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ブラッド  作者: 直井 倖之進
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第二章 『選ばれた血』⑥

 明朝八時。新薬被験者としての初仕事がやってきた。

 早くから目が覚めてしまった俺は、かなり緊張してその時を待っていた。

 だが、医師が部屋に入ってくるのと同時に、緊張はすぐさま恐怖へと変移した。

 理由は、医師の服装にあった。昨日見た白衣ではなく、宇宙服のようなものを身に着けていたのである。その恰好だけでも、今から行われる治験がどれほど危険な薬剤を使用するのか安易に想像できるというものだ。

 ごくりとひとつ唾を飲みこむ俺に、注射器を手に持つ医師は軽い口調で告げた。

「大丈夫ですよ。命の危険はありませんから」

 「ならば、その宇宙服は何だ!」そう言いたかったのだが、言えなかった。既に“普通の生活”を手に入れている者たちには到底理解できないだろうが、世の中には、百万の金に命を懸けても構わないと考える人間もいるのである。

 「命の危険はありません」そんな根拠のない医師の言葉を信じ、俺は自らの腕を差し出した。

 針を刺される痛みとともに、得体の知れない薬剤が体内に注入されていく。

 「もし、これで死んだとしても、三人のところへ行くだけだ」俺は、そう自分に言い聞かせていた。

 薬剤投与後、医師は言った。

「次は午後四時に採血を行います。それまではご自由におすごしください。今後も、午前八時、午後四時のローテーションで繰り返されますので、よろしくお願いします」

「は、はい。分かりました」

 今後の予定を確認するということは、本当に危険はないのかも知れない。俺は少し安堵しながらそう返事をした。


 医師が出て行き、独りになってからの小一時間は、「いつ逝ってしまうのか」と気が気ではなかった。 しかし、幸いなことに体に異常は現れなかった。

 そして、午後四時の採血を終えるころには、普段の精神状態に戻ることができた。

 この後、四日間、俺は、新薬被験者として薬剤接種と採血を繰り返した。


 日は流れ、四泊五日の新薬被験者生活、最終日を迎えた。

 午後四時。最後の採血を終えた俺は、その足で施設のエントランスホールへと向かった。待ちに待った報酬を受け取るためだ。

 エントランスホールには、俺の他に十数人の被験者が集まっていた。皆、次々に厚めの封筒を受け取り、ほくほく顔で施設をあとにしている。早速、俺もその列に並ぶことにした。

 二分ほどで順番が回ってきた。

「お疲れさまでした」

 そんな係員の声とともに、厚みのある封筒が俺に手渡された。

 脇にずれ、即座に中身を確認する。福沢諭吉の顔がずらりと並んでいた。どの顔も無表情なはずなのだが、今の俺には微笑みを浮かべているように見えた。

 「これで、もう一度人生をやり直せる」封筒をポケットにねじこむと俺は、玄関へと向かって歩き始めた。

 すると、遠く後方から俺の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

 振り返ってみると、俺の担当だった医師が、何やら大慌てでこちらに走ってきている。

 「大変なことでも起きたのだろうか?」俺は急に不安になった。

 俺の傍までやってきた医師は、一度呼吸を整えてから口を開いた。

「間に合ってよかったです」

「どうしたんですか? まさか、俺の体に何か?」

 俺はそう尋ねた。平静を装ったつもりなのに、声が自然に震えている。

 だが、医師は、大きく首を振って答えた。

「いいえ、そうではありません。ご安心ください」

「じゃあ、間に合ってよかった、というのは?」

「もしよろしければ、これから先も働いていただきたいのです。世界を救うために……」

 過去にも聞いたような台詞だ。

 俺は、その時と同じく聞き返した。

「俺が、世界を救う?」

「そうです。貴方は、十万人に一人の“選ばれた血”をお持ちなのです。その血液で、世界を救ってください。そのためならば、私どもが、いいえ、国が、総力を挙げて貴方のサポートをさせていただきます」

 “選ばれた血”?

 国がサポートをする?

 突然飛び出してきたあまりにも大きな話に、俺は、呆けたように口を開けたまま、ただその場に立ち尽くしていた。

 ご訪問いただき、ありがとうございました。

 これにて、第二章終了。次話より最終章に移ります。

 次回更新は、7月10日(火)を予定しています。

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