chapter31.5 這い回るモノによる蟲毒
ソレは固く閉ざされた扉の前で思考していた。
自分が仕えるべきマスターはこの向こう側にいる。だが、いくら齧ってもこの扉――及び壁や天井も同様に――ソレの強靭な顎を持ってしても傷ひとつつかないでいた。
床は一部岩や土になっている部分は問題なく齧れるが、逆にどこまで掘り進めてもどこにも到達できず、崩れた穴に押しつぶされて圧死するだけであった。
そのため先行するマスターを追いかけるために、唯一の隙間――床に開いた傾斜を下りるため、ソレは世代交代を繰り返し、保持する能力やエネルギーを損なうことなく、本来の巨躯を小さくするように(といっても全長は変わらず、流線型な細身になった程度である)努め、この階層で遂にマスターに追いついたのである。
途中で邪魔な骨や腐肉を纏わつかせて歩く死体もいたが、すでに万を越える軍団と化していたソレにとっては単なる行きがけの駄賃であり、後続が追いついてくるに従ってあっという間に根絶やしにしたのだった。
『あとほんの少し、タッチの差でマスターを抱きしめられたはずであったものを……!』
人間的に言うなら臍を噛むソレ。
『だが、なぜマスターは我から逃げるのだろうか……?』
本来は思考ともいえない覚束ない本能しか持たないソレであったが、万を越える眷属や兄弟姉妹が独特のフェロモンによって繋がり、一種のニューロンのようなものを形成した結果、非常に原始的ではあるが、いつしか自意識のようなものを獲得していた。
そして考える。
『マスターは我を不要と考えているのではないのか……?』
途端、自らの存在意義の根幹を揺すぶられるような恐怖に、ソレは慄いた。
『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』『なぜ?!』・・・
恐怖がソレ等全体へ波及する。
自意識を獲得したといっても、人の機微や感情を理解することはできないソレは、ウロウロと階層内を這いまわりながら混乱していた。
と、その時、《穢穴》モンスターのリポップが自動でなされて、白いドレスを纏った『エルダー・ヴァンパイア』の貴婦人(Eカップ)と、その従者である『レッサー・ヴァンパイア』の燕尾服を着た眉目秀麗な青年が三人あらわれた。
ちなみに『レッサー・ヴァンパイア』であっても、《穢穴》中ボスである斬首牛の二十倍は強く、まして『エルダー・ヴァンパイア』ともなれば、勇者でもカンストしないとほぼ倒せないほどの強敵である。
「ほほほほほっ、妾こそその名も高き吸血女侯しゃ――ぎゃああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
高笑いしながら現界した『エルダー・ヴァンパイア』であったが、階層の四方八方、文字通り天井から壁、床まで、ここ三十階層を果てしなく埋め尽くす巨大ゴキブリ――皇帝魔蜚蠊――の大軍を前に、淑女らしからぬ身も世もない悲鳴を張り上げた。
従者である『レッサー・ヴァンパイア』三人も、もともと青白い顔をさらに白くして、その場に硬直する。
一方、皇帝魔蜚蠊たちは、『エルダー・ヴァンパイア』の悲鳴を聞いて色めき立った。
『マスターが我を前にしての反応と類似している!』
『ならばコレを相手に練習台とすれば、マスターが逃げる原因がわかるのでは!?』
『それがいい!』『それがいい!』『それがいい!』『それがいい!』『それがいい!』『それがいい!』『それがいい!』『それがいい!』『それがいい!』『それがいい!』『それがいい!』『それがいい!』・・・!!
