第二章 『選ばれた血』③
十五分後。面接の順番が回ってきた。
面接官といえば、スーツにネクタイが当たり前だと思っていたが、入室した俺を待っていたのは、白衣の男と看護服を着た若い女の二人だった。微かにアルコールの臭いまでする室内は、さながら病院のようだ。
「どうぞ、おかけください」
椅子を促す男の言葉のままに、俺は、
「失礼します」
と、やや緊張した面持ちで、小さな机を挟み、二人の前に座った。
「履歴書は、お持ちでしょうか?」
そう看護服の女が聞いてくる。
俺は、手に持つそれを渡した。
女は俺の履歴に目を落とすも、すぐに、困った顔をして再び口を開いた。
「あの、お写真が……」
しまった。履歴書には証明写真が必要なことをすっかり忘れていた。
とはいえ、そんなものを撮る金など俺にはない。
「すみません。忘れました。やっぱり、写真がないと駄目ですよね」
俺は、そそくさ立ち上がり退散しようとした。
ところが、それを女は引き留める。
「あ、大丈夫ですよ。よろしければ、写真はこれで撮らせていただきます」
と、デジタルカメラを見せてきたのである。
「いいんですか?」
「はい」
カメラを構えると女は、柔和な笑みを浮かべて見せた。
無事に写真を撮ったところで、今度は白衣の男が幾つかの質問をしてきた。内容は、「熱はないか?」や「発疹が出てはいないか?」など、健康上に関するものばかりだった。
やがてひととおりを聞き終えたらしく、男はまとめに入った。
「では、最後に、本日はこの場で血液を採取させていただきます。採取量は十ミリリットルです。なお、この血液検査の結果により、臨床試験者となっていただくか否かの判断を致します。承諾いただけますでしょうか?」
「分かりました」
素直に差し出す俺の左腕に、看護服の女が針を刺す。
採血の最中、俺は白衣の男に尋ねた。
「それで、結果はいつごろ分かるんですか?」
「一週間ほどで連絡を差し上げることができると思います。結果は、郵送にて通知させていただく予定です」
郵送? それは困る。何しろ俺には、郵便屋が配達できる家がないのだから。
ここまできては、もはや隠しても仕方がない。俺は正直に告白することにした。
「あの、それが、恥ずかしながら住所不定で。そのせいで、履歴書の住所も空白、ということでして……」
すると、
「なるほど、そうでしたか。でしたら、一週間後の午前十時にもう一度ここへきていただくことでも、結果をお知らせできますよ」
白衣の男はさらりとそう答えた。
住所不定の面接希望者などそうはいないだろうに、明らかに言い慣れているその返答。そこに俺は、小さな疑惑を抱いた。
しかしながら、今回の仕事は、たった五日で百万円と破格だ。「額が額だけに、俺以外にもホームレスが、噂を聞きつけてきてやってきているのかも知れない」と思い直し、深くは聞かずに黙っていることにした。
「それでは、本日は以上です。ありがとうございました」
そう男に言われ、帰ろうとする俺。
そこに、女が白い封筒を持って近づいてきた。
「それは?」
「こちらは今日の謝礼となります。合否を問わず、皆さんに差し上げていますので、どうぞお納めください」
たったこれだけのことで謝礼がもらえるとは。渡された封筒を嬉々として受け取ると、俺はそれを大事にポケットに仕舞った。
自分の住処に帰ると、俺は封筒を開いた。中には、千円札が一枚入っていた。履歴書代を差し引いても、九百円ほどの儲けだ。
貰った金で早速コンビニへと向かい、俺はビールを買った。「つまみに焼き鳥でも」と思ったが、ゲンさんの誕生祝いで金を出し合って買ったあの焼き鳥を思い出し、悲しくなったのでやめた。
久しぶりに飲むビールは、舌が記憶していたよりも苦く、弾ける炭酸がやけに喉の奥に突き刺さるような感じがした。
ご訪問いただき、ありがとうございました。
次回更新は、7月1日(日)を予定しています。




