言わなかった。
タイミングを見計らい、ティアの部屋の前の廊下に誰も居なくなったのを確認して〈空間転移〉で部屋の前に移動した。
「ではダリア様、私はここで」
「うん、気を付けて」
「連絡はしていますが、お伝えしたようにミーシャと落ち合ってください。場所は大丈夫ですか?」
「ええ、問題ありませんわ」
そう言うと、シャーロットは踵を返して静かに王城へ消えていった。その姿を見送って、メグとシルヴィアと共に扉をノックした。
『はい、どちら様でしょうか?』
室内から久しぶりに聞くティアの声が遠慮がちに聞こえてきた。
「ダリアだけど、今良いかな?」
『・・・えっ!?ダ、ダリア!?どうして?』
「いや、まぁ、色々あってね・・・。ところでティアにちょっと話があるんだけど、マーガレットとシルヴィアも一緒なんだけど良いかな?」
『えっ?えっ?』
あまりに想定外だったのだろう、いつもの物静かな彼女の口調からかけ離れた驚く声が聞こえてきた。少しすると、ゆっくりと扉が開き、彼女が中から顔を出した。
「・・・ん、本当にダリアだ。それに、マーガレットとシルヴィアも・・・」
少し落ち着いてきたのか、いつもの口調に戻っている。
「久しぶりだねティア?こんな時間に悪いけど、中に入っても良いかな?」
そう聞くと彼女は扉を大きく開き、僕達を招き入れた。
「ん、どうぞ」
彼女の割り当てられている部屋は十分な広さのあるもので、入って最初に目につくのは大きな4人掛けの丸テーブルだった。奥には別の部屋への扉もあり、メグ曰くそこは寝室になっているのだという。一人で使うには広すぎるのではないかと思うほどだったが、他国の使者を招く際にはその国の見栄もあって、これぐらいは普通なのだという。
みんながテーブルに座ると、一応外の耳目を気にして空間認識を意識しつつ話し始めた。
「こんな時間にゴメンね」
「ん、大丈夫。それより私もみんなに聞きたい事がある」
「それはそうだよね。・・・じゃあ先にどうぞ?」
今彼女の目の前に居るのは、シルヴィアは別としても王国の反逆者となった僕と、戦争間近の公国の王女なのだから、聞きたいことがあるのも当然だろう。
「ん、フリージアとシャーロットも公国へ来ているの?」
「そうだね。2人とも処刑されそうだったから僕が助けたんだ。メグの助力もあって今はこうして公国に身を寄せているよ」
「そう。・・・ダリアは公国の力となって王国と戦うつもりなの?」
「そのつもりはないよ。どちらかというと戦争は止めたいと思っている方かな」
「ん、それは非現実的。例えその場の戦いを止められても、戦争自体は止まらない」
ティアは、みんなの危惧していた事を的確に言い当てる。
「そうだね。僕らは今、各国の戦争の根本的な原因を解消できないか探しているんだ」
「ん、それは一個人や子供の私達がどうこう出来るスケールの話じゃない」
「ティアさんは、これから起こる戦争は致し方なしと考えているのですか?」
今まで静かにティアの言葉を聞いていたメグが、彼女の真意を確かめるように質問した。
「ん、戦争なんて無い方が良い。でも、どうしようもないことだってある」
ティアは何だか色々なことを諦めたような表情をしている。今日再会するまで彼女に一体どんな変化があったというのだろう。そんな彼女の様子に、シルヴィアも話し掛ける。
「ティアさん、私は王国を捨てたようなものですが、今とても楽しいですよ?ティアさんは今、楽しいですか?」
「・・・・・・」
「どうしましたか?ティアさん?」
「・・・・・・」
「楽しくないんですか?」
シルヴィアの言葉に、少し俯きぎみになったティアを覗き込むように彼女は質問を重ねていた。
「・・・そ、そんな・・・」
「ん?」
