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chapter20 あれから20日、俺たちの成長

穢穴(アビス)》第二十五層・中ボス回廊。


「グモオオオオオオオオオオーーッ!!」

 爛々と目を光らせた直立歩行のホルスタインが鼻息荒く、一歩前に出た瀬尾さん目掛けて大斧を振るう。


・NAME:斬首牛

・JOB:《穢穴(アビス)》中層のボス

・Lv35

・HP:1079

・MP:293

・筋力:566

・知力:10

・敏捷:22 

・スキル:『痛覚無効』『猪突猛進』『威圧の咆哮』『常時空腹』


 前は見られなかった牛のステータスが現在は丸見えになっていた。

「『鑑定』だと、自分よりレベルが5まで上の相手しか確認できないっす。ま、自分がいれば〝神”レベルの相手でなければ、レベル差に関係なく解析できるっすけどね」

 俺の肩の上に座った姿勢でドヤ顔をする『預言者(ウィスパード)』。


「まあ、いまは俺がLv31で瀬尾さんがLv29だから、全然問題ないわけだが」

「経験値5倍増のお陰っすねー」

 ま、確かにそうなんだけど、ここのところ伸び悩みを見せている。そろそろもっと下の階層に移動する時期がきているのかも知れない。


 轟音とともに床に叩きつけられた大斧を、壁にジャンプして躱した瀬尾さんが、さらに天井、床、四方の壁、さらには空中すら(・・・・)足場にして四方八方を飛び回り、動きのとろい牛を翻弄する。

 俺の動体視力ですら、辛うじてセーラー服(・・・・・)のスカートがヒラヒラするたびに、シルクの下着が垣間見られるほどのスピードである。


 ちなみに瀬尾さんがいま着ているセーラー服は、『闘心乱舞のセーラー服』といって、23階の隠しステージにあった宝箱からのドロップ品だ。

 なんでセーラー服なのかは、『預言者(ウィスパード)』すら、

「不明っすけど、異世界人を召喚した影響で本来の中身の形状が変わったんじゃないっすかね~?」

 とのことであった。


 あんなふざけたデザインながら、防御はかなり優秀で、いま俺が着ているセットになった『剛気果断のブレザー』がどちらかというと魔術防御に比重を置いているのに対して、物理防御に秀でている。

 普通の布切れなら、あれだけ動けば風圧で素っ裸になるところを――くそっ。


 あと、シルクのパンツは瀬尾さんが裁縫スキルで制作した自作とのこと。

 材料は22層の山岳エリアにいたバカでかい芋虫のドロップ品で、他にもバカでかいカマキリとか、バカでかい蜘蛛とか、割と洒落にならない見た目の魔物ばーっかりいるフロアで、女性陣(含むフローリス)は、最初に芋虫見た時点で悲鳴をあげて引き返し、その後、俺が独りで延々と必要なドロップ品を集めるために、虫と戦うことになったのであるが……まあ、お陰でレベルは上がったよレベルは……。


 その代わり、危機一髪を何度も潜り抜けて、お花畑の先にある綺麗な川を何度眺めたことか。


「ウモゥゥゥゥゥゥッ!!」

 一向に捕らえられない瀬尾さんに痺れを切らしたのか、大きく息を吸った牛がフロア全体が震えるような吼え声を放った。

「『威圧の咆哮』っすね。自分よりLvが低い相手は大概身動きが取れなくなるところっすが、『不撓不屈(ふとうふくつ)』スキルを持っている瀬尾さんには単なる雑音っすね」

「それどころか、スキルを放って無防備になったな」

 息を吐きだした牛の全身が弛緩したその隙を見逃すことなく、瀬尾さんは牛の目前で瞬時に体を横回転させ、遠心力も利用し、その桁外れの脚力をもって、

「はあぁぁぁっ!」

 思いっきり牛の巨大な乳房を蹴り飛ばした。


「ムーンサルトキックっすねー」

 完全に傍観者の姿勢で解説する『預言者(ウィスパード)』。


「モ――モモ……モー」

 バズーカの直撃を受けたようなもんで、一撃で乳房を破壊された牛が、陥没した胸を押さえてヨロヨロと後ずさる。


「ふーっ……」

 やり遂げた爽やかな顔で軽く額の汗を拭う瀬尾さん。普通、あれだけの威力の蹴りを放ったら自分にもダメージが来そうなもんだが、足に付けている朱色の具足――24層の未踏破エリアで発見したエリアボスのドロップ品である――のお陰で足は何ともないようだ。

