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ブラッド  作者: 直井 倖之進
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第一章 『ウイルスの恐怖』②

 夕方近くになって、漸く牧さんが帰ってきた。牧さんは、自分のテントに俺と佐々木を呼んだ。

「どこに行ってたんだ?」

 そう問う俺に、牧さんは答えた。

「どこ、って、色いろだよ。図書館で新聞記事を閲覧して、それから、知り合いの薬局と病院を回ってきた」

「それで、何か分かったのか?」

 牧さんが行っていた場所からその目的を推理し、俺は尋ねた。

「あぁ。どうやらゲンさんは、“ドグマウイルス”に感染していたらしい」

「“ドグマウイルス”?」

 俺の隣で、佐々木がおうむ返しして首を傾げた。

「そうだ。“ドグマウイルス”は、つい二か月ほど前にドイツで発見された新種のウイルスで、ワクチンはもちろん、有効な治療法すら見つかっていないらしい。研究者の間では、“死神が生んだウイルス”とも呼ばれている。感染したのち、三十六時間以内に発症。症状は、発熱、下痢、嘔吐など、風邪に似たものが一般的だが、もうひとつ、堪えられないほどの痒みが全身に広がるのが特徴だ」

「成程」

 昨日のゲンさんの背中を思い出し、俺は思わずそう呟いた。

「発症してしまった者は、長くても二十四時間で死に至るらしい。消化器官を含む全身からの出血が、直接的な死因だ」

「エボラ出血熱に似ていますね」

 佐々木が、そう言葉を挟んだ。

 エボラ出血熱? 初めて耳にする病名だ。俺は佐々木に聞いた。

「それって、どんな病気なんだ?」

「えぇと、何て言えばいいのかな……」

 困り顔を見せる説明下手な佐々木に代わり、医師免許を持つ牧さんが気を利かせて教えてくれた。

「エボラ出血熱は、その名前のとおり、熱と出血が主だって見られる病気だ。三十九度前後の高熱が出たあと、全身からの出血がある」

「出血、か。“ドグマウイルス”と同じだな」

 佐々木が「似ている」と言っていた意味を理解し、俺は大きく頷いた。

 だが、

「いや、それが、そうでもないんだ」

 牧さんは首を横に振った。

「そうでもない? どこが違うんだ?」

「それを話そうと思って、お前と佐々木をここに呼んだんだ」

 そう告げると牧さんは、俺たちに交互に視線をやって続けた。

「エボラウイルスと“ドグマウイルス”、双方がもたらす症状は確かによく似ている。だが、決定的に違う点が三つあるんだ。そして、その三つの相違点は、“ドグマウイルス”が“死神が生んだウイルス”と呼ばれる所以でもある」

「三つの相違点……」

 佐々木が、深刻な顔つきで牧さんを見つめた。

「そうだ。ひとつは、感染から発症までの時間が極端に短いということ。エボラウイルスが一週間の潜伏期間を持つのに対し、さっきも言ったが、“ドグマウイルス”は三十六時間以内に発症してしまう。二つ目は、致死率だ。エボラ出血熱での致死率は、五十から八十パーセント。これでも十分高いほうなんだが、“ドグマウイルス”は、百パーセントだ。」

「それって……」

 言葉を詰まらせる俺のあとを、牧さんが話の流れのままにつないだ。

「そう。現在の医学の力では、“ドグマウイルス”に感染してしまった患者を救う手立てはない、ということだ」

「絶望的だな」

 顔を伏せる俺に、牧さんはさらに追い打ちをかけた。

「まだだ。最後の違い、三つ目の違いが一番の難点なんだ。そして、それは、俺たちにも直接関係することでもある。いいか、心して聞いてくれ」

 何のことだか見当もつかなかったが、一応俺は、

「あ、あぁ。……分かった」

 と、そう返事をした。

 一度深く呼吸をしてから、牧さんは口を開いた。

「エボラ出血熱は、一九七六年にスーダンのヌザラで最初の発症があって以来、十数回に亘って突発的な流行を見せてはいるが、いずれもアフリカ大陸から外へ出ていない。ところが、“ドグマウイルス”は、僅か二か月間でドイツから少なくともこの日本にまで感染が拡大しているんだ。では、どうして広範囲に被害が出たのか? それは、“ドグマウイルス”が、空気感染するからなんだ」

「空気感染」

「そうだ。エボラウイルスと“ドグマウイルス”の最も大きな違いはそこにある。空気感染するか否かだ。“ドグマウイルス”は、その感染者の血液などと直接接触しなくても、一緒にいただけで感染する危険があるんだ」

「ちょ、ちょっと待ってください。ということは、ゲンさんと一緒にいた僕たちも……」

 佐々木が声を震わせた。

「あぁ、感染している可能性は高い。ゲンさんからの感染を昨日の夜だと仮定すると、俺たちに残された時間は四十時間弱といったところだろう。だから、それまでに何かやり残したことがあるのなら終わらせておくことだ。ただし、もし死なせたくないと思う人間がいるなら、その人と会うのは避けたほうがいいだろうな。感染させてしまうかも知れないから」

「……」

 突然告げられた死の宣告とも取れる内容に、俺と佐々木は黙りこんだ。

「すまん。余計な話だったな。自分の死期なんて、教えられないほうが幸せだっただろうから」

 頭を下げる牧さんを見て、俺は慌てて首を振った。

「いや、そんなことはない」

「そうですよ。知っているのと知らないのとでは、死を前に心構えが違ってきますからね」

 間髪を容れずに、佐々木も俺の意見に同調した。

「そうか。それならばいいが……。まぁ、“ドグマウイルス”のキャリアと一緒にいたからといって、絶対に伝染(うつ)るってわけじゃないからな。この世界にまだ神様ってのがいるのならば、きっと助けてくれるだろう」

 牧さんは、淡く小さく笑った。

「そうだな。……さて、じゃあ、そろそろ俺は行くから」

 俺は静かに立ち上がると、腰を屈めて牧さんのテントから出た。

 ご訪問いただき、ありがとうございました。

 次回更新は、6月19日(火)を予定しています。

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