第二章 『選ばれた血』②
数時間後。なけなしの金で買った履歴書に、図書館で借りた筆記具で必要事項を記入すると、俺は、求人欄に示されていた駅近くの公共施設までやってきた。郵送ならば封筒と切手を買う金がないため諦めていたのだが、『履歴書持ち込み可、即面接』の文字に背中を押されたのである。
受付の女に面接にきたとの旨を伝えると、すぐ傍の階段を上がり、二階へ行くよう促された。
指示どおりに上階へ。すると、二階の廊下には数脚のパイプ椅子が並んでいた。部屋のドアに一番近い椅子には、二十代前半ぐらいの男が座っている。どうやら、目的は俺と同じ。面接の順番待ちのようだ。
俺は、男の隣に腰を降ろすことにした。
「どうも。貴方も、百万円狙いですか?」
住所欄が空白のままの履歴書に目を落とす俺に、男が話しかけてきた。
「あぁ」
「随分と馴れ馴れしい奴だ」そう思いながらも、俺は頷いて見せた。
「そうですか。実は、俺もなんですよ。あ、やっぱりネットの求人サイトで?」
「ネット? いや、俺は新聞で知った」
「へぇ、新聞にも載っていたんですか。……成程なぁ」
男は、勝手にひとりで納得している。
その様子が気になり、俺は尋ねた。
「何が、成程なんだ?」
「いや、それが、俺、この手のバイトばかり選んでやってるんですけど、今回の報酬は、そんな俺でも初めて目にする金額なんですよ」
「確かに。百万だからな」
「はい。だから、応募者もそれに比例して多いらしくて、聞いた話だと、既に十万人を超えているとか」
「じ、十万人? そんなにいるのか?」
「はい。ですから、募集をかけたのはネットだけじゃないはずだ、って、思っていたんです。そうですか、新聞にも掲載されていたんですね」
「あぁ。小さくはあったが、間違いなく載っていた。俺が見たのは地方紙だったが、ひょっとすると、全国紙にも載っていたかも知れないな」
「恐らく、そうでしょうね」
何かを考えるように腕を組む男に、俺は、求人欄を見た時に感じた疑問をぶつけてみることにした。
「なぁ、俺はよく分からないんだが、新薬被験者のバイトって、普通、こんなに大っぴらに募集しているものなのか?」
「あ、それ、俺も不思議に思ってたんですけど……」
そう前置きして男は答えた。
「あくまでも俺の経験上ですが、これほど大っぴらな募集を見たことは今までにありません。新薬モニターの登録サイトというのはネット上にもあるんですが、大半は、病院の許可も得ていないような、登録料と紹介料を搾取するだけの詐欺サイトですし……」
「え? じゃあ、これも詐欺なのか?」
履歴書の金が無駄になったかと声を荒げる俺に、男はすぐに首を横にふって見せた。
「いいえ、さすがに今回は、それはないと思いますよ」
「どうして、分かるんだ?」
「このバイトの募集主、表向きは大手の製薬会社ってことになってますけど、その裏にあるのは、厚生労働省らしいんです」
「そうか。雇い主は国。だから、詐欺はないってことか」
納得する俺に、男も、
「はい」
と、返事をした。
「それならば」と、ひと先ず安心し、俺は質問を続けた。
「それで、今回の被験者募集だが、十万人中、何人が選ばれるんだ?」
「全国で百人ほどだそうです。つまり、千分の一の確率ってことですね」
「おいおい、それは難関だな」
「そうですね。お互い、選ばれるように頑張りましょう」
「そうだな」
いったい何を頑張ればよいのかは分からなかったが、一応、俺はそう返事をしておいた。
その時、目の前の部屋のドアが開き、中年の男が出てきた。恐らく、奴も千分の一を狙う十万人の一人なのだろう。
「じゃあ、先に失礼します」
一度会釈してから、俺と話していた男が部屋へと入って行く。
「おう。採用されるといいな」
そう言って俺は男を見送った。
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