復讐 18
初めて王城をその目で見た。まるで山のようにそびえ建つ城は、圧倒的なまでの迫力があった。城門でさえも見上げるような大きさの門には、でかでかと王家の紋章がデザインされていた。
王城自体は白を貴重としているのだが、所々に黄金をあしらっており、一目でこの国の王が住む、豪華な装いだというのが分かる。門番には4人の騎士が2人ずつ左右に分かれ、微動だにすること無く、王城に近づく僕を見据えていた。
(デカイな・・・この大きな城には一体何人が暮らしているんだろう?)
そんな益体もない事を考えながら、城門まで来ると、門を守護している騎士に声を掛けられる。
「そこで止まりなさい。この先に進む場合は、許可証を提示してください」
騎士はまったく威圧すること無く、優しい声音で僕に話し掛けてきた。おそらく僕の来城も、僕の容姿も騎士に伝わっているのかもしれない。僕は懐から学園長から渡された許可証を取り出すと、騎士に見せた。
「確認した。直ぐに案内役のメイドが来ます。少々お待ちいただけますか?」
「分かりました」
城門の脇で案内が来るまで周りを見ていると、まだ朝の早い時間帯だけあってか、城の近くの通りは誰も通行していなかった。そもそも、ここは王族しか居住できない区画なので、広さの割に住んでいる人はかなり少ないらしい。
今日の僕の服装は、公国で購入したジャガードスーツだ。インナーは白のシャツに、上着は黒を基調としたシンプルなものだ。ワンポイントとして、所々に銀色を差し色のアクセントのように使っていて僕の髪の色と合っているので気に入っている。ちなみにこれはティアが選んでくれたものだ。
一応恥ずかしくない格好だと思うのだが、先程から人通りはなく、比較対照が居ないのでこれが正しい服装なのか、ちょっと浮いているのかは分からなかった。
そんな感じでキョロキョロしていると、城の方から1人のメイドが小走りでこちらに向かってきているのに気付いた。
「お、お待たじぇ・・・お待たせ致しました!私は本日ダリア・タンジー様の案内役を仰せつかっております、シエスタと申します」
額にうっすら汗をかき、噛みながらも頭を下げて挨拶してきた彼女は、僕とそう変わらない位の年齢に見える。髪は黒のロングヘアーを後ろで束ねている。そのメイド服は公国では見たことの無いデザインだが、丈がやたらと短めだった。動きやすいとは思うが、下着とかが見えそうな服装は良いのだろうかと思ってしまう。
ただ、城門の騎士達は軒並み迎えに来たメイドの太ももに視線が集中しているので、もしかしたらこの服装は、人気があるのかもしれない。
「はじめまして、ダリア・タンジーです。案内よろしくお願いします」
「はい。では、こちらに付いて来て下さい」
彼女は息を整えて、僕に付いてくるように促した。
彼女に付いて案内されたのは、謁見の時間が来るまで待つ部屋とのことだった。ただ待つだけの部屋にしては内装は豪華で、僕の寮の部屋よりも広い。予定の時刻まではまだ結構な時間があったので、シエスタさんがフルーツの盛り合わせと飲み物を持ってきてくれた。
「ありがとうございます。少し聞きたいことがあるのですが、良いですか?」
「は、はい。私で答えられることであれば」
飲み物等を提供し終え、部屋の隅に控えようとしていた彼女は、緊張した面持ちで僕に向き直った。
「いえ、大したことではないのですが、僕の服装はこれで大丈夫ですか?」
服が見えやすいように、両手を広げながら彼女に今日の服装を見てもらう。彼女は最初キョトンとした表情をしていたが、僕の質問を理解すると笑顔で僕の服装を見てきた。
「とても似合っていますよ。陛下にお会いするにも、問題ありません」
「良かった。ありがとうございます」
それから少し打ち解けたように、彼女と世間話をしながら時間が来るまで過ごした。話を聞くと、彼女は今年成人したばかりでメイドとして働き始めて間もないのだという。
実家は男爵家らしく、その家の次女ということだ。実家はお兄さんが既に継いでおり、自分はどこかに就職しなければならなかったが、運良く王城のメイドとして雇ってもらえたのだという。
「今はまだ勉強中の身ですが、将来は誰からも認められるメイドになってみせます!」
「頑張ってください」
自分の将来に希望を抱く彼女は、目が輝いているようだった。いつか僕もそんな明確な目標が持ちたいと彼女を見ると考えてしまう。
やがて時間が来たのか、部屋にノックと共に妙齢の美人なメイドさんが入室してきた。
「お待たせ致しました、ダリア様。国王陛下の準備が整いましたので、ご案内いたします」
「分かりました。お願いします」