 なお、同じ朱色の籠手が俺の両手に嵌められているが、こちらももともとはワンセットになっていたものだが、

「アンタは手を使った戦いが基本だし、私は足技が主体だから半分こしましょう」

 という、ほとんど有無を言わせない瀬尾さんの提案で、ふたりで分けて使っているというというわけだ。


「服といい防具といいペアルックっすか。瀬尾さんもわかりやすい人っすね、ひゅーひゅー♪」

 なお、あの時には『預言者(ウィスパード)』が余計な冷やかしをしたせいで、俺がとばっちりで死ぬ一歩手前まで、瀬尾さんに八つ当たりでぶん殴られた……。

 小川の向こうで、俺が中学の時に死んだ愛犬のジャッキーが尻尾を振っているのが垣間見えたものである。


 一仕事やり終えた感満載で背中を向けたままの瀬尾さんに向かって、HPがすでに2桁まで減っていた牛が最期の悪あがきで大斧を振り下ろした。


「お――っと」

 瞬時に『瞬動』(使用中はスピードと筋力が3倍に跳ね上がるが、最高で3分間しか使えず、使い終わった後は1時間のインターバルが必要)で瀬尾さんと牛との間に割って入った俺は、刀で大斧を止め、さらに『斬道』スキルで大斧の切れやすいところを見定めて、一気に真っ二つに叩き切った。


「ブモッ!?」

 理解できないという顔で唖然とする牛に向かって最後のトドメで、『連続斬り』を放ってバラバラのブロック肉に分解した。

 断末魔の悲鳴をあげることもできずに床に転がるパーツになった牛。

 程なく、青い光に包まれて消え、床の上には『魔牛の皮』と『魔牛の斧』がドロップ品で残った。

 ぶっちゃけ、いまの俺ならマジで飛天○剣流の技全部使えるぞ。


「最後まで油断大敵だろう、瀬尾さん?」

 剣をやっている身からすれば残心は当然という気構えから、思わず非難する口調で瀬尾さんを注意する。

「ふーんだ。どうせアンタが来るのがわかってたから、最後、譲ってやったのよ」

 そう悪戯っぽく反論する瀬尾さんだけど、実際そうなんだろうな。


「いや~っ、お互いにツーカーの関係でやすね。もはや熟年夫婦も同然、憎いっすよ、ご両人!」

 途端、迅雷の如き勢いで瀬尾さんの斧が俺(の肩にいる『預言者(ウィスパード)』)目掛けて振り下ろされたのを、念のために解除していなかった『瞬動』と足運びで躱す俺。


「なんでいつも躱すのよ!?」

「躱さないと死ぬわ!」

 実際、『預言者(ウィスパード)』が現れて以来、何回その失言で死にっぱぐれたことか。

「あははは、嫌ですね。そのうち半分はマスター自身の失言が原因っすよ」

「半分はお前が原因じゃねえか!」


 ともかく、毎回毎回瀬尾さんにぶん殴られ、小川の向こうでジャッキーに続いて、死んだ爺ちゃんが手を振り、さらにはまだ生きて地上で勇者扱いされてブイブイ言ってるであろう、元クラスメイトの中村、加藤、真田、原田、岡崎、臼井の六人が現れ、手招きをするに至って(以前からカツラ疑惑のあった臼井は、カツラを外して帽子みたいに振っていた)、さすがに臨死体験とかではなく、ただ単に夢を見ているだけだな……と、理解した俺は、試しに川の向こう側へ行ってみようと足を踏み出したところで――。