個にして全である皇帝魔蜚蠊はそう結論を出すと、即座にヴァンパイアたちに雪崩のように迫る。
「ぎゃああああああああああああっ! 来るな、来るなーっ!! 従者たち、妾の柔肌に皇帝魔蜚蠊を指一本たりとも触れさせるでないぞよ!」
「「「は、姫様!」」」
決死の覚悟で三方に散って、三角形を形作って『エルダー・ヴァンパイア』を守る態勢をとる『レッサー・ヴァンパイア』たち。
ある者は剣で、ある者は魔法で、ある者は体の一部を変化させて、鉄壁の布陣で女主人を守る。
殺到する皇帝魔蜚蠊は斬られ、焼かれ、粉砕される。
死んだ仲間の遺骸をかみ砕きながら、皇帝魔蜚蠊たちは特に感慨もなく思考を繰り返す。
『弱い』『我は弱い』『たかだか四匹相手にこの体たらく』
『!!!!!!!!!!!』
『我が弱いゆえにマスターは我を不要としたのではないか!!?』
『肯定する』『肯定する』『肯定する』『肯定する』『肯定する』『肯定する』『肯定する』『肯定する』『肯定する』『肯定する』『肯定する』『肯定する』『肯定する』『肯定する』『肯定する』『肯定する』
『ならば強くならねばならぬ!!』
『より強く。マスターが認めるほど』
『どうすれば?』『どうすれば?』『どうすれば?』『どうすれば?』『どうすれば?』『どうすれば?』
この《穢穴》内で、より強力なモンスターを捕食した個体ほど、より強靭な能力や肉体を持つ法則については、皇帝魔蜚蠊もおぼろげに理解していた。
その前例にならうなら目前の四匹を捕食すれば、かなりの力を得ることができるだろう。
できれば……であるが。
『周囲の三匹は倒すことが可能』
『だが、それによって我も半分以上を失う』
『中央の雌はどうか?』
『残数と力の増加具合。なにより力量が不明なため判断不能』
『この階層にもっと適当な獲物がいれば、力を増すことができるのだが……』
『……この階層にいる適当な獲物?』
『!!!!!!!!!!!!!!!!』
突如、衝撃が走ったかのように、一斉に動きを止めた皇帝魔蜚蠊を前に、『エルダー・ヴァンパイア』は顔をしかめて扇子を広げながら従者の『レッサー・ヴァンパイア』に尋ねた。
「どうしたわけじゃ? お主らなにかしたのかや?」
「「「い、いえ」」」
肩で息をしながら首を横に振る従者たち。
どういうことだ? と首を傾げる彼らの目前で、いままで一個の生物のように(あるいは機械的に)他に目もくれず、自分たちに向かって迫っていた皇帝魔蜚蠊が、心なしか傍らにいる同族を初めてみる他人のような、警戒した雰囲気で眺め始めた。
奇妙な緊張感が漂いだした皇帝魔蜚蠊達だが、刹那、極限まで膨らませた風船が破裂するかのように、突如として皇帝魔蜚蠊たちが、互いに互いへ襲い掛かって食い始めた。
「な、なんじゃああああああっ!?!」
ヴァンパイアたちには目もくれず、互いに貪り食らい合う皇帝魔蜚蠊を前にして、『エルダー・ヴァンパイア』が目を剥く。
そうして永遠とも思える殺し合いがどれほど続いたか。
呆然としているヴァンパイアたちが何もしない間に、皇帝魔蜚蠊は共食いで死屍累々たる屍を晒すのだった。
なにがなんだかわからぬが、共食いで絶えたか。と、『エルダー・ヴァンパイア』が安堵の吐息を放った瞬間、背中がぞっとするような悪寒を感じて、遥か通路の先に視線を凝らせば。
床に落ちている皇帝魔蜚蠊の死骸を拾っては咀嚼しつつ、二足歩行をする直立したゴキブリが、悠々と彼女たちの方へと歩いてくるのだった。
・銘:混沌蜚蠊大帝(Lv1)
・属性:混沌
・物理攻撃力:?????
・物理防御力:?????
・魔法攻撃力:????
・魔法防御力:????
・スキル:『飛翔』『超悪食』『超消化』『超速度』『超感覚』『疫病』『増殖』『念話』『超再生』『混沌浸食』『EX残機×999』
「――なっ……!?」
『魔眼』(『鑑定』の上位互換スキル)を用いて、皇帝魔蜚蠊の生き残り――結果的にすべての仲間を殺し尽くして進化したらしい――を鑑定した『エルダー・ヴァンパイア』が驚愕する。
あらゆるステータスが自分を上回っているため、碌な情報が得られないが、それにしても物理攻撃力と物理防御力がぶっ飛んでいる。ほとんど古龍か亜神並ではないか!
おまけになんだこのスキルは!?
愕然とする彼女たちに向かって、
『さて――』
明瞭な混沌蜚蠊大帝の思念が放たれる。
『残った獲物を喰うとしますか』
淡々としたその思念が終わらないうちに、ほとんど瞬間移動に等しい速度でダッシュしてきた混沌蜚蠊大帝が通り抜けざま、まとめて――『エルダー』『レッサー』関係なく――ヴァンパイアたちの首を刎ね、なにが起きたかわからない顔をしている四人の首をポイポイと口の中に放り込み、ポリポリと咀嚼した。
残った体もアッという間に食べきり――この時点でLv5になっていた――、再びピタリと閉じられたボス部屋の扉の前に進むと、大きく顎を開いて、
『――スキル・混沌浸食』
本来が不可侵のはずの《穢穴》の構造物を、脆い木材のように食い破り始めたのだった。
4/9 混沌蜚蠊の名前を混沌蜚蠊大帝へ変更しました。また、スキルに『超感覚』『EX残機×999』も追加しました。外見のイメージ的には某暗黒郷のマスクに触手が生えて、マントの代わりに羽が生えている感じです。
タイトルも今風に変えました。
感想、評価等(レビューはないだろうと諦めています)よしなに。




