episode3 〈アビス〉29層、第三王女の生存約一月間
「――ちィっ! この程度で持たないかっ」
襲い掛かってきた双頭の魔犬の首のひとつへ、カウンターでシールドバッシュをかけたその盾の方がバラバラに砕けた。
それを見て薄い栗色の髪に意志の強そうなアメジスト色の瞳をした16歳ほどの娘が舌打ちをした。
この《穢穴》内で手に入る品で、第26層のスケルトンナイトがたまにドロップする装備であるが、アタリハズレが大きく『武器鑑定』系のスキルを持っていない彼女にとっては毎回頭の痛い問題だった。
「いっそ役にも立たない『宝石鑑定』や『舞踏』スキルと交換してもらいたいくらいだが……」
呟きながら盾の残骸を捨てて、これもスケルトンナイトからのドロップ品である、すでにあちこちが刃こぼれして剣というよりも鈍器と化している右手の剣を構えた。
とりあえず双頭の魔犬の両方の首を牽制して、時たまカウンターを放つが、彼女が習得した剣技は、基本的に守りの剣であるために、いまいち攻撃力が足りないことは自覚している。
ヘンリエッテ・ユリア・モエニア。
庶子ではあるが、れっきとしたこの国の第三王女である。その証拠にその胸部には、第一王女コンセプシオンや第二王女アルセリアにも負けない、それはそれは立派な双丘が聳え立っている。
「例えるならまな板に置かれた葡萄2粒と、特大サイズの超高級メロン二個だな。勝負にならん。あきらメロン」
この場にどこぞの誰かが居れば、そう言って葡萄に半殺しの目に合わせられただろう。
それくらい見事で誰もが目を奪われる――動き回るたびにゆさゆさと揺れる、ネットに入ったメロンのような――双丘が収められた薄汚れた白銀のプレートアーマーに、戦闘用ドレスを纏った彼女は、この場をどうやってやり過ごせるか、ぶっちゃけ逃げる算段を必死に考えていた。
(一匹だけで徘徊している双頭の魔犬がいたので、ひとりでもなんとかなるかと思っていたのですが、やはりこの階層の魔物相手に勝利を得るのは難しいようですね)
基本、三つ首の魔犬とコンビを組んでいる双頭の魔犬が、珍しく一匹だけでウロウロしていたので、チャンスと思って攻撃をしかけてみたが、そうそう上手くはいかないらしい。
せめてこの階層まで彼女を守って忠義を尽くしてくれた家臣たちがいてくれたら、なんとかなったかも知れないが、いずれも彼女を守るために《穢穴》の魔物の犠牲となり、露と消えている。
彼女としては、
「自分の武術は守りの剣。盾と一体になって攻撃を防ぐのを主眼としている。だから、私を先頭へ立たせて欲しい!」
と、何度も訴え、命令もしたのだが、「女子供を矢面に立たせるなど男子の沽券に関わる」という古臭い騎士道精神や価値観に骨の髄までとっぷり漬かった男たちは一向に聞き入れてくれなかった。
「それで、私だけ生き残ってどうしろというのだ……」
愚痴ったところで双頭の魔犬の口が大きく開き、喉の奥に『業火』の魔法陣が展開されるのが目に映る。
即座に左手で空中に印を切り、神聖魔術のひとつ――
「〝ホーリーシールド”!」
光る盾が一瞬だけ現れて、『業火』の魔法を遮った。
狭い通路全体をバックドラフトの炎が瞬時に染め上げ、反射的に双頭の魔犬が距離を置いて飛び退いたのを確認するや、ユリアは即座に背を向けて、全速力でその場を後にした。
逃げ延びねば――。
そして、異母姉である第二王女アルセリアの邪悪なたくらみを何としても阻止しなければ!
その義務感からユリアは駆ける。
現国王と身分の低い騎士爵家の侍女であった母との間に生まれたユリアは、生まれ落ちたその瞬間から王女ではなくて、国王の臣下としてモエニア王国の民を守る盾となることを義務づけられていた。
使命といってもいいだろう。そのため彼女は他の王女にはない武術の修行をさせられ、同時に民を救うべく神殿において神官としての修行に明け暮れ、15歳にして『聖騎士』の称号を賜ったほどである。
すでにその思いは彼女の身命であり、民を守るためであれば、彼女は我が身と命の危険など歯牙にもかけない、一個の盾であり、導きの光と化していた。
民のためならどんな危険な任務にも、どんな強大な魔獣相手にも立ち向かって行ったものである。
『姫将軍ユリア』
いつしか人々は彼女をそう呼び、羨望の声と期待の眼差しを常に注いでくれた。
嬉しかった。身震いするほどの感動――初めての生き甲斐を感じた瞬間であった。
だが、そんな王家が、まして巫女たる義母姉である第二王女アルセリアが、自国の民を犠牲にして、異世界より勇者を召喚するという外道の儀式を行うつもりでいることを知ったユリアは怒りに震えた。
そして王家に裏切られたと思った。
義憤に駆られたユリアが、腹心の仲間たちと儀式の中止を訴えかけ、その結果が『反逆者』の烙印と、仲間たち全員揃っての《穢穴》堕ちである。
「儀式は約一月後の予定ですからね。それまで生き延びられると儀式に不都合がでるので、なるべく早く《穢穴》で朽ち果てることを願うわ。ああ、そうそうヘンリエッテ。最期の情けで貴女の鎧と衣装だけはそのままでいさせてあげるわ。本当は素っ裸で放り出したいところなんだけど……ま、半分とはいえ血の繋がった姉からの恩情だと思ってありがたがってね」
身一つで《穢穴》へ転移させられる仲間たちを横目に、第二王女アルセリアが勝ち誇った顔でユリアを見下しながらそう口にする。
同じ異母姉妹でも、第一王女コンセプシオンと第二王女アルセリアがあまり似ていないのに比べて、ユリアとアルセリアは誰が見ても姉妹。それも下手をすると双子かと思われるくらい、パッと見の印象が似ていた。
その自分によく似た顔が愉悦に歪んだ顔で最後に、
「実をいうと、もともと貴女の事は嫌いだったのよ。見た目も胸の形や大きさも私と被るし。お陰でせいせいするわ」
そう本音を漏らして、あっさりと妹であるユリアを神殿奥に封印されている《穢穴》送りにした。
あれからどれくらい日数が経っているだろうか。時期的にはそろそろ『異世界勇者召喚』の儀式が行われた可能性がある。
焦る彼女だが、たったひとりで王家の暴走を食い止められる方策はない。
それどころか明日の命さえ危うい状況である。
ああ、どこかに……どこかに彼女を王女ではなく盾として扱い、背中を頼りにしてくれる人物はいないのか!?
それでこそ私は全力を出せるというのに!!
第三王女にして姫将軍ユリア。上の姉のような上昇志向はない代わりに、自己犠牲となって感謝されることで承認欲求を満たされることに快感を覚える、自己中心かつ自己陶酔の権化である第二王女アルセリアとは真逆ながら、ある意味同じ穴のムジナである変態であった。
そんな彼女が、『巨乳は肉壁』としか思わない人物がいるパーティと邂逅し、結果的に思う存分、自分を壁役として、敵の攻撃を受け止めるという念願を思う存分かなえてくれる。
そんな(色々な意味で)運命の出会いが刻一刻と迫っていることなどつゆ知らず、とりあえずいまは通路をひた走りに走っていた。
第一王女コンセプシオン(18歳)Iカップ
第二王女アルセリア(17歳)Gカップ
第三王女ヘンリエッテ(16歳)Hカップ
誰かとは不倶戴天の天敵である。