どうやらシエスタさんはここまでのようで、ここから先はまた違うメイドさんの管轄のようだ。彼女は憧れの眼差しを妙齢のメイドさんに送っていた。
引き継いだメイドさんに付いてしばらく歩くと、2人の騎士が槍を装備して警備している、一際豪奢な扉の前まで案内された。
「こちらが玉座の間でございます。中から声が掛かりましたら扉をお開け致しますので、少々お待ちください」
そう言うとメイドさんは、僕の少し後方に控えるように位置どった。そのまま5分ほど待っていると、部屋の中から「入れ」という声が聞こえてきた。その言葉を合図に、2人の騎士が左右に扉を開いてくれた。
「ではダリア様、決して陛下の顔を見ずに、少し下を向いてゆっくりと歩いて行って下さい。止まる場所は合図がございますのでご心配無く」
なんだかとても面倒な作法があるようで、正直色々言われてゲンナリしてしまう。ただ、ここで面倒を起こす気はないので、言われた通りに少し俯きながらゆっくりと歩き出した。
玉座の間を空間認識で確認してみると、広い部屋の左右に20人づつの人物が列を作っている。左側は武器を帯剣しているので、騎士などの武人系なのだろう。右側は体格から判断すると、文系の人達のような気がする。認識の中には、話をしたことのある軍務卿や、ティアのお父さんである宰相も居るようだ。
(宰相や軍務卿は玉座の一番近い所に立つものなのか)
位置取りからそんなことを考えていると、しばらく進んだところで軍務卿から声が掛かった。
「そこで止まれ!臣下の礼を!」
そう言われ、片膝を着いてそのまま下を向いておく。すると、今度は宰相の方が話し始めた。
「ダリア・タンジー、此度の働きは誠に見事であった。王国に牙を向いた改革派閥の盟主である、ライラック・フリューゲンの討伐の褒美として、国王陛下より報奨を下賜する」
宰相がそう言うと、一段高い場所の玉座に座る王が、重々しく口を開いた。
「おもてを上げよ」
国王の重厚な声が辺りに響き、顔を上げた僕は始めてこの国の王を見た。見た目は白髪混じりの金髪で、齢50歳ほどといった感じのする偉丈夫が、玉座に腰かけていた。
「余がオーガント王国国王、ジョゼフ・ウル・オーガストである。そなたの此度の働きの報奨として大金貨100枚、並びに騎士爵の地位を授けるものとする」
「慎んでお受け致します」
そう言うと、僕の目の前に大金貨の入った箱と金で装飾された短剣がワゴンに乗って運ばれてきた。王の出番は終ったようで、後は宰相が色々と話し始めた。
「箱の中には陛下の申し上げられた大金貨が入っておる。その短剣は貴族であることの証である。また、貴族の紋章が許されるのは男爵位からとなることを伝えておく。さらに、貴族に叙爵されるのは成人してからとなる為、今回は例外的にダリア・タンジーを準貴族扱いとする」
「承知致しました」
僕がそう言うと、宰相が報奨が乗っているワゴンまで進み出て、短剣を手に取り、柄を僕の方に向けて差し出してきた。
「今後このオーガント王国の為に益々の活躍を期待する」
差し出された短剣を受け取り、教えられていた言葉を述べる。
「我が剣は王国の為に振るわれる」
そんな気はさらさら無いのだが、あくまでも形式上の言葉なので、とりあえず宣言しておいた。さらに宰相は大金貨の入った箱を持ち上げると、僕の後ろで同じく臣下の礼を取っていたメイドさんがサッと僕の隣に来て、代わってその箱を受け取ってくれた。
宰相は元の位置に戻り、箱を受け取ったメイドさんも僕の後方へと戻った。
「最後に、新しく貴族位を授けられる貴殿に貴族としてのいくつかの申し伝え事項がある。まず第一に礼儀についてだが・・・」
そこからは宰相の独壇場で、いったい何時まで話が続くのだろうとうんざりする程話している。周りの人達は、それが普通だと言わんばかりに表情を崩すこと無く宰相の話を聞いていて、時には頷いてさえいる。
(うへ~、こんなつまらない話を延々と・・・よくみんな集中力が持つな・・・)
あまりに退屈な内容に、僕の思考は別の事を考え始めた。
(さっき空間魔法を試してみたけど、やっぱりここの魔力感知も構造は同じなんだな。魔力制御さえ乱さなければ、警報も鳴らずにこの城の構造も分かりそうだ)
宰相の言葉を聞き流しながら、暇潰しに僕はこの王城がどんな構造をして、何人くらいいるのかを探ろうと、空間認識を展開した。すると、本来居るはずのない人物が、居るはずのない場所に囚われていることに気付いた。
(っ!!?えっ?これは一体どうなっているんだ!?)
その驚きを顔に出さないように冷静になりながら、さらに空間認識で詳しく確認していくのだった。