「起きなさーい! こら、上北! 起きろ~~っ!!」

 ふと気づくと気絶している俺にマウントポジションを取った瀬尾さんが、左右の拳を俺の顔面目掛けて連打していた。


「――痛てーじゃねーか!」

「あ、気が付いた。いや、なんかアンタがいま危ない状態だったような気がしたから、ちょっと無理やり起こしたのよ」

「お前がその危ない状態にしたんだろうが! つーか、せめてシーラの『ハイヒール』で治すとか、穏便な手段を選択する余地はなかったのか?!」

 そう言うと、「あ、そういうのもあったわね」と、てへぺろされた。


 ともかく俺は学んだ。瀬尾さん(こいつ)とのどつき漫才は、マジで死の危険と隣り合わせであることを。しかも、下手に無防備になると死体蹴りされる。

 こうなればどつかれる前に避けねばならぬ。

 だが、トップスピードでは到底かなわない。そうであるなら、瞬間的な動きと技で回避するしかない。


 そんなわけで、スキル融合を駆使して編み出したのが、『瞬動』であった。

 お陰でここのところお花畑も小川も知り合いの夢も見ていない。


「惜しいっすね。あのまま、あと26回ほど死ぬ一歩手前まで叩かれていれば、自力で『打撃無効』を覚えられたのに」

 残念そうにヤレヤレと首を振る『預言者(ウィスパード)』。

「どっかの戦闘種族じゃあるまし、そんな死と隣り合わせでまでして、スキルを覚えたくはないわ!」


 その間に離れたところで援護の準備をしていたリーフェたちがやってきた。


「あー、ほとんどワタシら出番がなかったわね」

「仕方ないですよ~。最初に『威圧の咆哮』で連携が崩れちゃいましたからね~」

 いまいち消化不良そうなリーフェと、苦笑いをしてそれを宥めるシーラ。


 ちなみに三人の装いもドロップ品や、裁縫スキル+鍛冶スキルを使って一新され、リーフェは『森緑の衣』という、見るからに狩人専用の服(二の腕とフトモモは剥き出し)を、シーラは『神官のローブ』という、あんまし色気のない服を着ていた。

 そしてなんと、フローリスは21層の裏ステージでドロップした『魔法少女の服』を着ているという充実っぷりである。


「ねえ、ボクだけなんかおかしくない?」


 スカートの短さを気にしながら、内股で歩く男の娘。

 俺はこの衣装がドロップした瞬間、この世界の神に感謝したね。


「なにを言う、『ボク男の子なのに、なんでこんな格好をしなきゃいけないの?』という、恥じらいがあってこその男の娘! 堂々と女装していたらただの女装子だ。完璧だぜ、フローリス」

 そうエールを送った瞬間、脳天に激痛を受けて、『瞬動』が解けていた俺は躱すこともできずにその場に大の字になった。


 …………。

 川の向こうで、さらに人数が増えて9人になった元クラスメイトの野郎たち――中村、加藤、真田、原田、岡崎、臼井、太田、一条、中島――が一斉に手を振って、

『上北~、そんなことより、こっちで野球しようぜ~』

 ここはいいところだよ~、と誘っていた。


 ……ここで、瀬尾さんの追撃の気配を感じた俺は、はっと気が付いた。

 まあ、瀬尾さんの折檻のお陰で『打撃耐性(大)』まで取得していた分、回復が早かったのが真相だろうけど、数秒後に立ち上がってた俺は、ともかく全員で安全地帯へ移動することにした。


「ねえ、上北君。今回の安全地帯はどっちなの?」

 何事もなかったかのように聞いてくる瀬尾さんに対して、俺も慣れたもので『ユニット感知』スキルを発動して、宝箱の位置を確認する。

「ん~、後ろ側、500メートルってところか」

「了解。あ、シーラ。また斧が出たから『武器融合』お願いね」


 そう言ってドロップ品の『魔牛の斧』と、現在持っている『魔牛の斧+2』をシーラに渡した。

「またですか~。これって鍛冶やっている感じがしないから、いまいち面白みがないんですよね~」

 と言いつつ、歩きながら二つの斧を重ねて、取り出したハンマーで軽く叩くと、いつの間にか二本あった斧が一本になっていた。

「はい、『魔牛の斧+3』です」

「ありがとう」

 受け取った『魔牛の斧+3』を、虚空に開いたブラックホールみたいな『倉庫(ストレージ)』にしまい込む瀬尾さん。


 ちらりと見た『魔牛の斧+3』のステータスだけど、

・銘:魔牛の斧+3

・属性:無

・物理攻撃力:65

・物理防御力:50

・魔法攻撃力:0

・魔法防御力:0

・スキル:『防錆』『防酸』『重量変動(上下100%)』『自動修復(中)』『破岩』

 洒落にならん性能だった。次殴られたら、マジで俺、死ぬんじゃなかろうか?


