episode2 第二王女の憂鬱な一日
幕間です。その頃の巨乳王女とクラスメイト達の様子について。
終わりの始まりのエピソード1です。
モエニア王国は首都モエニウムを含む五つの城塞都市からなる都市国家の枢軸国であった。
過去形になったのは他でもない。うち二つの都市国家が、昨年に示し合わせてモエニア王国から離脱して、隣接するラウルス法治国へと旗幟を変えたからである。
そうなった原因は他でもない。首都国家モエニウムの周辺に新たにふたつの《穢穴》が発生したことにより、こちらへの対処を優先するために優秀な人材を軒並みモエニウムへと集結させ、結果、手薄になった配下の都市国家のひとつにおいて、近傍にあった《穢穴》の処理が間に合わなくなり、下手をすれば《穢穴》から混沌が溢れる事態になる……と判断した都市長の裏切り(英断ともいう)により、当てにならないモエニア王国に見切りをつけて、ラウルス法治国へ救いの手を求めたことが発端となっている。
助力を乞われたラウルス法治国は、
「他国へ介入することはできない。どうしてもというのであれば、モエニア王国より離脱して、改めて我らの傘下に入れ」
と、要約するとそういった条件を突きつけ、そうなることを半ば予期していた都市長は、ついでに隣の都市国家も手土産代わりに同調を持ち掛け、モエニア王国に見切りをつけた二つの都市国家は、二つ返事で鞍替えをした……というわけである。
弱肉強食。生き馬の目を抜くこの世界において、弱みを見せるということは他者に餌食になることを意味する。
一気に国力の半分近くを失ったモエニア王国は、早急に国力と国威の回復をアピールすることを急務とし、起死回生の手段として、禁断の秘術である『異世界勇者召喚』の儀式を行うことで、大量の異世界人を囲い込み、近傍にできた新たな《穢穴》を含む、新旧の《穢穴》を攻略させ、結果得られる希少な物品や霊薬を安定して供給することで、国家として健在であることを周辺国へ誇示することを、密かに決定したのだった。
幸いにして、異世界とこの世界ガイアースが接近する周期と、召喚に適した場所がモエニウムに合致したこと、さらに『異世界渡し』ができるだけの能力を持った巫女、第二王女アルセリアがいたことで、およそ一度に召喚可能な――これより数が増えると、下手をすれば悪魔界から悪魔族を召喚してしまう恐れがある――40人近い若い男女を異世界より召喚することができた。
好事であり、太陽神は我が国をお見捨てにならなかった……と、神殿と王宮関係者が歓喜に沸き立ったのは言うまでもない。
召喚された38人のうち、二人ほど不快な男女がいたので、これは儀式の責任者であるアルセリア王女の独断で処分したが――いかに潜在能力の高い異世界人とはいえ、いきなり《穢穴》のボス部屋に転移させられてはひとたまりもないだろう――残りの36名の男女の処遇については、引き続きアルセリア王女へと対応とそれに付随する権限が与えられた。
一躍抜擢されたアルセリア王女は(無論、事が露見した時に蜥蜴の尻尾切りとして選ばれたのは重々承知しているが、これをチャンスと考え二つ返事で了承した)、この日、侍女(爆乳)がそらんじる異世界人に関する報告書の内容が進むにつれて、おのずと眉間の皺が深くなるのを自覚するのだった。
「――もう十分です。殿方18名のうち現在最高でLv3。最低でLv1のまま……しかも大部分が《穢穴》一層で足踏みしている。それで間違いないですね?」
「左様でございます。お姫様」
うやうやしく腰を曲げる侍女。
それに合わせて大きな胸がゆさっ……と揺れるも、この場にそれを見て喜ぶ殿方はいない。
いるのはアルセリア王女だけで、彼女にしても「私の胸はこれより一回り小さいですが、その代わり釣り鐘型で支えが必要ない理想の体型。ですが、彼女はいささかだらしなく垂れていますね」程度の感慨しかない。
「なぜそのような無様な結果になっているのですか?!」
「それは、その……潜在能力やスキルは確かに優秀なのですが、実際に《穢穴》の魔物を目にした瞬間、ほとんどの者が逃げ腰になり、辛うじて立ち向かって行っても、反撃でちょっとした怪我をしただけで総崩れとなるから、と報告書には記載されています」
わけがわからないという顔でアルセリア王女は首を傾げた。
「怪我といっても手足が欠損したり、命にかかわるものではない……と聞いていますが?」
「はい、その場で神聖魔術で治る程度の怪我です。ですが、どうも彼らは『手足や体を切られて、血が噴き出す』『肉と骨が見える』という状態自体に恐慌状態になるようでして、もう二度と《穢穴》には潜りたくないと、頑なに与えられた私室へ籠る者もいるようでございます」
ぶっちゃけ四肢の欠損ともなれば大神官クラスの治癒が必要だが、手足が切られて血が出たくらいで大騒ぎするのは、この世界においては幼児くらいなものである。
「血を見ただけで卒倒する!? いったい彼らはどこのお姫様ですか!!」
マジモンのお姫様であるアルセリア王女が、顔をしかめて吐き捨てた。
「どうやら彼らが以前いた世界では、血を見ることも、動物を狩って捌くことすらなかったようでございます」
「……つまり、おんば日傘で育った体だけ大きな幼児を相手にすると思わねばダメということですか?」
「左様でございます」
なんということ!? と、叫びたいのを押さえてアルセリア王女はしばし呻吟し、
「……なるべく強引な手段は取りたくありません。色で釣るのが一番でしょう。適当にそれなりに美しいメイドをあてがって、いいように鼓舞させなさい」
「はあ……」
「――なにか?」
