chapter30 決死の全力疾走1時間半
「Lv60か、強敵だな」
単純に人間だった当時のLv60なら、基本後衛で補助職である聖職者のオッサン相手に、対ボス戦闘特化のゴリゴリの戦闘職であるLv52の俺なら、多分勝てたかと思うのだが〈穢穴〉のモンスター化している相手となると勝手が違う。
すべてのステータスが底上げされて、特にHPが3654とか、俺の必殺奥義――なんかいらないスキルを混ぜてコネて適当に遊んでいたらできた――でも、MAX2000前後を削るのが限度なので一撃必殺とはいかないだろう。
「……まあ、幸いなのは相手の手の内がバレているのに対して、相手はこっちの手の内を『鑑定』した結果、逆に油断しただろうところだろうな」
何しろパーティで一番レベルが高くて『鑑定』を持っている俺がLv52なんだから、本来であれば格上の相手のステータスは、プラス5までのLv57までしか見られない筈。
だが、こちらには『預言者』がいるので、解析し放題なのを確実に相手は知らない。そこに付け入るスキがある。
「とりあえず、魔術や神聖魔術は効果が薄いだろうけど、わからんふりをして『げえええっ、魔術が効かない!』と戦慄したフリをして、相手が調子こいたところに俺の必殺技『グロリアス・ブレード』を叩き込むのが必勝パターンかな?」
そう瀬尾さんに確認を取ったものの、硬い表情の彼女は心ここにあらずの顔で、俺の話を聞いていたのかいないのか、落ち着かなく周囲をきょろきょろと見回すだけであった。
「あの死霊王に対する恐怖がまだ収まらないのはわかるけど、『我が最奥の奥津城で歓迎しよう。待っているぞ』と、明言した以上、ここで不意打ちとかはかけてこないと思うけど?」
いかにも自意識過剰で、ハッタリ好きみたいな――言いたかないが、俺と同じ――タイプなので、今頃は虎視眈々と迎撃の用意をしていることだろう。
無論、このフロアの最奥まで行く間の安全については、あえて保証すると言質がなかった以上、普通に妨害は入ると思うけど。
「――いや、それはいいんだけど。気のせいか、さっきから遠くでカサコソと虫が這い回るような音がしない?」
心なしか顔が強張って、蒼白な顔色で尋ね返す瀬尾さん。
俺は思わず天井を見上げてため息をついた。
「……思いがけず強敵に遭遇して、恐慌をきたしているのはわかるが」
ホラー映画で割と最初の方で犠牲になる、パニックになった恋人を宥めるように、俺は瀬尾さんの両方の肩に手をやった。
……女子としては案外、ゴツイ肩してるな。
「焦ったら、敵の思う壺だ」
そう言い含める俺の背後では、リーフェとシーラ、カー君を抱いたフローリス、ユリア、『預言者』まで口を揃えて。
「あ、やっぱり聞こえるんだ!」
「カサコソと気のせいかと思っていたんですが」
「な、なんか聞き覚えがある音が……」
「――うむ、近づいてくるな、確実に」
「間違いなく聞こえるっすね。つーか、マスターが『ユニット感知』で確認すれば一発じゃないっすか?」
瀬尾さんを擁護するのを聞いて、俺は再度ため息をついて振り返った。
「お前らなあ……」もう一度天井を見上げて続ける。「俺がせっかく想像したくもない現実が差し迫っているのを、なるべく気が付かないフリをしているっていうのに」
「うわっ、ただの現実逃避だったっす! チキンマスターとあえて言わせてもらうっすよ!」
「んだと、こら!」
仰け反って非難する、『預言者』の口に人差し指と中指を入れて、押し広げる折檻をしていたところへ――。
カサ……カサカサカサカサ……!
ここ元モンスターハウスの大部屋のすぐ外の廊下を、何かが這い回る音と、気のせいか素早い影が見えた気がした。それもひとつやふたつではない。
「「「「「「「――っっっっ」」」」」」」
思わず同時に息をつめて、暫時入り口を凝視する俺たちの視線の先――。
こちらの気配を感じとったのか、同時に音が止まった……「もしかして、やっぱり気のせい?」と、微かな希望を抱いた次の瞬間、1メートルほどの皇帝魔蜚蠊――の多分、まだ子供――が飛び込んできた。
「「「「「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ」」」」」」」
さらに続いて破滅の足音が続々と――。
俺たちは即座に回れ右をして、フロアの奥を目指してダッシュをするのだった。
◇
「――ほう、もう来たのか。通路にはそれなりの数の雑魚と、部屋の入り口には守護者がいたのだが、それを斃してきたか。なかなかやるな」
フロアの最奥にある、巨大な玄室で一行が来るのを手ぐすね引いて待っていた元太陽神殿の大神官バルナバスは、別れて二時間もしないでこの場所までたどり着いた六人(プラス使い魔一匹)を前に、悠然と空中に浮遊しながらうそぶく。
同時にパチンと指を弾くと、一行が入ってきた玄室の扉が固く閉ざされた。
「これで儂を斃さぬ限り、この部屋からは出ることも入ることもできん。観念するのだな」
その宣言を聞いた、ここまで全力でやってきたらしい荒い息を吐いて肩で息をしていた一行は、ハッとして出入り口を振り返り、完全に閉ざされているのを確認して、
「「「「「「「おおおおおっ、ラッキーッ! ナイスッ!!」」」」」」」
バルナバス大神官にエールを送った。
「……はあ?」
地獄で仏に会ったような顔で満面の笑みを浮かべる一同を前に、思わず間の抜けた声を出すバルナバス大神官。




