chapter1 ダンジョン入って10分で中ボス
「Đặt nó ở đây. Nếu bạn chống lại, tôi sẽ giết bạn ở nơi này.」
翻訳機能のある神殿の転移部屋から出たせいで、なにを言っているのかわからないけど、絶対に「君と友達になりたい」というようなフレンドリーな内容じゃない。殺伐とした雰囲気とともに、槍と斧を振り上げて牽制をする兵士に、やっとこさ手枷足枷を外された俺と瀬尾さん。
自由にしてくれたんだったら猿轡も外して欲しいところだけれど、この枷、情けで外してくれたというより、鋼鉄製の手枷足枷が勿体ないから回収しただけって感じだ。
で、小突かれながら連れてこられた場所は、同じ神殿の隅にある微妙に寂れて、心なしか嫌な雰囲気の漂う妖気溢れる部屋だった。
造り的にはさっきの転移部屋に似てるんだけど、あっちがハイウェイオアシスのデラックストイレだとすると、こっちは場末の公園の公衆便所という感じだ。
すっげー嫌な感じがビンビンするが、一歩でも逃げる素振りを見せたら、即座に槍と斧で田楽にされそうだ。
「「…………」」
仕方なく瀬尾さんと一緒に入る。
「Lạy Chúa, tôi dâng hiến sự hy sinh này.」
俺らが部屋に入ったのを確認して、兵士たちの後ろにいたらしい。若い神官が微妙に投げやりに呪文を唱えた。
げっ、ガス室か!?
と、最悪の想像が頭をよぎった次の瞬間、床に真っ黒い魔法陣が浮かんだ。
思わずその場で垂直飛びをする俺。
だが、そんなもんは無駄な徒労だったらしい、次の瞬間、足元に開いたブラックホールみたいな穴に、俺と瀬尾さんは、有無を言わせず吸い込まれたのだった。
◆
「あー、ひでーめにあった……」
「『あった』じゃなくて『あっている』んだけどね」
気が付いたら俺たちは直径三mほどの横穴の中にいた。
どういう仕組みか壁全体が薄く光っているので、目が慣れればある程度の視界は確保できる。
そこで気が付いた俺たちは猿轡を取って、ようやく自由になったわけだけれど、瀬尾さんは相変わらず浮かない顔だ。
「ん? なんか心配事?」
「心配事というか、あの人を馬鹿にした王女が言ってたでしょう。『この者たちは《穢穴》へ還すように』って。そして、最後に神官が唱えた言葉は『神よ、この生贄を捧げます。』って意味だったわ」
「お~。瀬尾さん翻訳系のスキルも持ってたのか。さすが社交性が高いだけの事はある」
「気楽ね。いまがどういう状況かわかっているの?」
いささか八つ当たり気味に尋ねられた。さすがの女神も情緒不安だと見える。
「つまりはダンジョンだろう。魔法だか魔術だかで、脱出が困難なダンジョン内部に転移させられたってところかな?」
「……随分と余裕ね。脱出の当てでもあるの?」
「当てはないけど、いきなり有無を言わせず死刑とかよりはマシだったからねえ。スキル名が【変質者】だったからって」
「私なんて胸がないから処刑よ!? あの王女と取巻き巨乳ども、ここから無事に出られたあかつきには、牛のコスプレさせて町中をさらし者にしてやるわ!」
この怨み晴らさでおくべきかぁ~、とメラメラとした邪悪な復讐の炎に燃える瀬尾さん。
巨乳絶対殺すマンが誕生した瞬間であった。
なんにせよ先行きに目標を持つのはいいことだ。
瀬尾さんがやる気を取り戻したのを確認して、俺は念のためにお互いに鑑定の宝玉で確認できた、スキルやステータスの情報を開示することを提案した。
「なんでよ?」
微妙に警戒する彼女。うんうん、いいね。自分の頭で考えられるってのはいいことだ。
現世の気分で、判断を丸投げしてたら、多分すぐに死ぬね、この世界。
「ここから脱出するためには、協力する必要があると思うんだ。で、お互いにできることとできないこととを把握しておかないとマズいだろう」
そうもっともらしいことを言いながら、実は俺には『鑑定』スキルがあるので、その気になれば瀬尾さんのスキルも丸裸でみえるんだよな~(実際に丸裸が見えるわけではないの悪しからず)。