「そんな、本当に楽しそうな顔をして、そんな質問しないでよっ!!あなただって分かっているでしょ!?半分王族の血を引いているあなたなら!一度攫われているあなたなら!私にだって立場がある!親から期待されている役割がある!逃れようのない運命がある!」
今までの彼女の態度とはかけ離れた、感情を露にした叫びだった。
「そうだね、私も大人の思惑で攫われ、利用されそうになった。フリージアさんも聖女としての役割があった。そして、マーガレット殿下にも王女として逃れられない運命がきっとあるかもしれない。でも、ダリア君はその全てを救ってくれた。彼自身も過酷な人生を歩んできていたのに、ただそうしたいからと、友人にすぎない私達を救ってくれたんだよ」
「・・・だから私も救われるっていうの!?彼に甘えて助けてもらえって!?」
「ううん、そうじゃないよ。私は曖昧な記憶の中に確かに覚えているものがある。助けを求めていたけど、それ以上にこの状況に負けたくないって思っていた記憶がある!これ以上自分を失いたくないって抗っていた記憶がある!そうでなかったらきっと、私はここには居なかったかもしれない・・・」
そうティアに訴えかける彼女の言葉にあの時の事を思い出す。エリクサーを飲まそうとした時に、飲まないよう必死に抵抗していたあの時の彼女を。きっとあの行動はそういう意味だったのだろう。これ以上薬を飲まされて、完全に自我が壊れないようにと。
「だから何!?私にどうしろって!?」
「決意するの!自分の本当にやりたいことをやり通すって!私が力になれることがあれば全力で協力するよ!」
「そうね。シルヴィアさんだけじゃない、私も友人としてあなたが決意したのなら協力は惜しまないです」
「もちろん僕もね!」
「・・・・・・」
「もう一度聞くねティアさん。あなたは今楽しい?あなたは何がしたいの?」
「・・・・・わ、私は・・・」
ティアは声にならない声を絞り出しているようだった。その手はきつく握り絞められ、力を込め過ぎているのか、小刻みに震えているようだった。そんな様子に、彼女の心の葛藤が窺えた。
(自分が望む自分と、他人が望んでいる自分は、必ずしも一緒じゃない。きっとそんな周りからの期待と自分の希望のズレに苦しんでいるのかもしれないな・・・)
この世界では、自分のやりたい事が出来るという事の方が希だろう。【才能】と【血筋】によって自分の将来はほぼ決まってしまうのだから。それを無視して自分のやりたいことをやったところで、途中でほとんどの者が挫折していくだろう。持つ者と持たざる者は、それほどまでに埋めがたい能力の差があるのだから。
ティアにだってきっとやりたい事の一つや二つあるはずだ。ただ、それを声に出してしまえば、今までずっと心の中で押さえてきたものが堰を切ったように溢れ出すかもしれない、そんな不安が彼女にはあるのだろう。
「わ、私だって本当は・・・ダリアとーーー
彼女が精一杯の決意で話そうとしている最中、この部屋に近づいてくる存在を認識した。
(くそっ!もう少しティアと話したかったのに・・・)
彼女の想いが聞けるせっかくのタイミングだったが、近づいてきているのは彼女の父親、宰相だ。物理的に部屋の扉を開けないようにすることも出来るが、今は変な不信感を与えたくなかったので、話の途中だったが切り上げる。
「ゴメンね、ティア。宰相がこの部屋に近づいてきている。僕らはこれで引き上げるよ」
「っ!!」
「・・・そうですか。また来ますねティアさん。その時もきっと同じ質問をします。あなたの本当の想いをその時に聞かせてください」
「・・・・・・」
シルヴィアが残念という表情でティアに伝えた。その言葉に彼女は寂しいような、安堵したような、そんな複雑な表情を浮かべていた。
「ティアは僕の大切な友人だ。君の嫌がることはしたくない。僕と前みたいに笑顔で一緒にいてくれると嬉しいよ」
僕は笑顔でそう言い残して、〈空間転移〉で王城を去った。