chapter5 安全地帯で半日休憩
瀬尾さんと、再度、ぐるっと回廊を歩いてみたところ、牛を倒した場所のちょうど反対側あたりに分岐があった。
「さっきは絶対になかったわよ、コレ!」
見逃したわけじゃないと弁解する瀬尾さんの言葉に嘘はないだろう。
で、明かに後から付け足されたっぽい脇道へ入ると、すぐに袋小路になっていて、真ん中にぽっかりと開いたスロープ式の穴が開いていた。
目を凝らして見れば、微かに下の方からここの天井と同じ明かりが見える。
それと部屋の隅には、清水が満たされた壺と、これ見よがしの宝箱が一個。そして、なにも入っていない壺が一個あった。
「あ、お水! の、飲んでも大丈夫かな?」
アルカリイオンの香りに忘れていた喉の渇きを思い出したのだろう。
期待を込めて尋ねてくる瀬尾さんの問い掛けに、俺も『賢者』に確認してみた。
【解:避難部屋の飲食物は健康に害はありません。】
「飲んでも大丈夫だってさー」
途端、両手を壺にツッコんで、何度も何度も浴びるように水を飲む瀬尾さん。
その間に俺は宝箱の具合を屈んで確認してみた。
「罠は……蓋を開けた途端、毒針が飛び出す仕掛けか」
『罠探知中級』のお陰か、なんとなく構造が掴めた俺は、魔牛の角で鍵と罠の仕掛けをまとめて破壊して、なお注意しながら蓋を開けてみた。
幸いに罠は無効になっていたようで、開けた中身には粗末な牛革のバッグと、御札が一枚入っているだけだった。
・銘:牛革の収納バッグ(マジックアイテム)
・属性:空
・スキル:『空間収納(小)』(※入口から入るものなら、最大20種類99個まで、質量重量を無視して収納できる)
・銘:強化の護符
・属性:無
・スキル:武器の物理攻撃力を+10上げられる。
思いがけなくアタリだった。
ゲームとかでは定番の、そして鉄板で必要なアイテムだろう。
「惜しむらくは水を入れる水筒がないことだな。あれば携帯用に水を持って歩けたんだけど」
水がないと三日で死ぬからな。
まあ、この場で水が確保できたんだから、しばらくここを拠点にしてもいいかも知れないけど。
【解:中ボスは平均3日から5日のインターバルで復活します。それと同時に安全地帯は消滅します。】
『賢者』がそんな俺の希望に水を差す。
う~~ん、レベルアップもしたし、スキルも向上したんで、次は楽に倒せると思うけど、空腹で戦うのは勘弁して欲しいところだな。
「ねえ、こっちの空っぽの壺はなんなの?」
喉の渇きが収まった瀬尾さんが、興味津々で空っぽの壺を覗き込んだり、ひっくり返しても何も出てこないのを確認して、怪訝な表情で尋ねてくる。
「あ、それはトイレだね」
「トイレェ、これが~~?」
嫌そうな顔で壺を置いて手を放すものの、微妙に落ち着かない態度で、壺から離れないでモジモジしている瀬尾さん。
「一応、マジックアイテムの一種だから、用を足せば中身はどっかに行くらしい――なんだ、使わないの?」
「使わないわよ、バカーッ!」
そう言いながらもチラチラと壺を眺めている。
まあ、水分補給をして落ち着いたら、次は生理現象だろうな。
「じゃあまあ、俺は他に何かないのか通路をぐるっと一周してくるから、瀬尾さんは万一のためにここに待機していてくれ」
俺の気を利かせた提案に、あからさまにホッとしながらも、
「一人で大丈夫?」
心配して念を押す瀬尾さん。さすがは女神や。
「ああ、最低でもあと3日は中ボスの牛は湧かないみたいだし、他には魔物はいないみたいだから危険はないだろう。ああ、それと勝手にその穴に飛び込まないように」
確実に次の階層へ移動するスロープだろうからな。
「わかったわ。気を付けてね!」
瀬尾さんの見送りを受けて、俺は収納バッグに抜身の剣を持って、分岐部屋からでて本来の通路を歩き始めた。
「この剣と手袋が落ちていた以上、他にもなんかあるとは思うんだけど……」
周囲に注意しながら歩くこと五分。
どういうわけか死体や骨とかはなかったけれど、ボロボロの服や装備品。完全に朽ちた武器・防具などが見つかった。
【解:《穢穴》内で死亡した生物は、一定の期間を置いて吸収されます。】
「なるほど。無機物は自然風化するってわけか」
とりあえず使えそうな水筒(×3)と火打ち石、蝋燭、5mほどのロープ、油紙に包まれた携帯食料(歯が割れそうなパンかクッキー)×5を見つけたので、これを収納バッグにしまう。
それといまある剣に合いそうな鉄製の剣の鞘があったので、これは別に腰のベルトに差して剣をしまった。
こんなもんかな? と思ったところで、ふと『遠見』に引っかかるものがあったのでその場所に行ってみれば、一見窪んだ天井になっている部分の陰に上から延びてくるスロープがあるのを見つけた。
「つまりここより浅い階層から下りてくる出口ってことか……」
3メートルといえば一階の床から二階の床までの高さと同じである。
梯子がなければ一度落ちれば自力では登れるものではないだろう。
「なるほどよくできている」
とはいえこっちにはバカみたいな跳躍力を持つ瀬尾さんがいるので、俺が踏み台になればあそこまで手を伸ばして届くだろう。
「危険な下の階層へ潜るよりも、まずは逆方向に行って入り口を目指す方が楽だろうな」
そう思ったけれど、このあたりは瀬尾さんとも要相談だな、そう思いながら俺は再び通路を歩きだした。