 やがて俺たちは下へのスロープのある安全地帯へやってきた。

 いつものように――俺と瀬尾さんは、最初の時を別にしてすでに4回、牛と戦っている――宝箱を開けてみた。

 他の階層の宝箱は一度中身を取り出すと、消えるようだがボスのいるフロアの宝箱はその都度リポップするみたいで、今回で四度目だ。


・銘:牛革の収納バッグ(マジックアイテム)

・属性:空

・スキル:『空間収納(小)』(※入口から入るものなら、最大20種類99個まで、質量重量を無視して収納できる)


・銘:防御の護符

・属性:無

・スキル:装備の物理防御力を+10上げられる。


「お、収納バッグがあるな」

「三個目ね。ちょうどよかったじゃない、フローリスが持てば三人分揃ったってことだし」

「え、いいの!?」

「ああ、俺と瀬尾さんは『倉庫(ストレージ)』があるから問題ないよ」


 ちなみに『倉庫(ストレージ)』はどうも異世界人専用スキルのようで、俺と瀬尾さん以外には装着できなかった。

 ま、あくまで模倣したものなので、本来の半分の性能しかないけど、それでも物の大きさに関係なく(『預言者(ウィスパード)』曰く10メートル四方までならOKとのこと)、150種類100個まで収納できるんだから無茶苦茶便利である。


「さて、今回は他の三人がLv25を超えたわけで、牛に挑んでもらったわけだけど、まだ咄嗟の場合のアドリブに弱いわね」

 安全地帯の床に座っての瀬尾さんの講評に、三人がシュンと肩を落とした。

「とはいえ、最初の連携は良かったし、あのままでもある程度持ち直せたかと思うわ」

「だな」


 とはいえ、持ち直すまでの時間稼ぎをするのに、やっぱ盾役は必要だなぁ。

 どっかに落ちてないかね、盾役。


「もう一回くらい牛と戦えば、次は勝てるかと思うけど……」

 ここで言葉を切って、深いため息をつく瀬尾さん。

「なんかもう、牛は飽きたわ」

「念願の牛の乳を蹴破ったことで、飽きたんすね」

 正鵠を射る『預言者(ウィスパード)』を、ジロリと睨みつける瀬尾さん。


「私としては、そろそろ次の二十六層へ降りてもいいかなぁって思っているの。皆も何日かかるかわからない牛の復活を待っているのも退屈でしょう? だったら先に進むのもアリかと思うのよ」

 そう言って下へ続くスロープに視線をやる瀬尾さんの目に、なぜか敵愾心が燃えていた。


「なーんか、やたらとヤル気だけど、理由でもあるわけ?」

 俺が思わずそう聞くと、

「予感がするのよ。この先に、とんでもない巨乳(てき)がいる……そんな予感が私を駆り立てるの!」

 断言をして、瀬尾さんはスロープを指差した。


『とんでもない敵』ねえ……?


「どっちかっていうと、俺の勘ではとんでもない巨乳美人(おたから)が待っていそうな気がするんだけどなー」

 ここまでお互いの感覚が食い違うのは珍しいな。


「ん~、どっちにしても、何かがあるんなら行ってみるのもいいんじゃない?」

 リーフェが欲求不満の憂さを晴らそうと諸手を上げて賛成をして、シーラとフローリスも同意した。


「んじゃ、一休みしたら、行ってみるか第二十六層」

 最後に俺が全員の了承を得たと判断をして締める。


 こうして俺たちは、未知の階層である第二十六層へと歩みを進めることになった。

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[一言] かつてこれほどまで貧乳をこけにしたものがあっただろうか
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