それによれば、
・名前:瀬尾桃華
・年齢:16歳
・Lv1
・HP:15(13)
・MP:14(14)
・筋力:13(13)
・知力:15(14)
・敏捷:25(24)
・スキル:『速度増幅』『空間把握』『翻訳』『危機察知』『裁縫初級』
と、かなり有効なスキルのオンパレードだった。特に敏捷がスゴイ。
ちなみに俺は、
・名前:上北直輝
・年齢:16歳
・Lv1
・HP:17(16)
・MP:18(18)
・筋力:20(20)
・知力:19(19)
・敏捷:16(16)
・スキル:『変質者』『鑑定』『剣術中級』『罠探知初級』『夜目』
といったところ。
いや、近所に暗殺剣を今に伝える剣術道場があってさー。知らずに中学卒業するまで、普通の剣道場だと思って通ってたんだよねえ。中学入学の記念にと、真剣で吊るした豚肉一匹分を一刀両断させるわ(その後、一カ月豚肉食わせられました)。剣と一緒に暗器の修行もさせるわと、なんか変だなぁとは思ってたんだけど……。
そんなわけで、素の戦力的には現時点でうちのクラスで最強コンビだったんじゃねえ、俺と瀬尾さんで? という、実は密かに全員のスキルを確認していた俺が太鼓判を捺す内容なのが再確認できた。
あの王女、独断と偏見で残った連中を『勇者』認定してたけど、基本事なかれ主義者のモヤシ集団と、責任感皆無の女子連中を鍛えたところで役に立つのかねえ。肉壁にでもする気か?
ともあれ、瀬尾さんは疑うこともなく、鑑定通りの自分のスキルとステータスを教えてくれた。
いささか不用心だとは思えるけど、この場においては『生き延びる』という選択のためにはしかたがない判断だろう。さすがは女神。信用できる。
俺もあえて飾らずにステータスを教えて、ついでに周囲を見回した時に気になっていたものを拾いに、通路の隅へ行った。
「何かあるの? 暗くて見えなかったけど」
「ん~、俺は星明りで目を鍛える訓練してたからねえ……ああ、やっぱり見間違いじゃなかった」
俺は落ちていた鉄製の剣を拾った。
日本刀とは違って両手持ちの直刀で、かなり錆びているが日本刀ほど脆くはないのか、芯までは錆びていないようだ。
「重心が違うからちょっと使い辛いけど、ないよりはマシか? お、手袋も落ちてる。色も赤いし女物か‥…あ、違った」
ついでに隣に落ちていた手袋を拾って確認する。
「違うの?」
近づいてきた瀬尾さんに手袋を見せる俺。
「赤い手袋かと思ってたら、中身が入っていたので赤くなっているだけでした」
てへぺろ☆
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
途端、絶叫を張り上げた瀬尾さんの声に応えるかのように、
「うもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
牡牛のような雄たけびとともに、重量級のなにかが急速に近づいてくる足音が、通路の向こうから聞こえてきた。
「瀬尾さぁ~ん……」
「い、いまのは私のせいじゃないわよ!」
見苦しく弁解する彼女を横目に、俺は鉄剣を構えた。
【登場人物】
・上北直輝……陰キャの皮を被った陽キャ。実社会では役に立たない能力(スキルではなく技術)のデパート。さらには常識人の皮を被った異端者。頭のネジがもとから5、6本弾け飛んでいる。
知らずに女子の好意を踏みにじる(バレンタインにプレゼントもらっても、お返しが面倒だからという理由でその場でつき返したり)行為を行ったため、女子の抹殺リストに載せられていた。
・瀬尾桃華……陽キャの脳筋女。見た目と愛想がいいので高スペックだと思われがちだが、案外乙女。主人公の事は「顔がいい・頭が回る・面白い」けど変という評価。
有名人だからということでチヤホヤする女子が三割、役に立つから付き合っているのが五割、純粋に慕っているのが一割。蛇蝎のごとく嫌っているのが一割という人間関係に鈍感な女。