「いえ、すでにある程度の魅力のあるメイドを身の回りの世話に付けているのですが、それが逆に枷になっているようで。彼女たちから離れたくないと駄々をこねて、胸に顔をうずめて……」
必要な書類に羽ペンでサインをしていたアルセリア王女は、思わず持っていたペンをへし折ってしまった。
「強要も懐柔も逆効果となれば、つまりどうしろと……?」
「一足飛びにレベルの向上を図るのではなく、地道に訓練を施してから《穢穴》へ潜るようにすればいいのでは?」
侍女のもっともな提言に、アルセリア王女は苦い顔で天井を見上げた。
「それでは間に合わないわ。周辺国は虎視眈々と我が国の残った属国を狙っています。ここで目立った成果を誇示しないことには、下手をすればモエニア王国そのものが崩壊します」
『鷲獅子の卵を手に入れるには、鷲獅子の巣に登らねばならぬ』という通り、リスクを恐れていてはリターンは得られない。
手をこまねいていてはすべては無駄になるのだ。
せっかく今回の功績で、血筋でも胸の大きさでも勝る第一王女コンセプシオンと立場が逆転した……少なくとも同格と持て囃される存在になったと密かに自負しているアルセリアにとって、『召喚は成功しました。ですが異世界人の勇者は盆暗ばかりでした』という結論など、到底看過できるものではなかった。
「再度、『異世界渡し』をするわけにはいかないのですか?」
侍女の提案にアルセリアは首を横に振った。
「無理ね。少なくともモエニア王国内で星の位置が揃うのは、あと十二年は先の話よ」
それに仮に成功したとしても、これほど短い周期で異世界召喚を行った場合、まず間違いなく同じ異世界の同じような場所から召喚されるはずである。下手をすると盆暗が倍になるだろう。
「少々甘く対応し過ぎていたのかも知れません。この際、多少の犠牲を払っても……いえ、一人二人が犠牲になれば、残った者も必死になって現実と向き合うはずです。次回の《穢穴》への探索は、あえて護衛をつけずに一層の安全地帯に、地上へ戻れる転移陣を布設しておき、順位によって今後は食事やメイド、その他の対応に差をつけるようにいたしましょう」
「なるほど飴と鞭ですね」
感心する侍女を前に、こうなるのだったらあの変質者と醜女は見えないところで始末するのではなく、他の連中のいる前で《穢穴》の魔物の犠牲になってもらえばよかった。そう自らの軽率さを反省するアルセリア王女であった。
もっともその反省はお気に入りのスリッパでゴキブリを潰してしまった……程度のもので、まさかその後、彼女が死ぬほど後悔するとは、この時の彼女は想像もしていなかったのである。
「殿方はいいとして、女性陣はどうですか、それなりに見目麗しい侍従をあてがっておいたはずですが?」
アルセリア王女の問い掛けに報告書の内容をすでにそらんじている侍女は、朗らかに……同時に侮蔑の表情を浮かべて答える。
「すでに全員が陥落をして、子種を仕込まれているとのことです。中には複数の侍従と関係している娘もいるとのことで、さすがにいまの段階で妊娠しているかどうかは不明ですが、遠からず異世界人の能力を受け継いだ、なおかつ生まれつき我が国に忠誠を誓う子供が生まれるものと期待できます」
「全員が体を開いたのですか!? まだ一日か二日ですよ!」
せいぜい4~5人と予想していたアルセリア王女は、上手くいきすぎて逆に呆然とした。
「甘い言葉をかけて褒めちぎったところ、ホイホイと股を開……いえ、胸襟を開いたようで、よほど貞操観念が希薄な土地柄なのか、よほど男にモテずに飢えていたのか、いずれにしても順調です」
…………。
「……なんと……まあ。同じ女として呆れるしかないけれど……好都合といえば好都合ね。では、その成果をもって王宮へは順調と報告しておきます。報告書の作成は任せたわよ」
「はい」
多少予想外のことはあったが、いまのところ誤差の範囲内である。
上手くいく。行くに決まっている。そう自分に言い聞かせるアルセリア王女。
次回の命がけの……といっても王宮の正規兵の装備を持ち、十分な薬と食料、地図まで持ったガイアースの冒険者からすれば散歩レベルの《穢穴》第一層の走破が終われば、羊のような異世界人の中からも鬼神――とまではいかないものの、獅子か狼程度の気概を持った勇者が現れるだろう。
そうして篩にかけて真の『勇者』を華々しく国内外に喧伝するのだ!
その華々しい成果と初代巫女姫を彷彿とさせるこの美貌と霊力をもってすれば、コンセプシオン姉姫など物の数ではないだろう。
将来はこの国の女王……いや、もっと大国に正室として嫁いでもいい。
そうなればコンセプシオン姉姫には、件の異世界から召喚した勇者(予定)をあてがってもいいかも知れない。ま、自分なら下賤な異世界人などゴメン被るが、あの姉にはちょうどいいだろう。
そう密かに留飲を下げるアルセリア王女。
意気軒高な彼女であったが、翌日の夜、初心者用の《穢穴》第一層に二組に分けて潜らせた異世界人の男達のうち後続の9人が、Lv2のコボルト集団に襲われて、全員が死亡したという報告を受けた――その瞬間、奇声を張り上げて、執務室の鑑賞植物の壺を振り回して割るわ、椅子で机を破壊するわ、壁にあった絵画やタペストリーを両手や膝で叩き割るわと、暴風のように暴れ回ったのは第二王女付きの侍女だけが知る秘密であった。
次回、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
鬼神のような勢いでオークの群れに躍り込む瀬尾さん! その活躍やいかに!?
「もうアイツひとりでいいんじゃないのか?」




