chapter8 自己紹介したら20分後にカオス
なんと、『変質者』は神スキルだったようだ。
呆然とする俺たちの変調に気付くことなく、フローリスの説明は続く。
「そして、異世界人はLv1の段階で希少なスキルやステータスを持っていて、その後の伸び代も桁外れなのが普通だからね。君たちも覚えがあるだろう? だから野心のある都市国家では、なんだかんだと理由をつけて、密かに異世界人の召喚をしているのは、公然の秘密さ」
そう一気に喋ってため息をつくフローリス。
「あ――はい、お水でも飲んで気を休めた方がいいわよ」
「あ、ああ、ありがとう」
咄嗟に拾った水筒に容れた水を渡す瀬尾さん。多分、もとの持ち主を知っているのだろう。微妙な表情で受け取ったフローリスは、もうここにはいない誰かに黙祷してから、従容と水を飲むのだった。
まあスキルについては宝くじに当たったようなもんだと割り切るのが一番だろう。
訳のわからんことは棚に上げることにして、普段の調子を取り戻した俺も、一息ついたフローリスに質問を投げかける。
「んで、辛いことを聞くようだけれど、生贄にされた仲間はその後、どうなったんだ?」
まあ、ここに俺たちがいる以上、一クラス=三十八人が犠牲になったんだろうけど。
「最初の一日で五人が犠牲になって、その後二人が自殺して、三人が発狂した。発狂した者は、ティルザたち元冒険者がどこかに連れて行って……」
苦しまないように楽にさせてやったのか。
「その後も、食料や水を求めて階層を下るたびにどんどん数が減って行って、一昨日、この上の階層に着いた時には、もう十人だけになっていたんだけど、ティルザが『次の階層はボス部屋かも知れない。一度威力偵察をして戻って来る。一晩経って戻らなかったら諦めて、安全な場所に留まっていてくれ』っていうから、休憩がてらその時、体調を崩していたひとりを護衛するために、僕ともうひとりとで居残ることになって、残りの七人で降りて行ったんだ……けど」
「哀れ牛の餌か」
中身の入った手袋を思い出して、俺が軽い口調でそう事実を口に出すと、
「ちょっと、上北君! もうちょっとデリカシーってもんが――」
知人の死体から拝借した水筒に容れた水を、躊躇なく渡すデリカシーのない女が何が言いかけたけれど、
「そう……だね。一晩経って戻ってこなかった時に、もう覚悟はしてたんだ」
フローリス本人は事実を事実として受け入れられたようだ。
「辛かったわね。でも、それならどうして言いつけを破って下に降りてきたの? それもひとりで」
同情しながらも軽はずみなフローリスの行為を咎める口調で指摘する瀬尾さん。
確かに。タイミング次第では二次被害に遭っていた可能性が大だろう。
「もしかすると、どこかに避難して助けを求めている状況かも知れないって、一晩、思い詰めて……それで、つい今朝、思いあまって他の二人には内緒で降りてみたんだ」
自分の行為のマズさを軽率さを自覚したのか、肩を小さくするフローリス。
「無謀ね」
「まったくだ。こんなか弱い見かけをしていて……」
一刀両断にする瀬尾さんと、スキル『下僕』の影響か、尻馬に乗って同意する俺。
「で、でもボクは仮にも魔術が使えるし、それに他のふたりは女の子だったから、男のボクが頑張らないと……」
「だからってねえ――」
「男だってできることとできないことが――」
「「――はあああああああああああああっ、男ォ!?!?」」
フローリスの台詞を遮って説教しかけた瀬尾さんと俺だが、フローリスが何気なく口に出したその言葉の意味が、脳味噌に浸透するまで数秒のタイムラグを要してしまった。
「hahahahahaha! 冗談がキツイなガール?」
思わずアメリカンな口調で茶化す俺に対して、やっぱりわかってなかったのか……と、呟いてから、決然とした口調でフローリスが言い放つ。
「よく間違われるんだけどボクは間違いなく男だよ。昔からこんな見た目なせいで女の子扱いされるし、男に付きまとわれたり、襲われそうになったり、最後は有力貴族の男から妾になれと強要されて、断ったらいつの間にか異端者扱いされて生贄に選ばれたけれど、間違いなくボクは男だよ! ってゆーか、この胸を見れば一目瞭然だろう!?」
途端。フローリスの不用意な一言で、ビシッと音を立てて硬直した瀬尾さんの頭から大きなヒビが入った(心象イメージ的に)。
「上北君っ!」
「あいよ!」
スキル『下僕』の強制力が働いて、咄嗟に次に何をすればいいのか、『予知』した瀬尾さんの指示に従って、手刀でフローリスが持っていた木の杖――魔術の発動体らしい――を叩き落として、
「――痛っ!?」
混乱するフローリスの両腕を上から押さえる形で、床に押し倒した。
「胸を見ればなんですって!?!」
そして阿吽の呼吸で下半身を押さえた瀬尾さんが、逆切れ気味に粗末なフローリスの腰紐をほどいて、一気に粗末な一枚着である貫頭衣を捲りあげた。
「きゃあああああああああああああっ!」
あらわになるフローリスの真っ白の体と桜色のふたつのポッチ。
「ほら! こんな細い腰をして、骨盤より高い位置にヘソがある男はいないわよ!」
「体質ですーっ! 胸を見ればわかるでしょう!?」
まあ普通はどんなに小さい女の子でも、多少はふくらみがあるものだが、フローリスの場合は見事に平坦だった。
「だからなによ。胸の小さな女の子はこんなもんよ。私だって似たようなもんだわ!」
哀しい告白をする瀬尾さん。
「どーでもいいけど、この状態はほとんど犯罪だな」
【解・犯罪です。】
心なしか『賢者』さんの反応が冷たい。
一方、自制心を失っている瀬尾さんの魔手が、フローリスに唯一残された下着――両端を縛ってある構造のおパンツ様――へと向かう。
「こうなれば、決定的な証拠を見るまでは信用できないわ!」
「ぎゃーーーーーっ! いや~~~~っ! やめてぇぇぇぇぇっ!!!」
フローリスが悲痛な悲鳴をあげて、必死に抗おうとするが、魔術の発動体である杖を失い、レベルが上で戦闘系のふたりの腕力には哀しいほど無力であった。
つーか、心なしか普段よりも腕力も反射神経も向上しているように感じる。
【告・マスター及び瀬尾桃華がスキル『強姦魔』を獲得しました。効果は、邪まな目的で弱い者を襲う際に、すべてのステータスが15%増幅されるものです。】
【告・瀬尾桃華がスキル『狂乱(小)』を獲得しました。効果は、目的のためなら理性を封印する効果があります。】
「さっきの『下僕』といい、なにげにスキルとしては優秀なのが腹立つな~」
この世界には、酷い名前のスキルほど優秀な法則でもあるのか!?
「けけけけ、いいではないかいいではないか……って、案外、紐が堅いわね」
この女ノリノリである。
しばしパンツの両端と格闘していたが、
「――と、解けた。じゃ~ん、御開帳! さ~て、オ・ト・コかな、オ・ン・ナかな♪」
興味津々、パンツの上に手を入れてずり下げ始める瀬尾さん。
思わず俺も首を伸ばして、我知らず思わずゴクリと固唾を飲んで注目する。仮に本人の自己申請通り、男の娘でも全然かまいませんが、それが?
「あ、ああ……」
レイプされる寸前、被害者が自暴自棄になってすべてを諦めた表情で顔を背けるように、瀬尾さんの手が下着を擦り下ろす途中で、フローリスが瞳に光がない目で天井を見上げた。
と――その瞬間、はっと『予知』で気が付いた瀬尾さんが振り返るのと同時に、風切り羽の音がして、俺たちのすぐそばの床に、手作りらしい粗末な石器のついた矢が突き刺さった。
「Non se mova! Dispara se resistes!」
見れば通路の分岐のあたりに、手作りらしい弓矢をつがえたツインテールの金髪碧眼の美少女と、小学生くらいの小柄なこげ茶色の髪を無造作に刈っただけの少女が、大人の足ほどの太さの丸太を構えて、厳しい表情で俺と瀬尾さんを睨んでいた。
ふたりとも着ているのはフローリスと同じ、麻でできた粗末な貫頭衣である。間違いなく、フローリスが話していた残りの仲間ふたりだろう。
だが特徴的なのは、二人とも耳が尖っていることで、特に弓を構えている金髪は、普通の人の倍ほども耳が笹状に長い。
「エルフって奴か……」
【解・片方は白エルフ族。片方はドワーフ族と推測されます。いずれも体質的な問題から、太陽神に見捨てられた下賤な亜人とされています。】
『賢者』の説明に、なるほどと思って俺はエルフの娘(推定Aカップ)とドワーフの女の子(推定AAカップ)へと、油断なく視線を定める。
「リーフェ! シーラ!」
ふたりに気付いたフローリスの瞳に光が戻り、地獄で仏に会ったみたいに歓喜の表情を浮かべた。
「Está ben、Floris? Axuda agora!」
必死の面持ちで武器を構えてフローリスを心配するふたりに向かって、瀬尾さんが慌てて『翻訳』で語りかける。
「待って、誤解よ! 私たちは敵ではないし、なにも悪いことはしてないわ!」
『Espera, malentendido! Non somos inimigos e non estamos facendo nada mal!』
この状態で説得力皆無な弁解に対して、
「「Non mentes!!」」
同時に怒鳴った二人の少女の罵声の意味が、『翻訳』もないのになぜか俺にも理解できた。
・太陽神……女神。この世界に人々を導いて救った神とされている。メガ巨乳として神殿の絵画には描かれている。
・暗黒神……太陽神によって地下深くへ封印された女神(貧乳)。《穢穴》を通じて復活しようと目論んでいるとされている。
・神殿……基本的に王=祭司長を兼ねる。かつて聖なる巨乳の巫女によって、滅亡しかけた世界から、この世界へと落ちのびた人々の末裔とされている。魔物に備えて各地に城壁都市を築いて、細々と局地的に繁栄している。なお、そうした都市国家の指導者は、大抵は巨乳巫女の末裔。