最終章 『ヒーローになりたくて』②
俺はおもむろに寝ていた体を起こした。そっと眼を閉じると、瞼の裏に、体中から血を流して死んでいった仲間たちの姿が浮かんだ。
ゲンさん、牧さん、そして、佐々木。
「俺が自分の“選ばれた血”のことをもう少し早く知っていれば、三人の命を救えたのかも知れないのに……」そう考えると悔しくて、俺は唇を噛み締めた。
同時に、体中が焼けるように熱くなるのを感じた。
閉じていた両目をゆっくりと開くと、一筋の涙が頬を伝って零れ落ちた。
苦しみの中、死を迎えた三人の仲間たち。「せめてもの弔いに、俺がでっかい墓を建ててやるからな」俺は心の中でそう彼らに誓った。
その時、ベルの音が響き、室内に看護師が入ってきた。
反射的に壁掛け時計へと目をやる。時刻は午後四時。採血の時間だ。
「今日もよろしくお願いします」
そう声に出しながら、リビングを抜けて寝室へと看護師がやってくる。そんな彼女に覚られぬよう、俺は涙を拭った。
やがて看護師が傍らに立つ。
俺は、壁掛け時計から視線を外すと、それを彼女へと向けて言った。
「よし、今日も一万人の命を救うとするか」
ところが、
「あっ! あ、あの……」
すぐに何かに気づいた様子で、声を震わせながら看護師が俺の顔を指差す。
そして、次の瞬間、
「私、先生を呼んできます!」
とだけ告げると、瞬く間に寝室を飛び出して行ってしまった。
彼女の後ろ姿を呆然と見送る俺。
刹那のち、嫌な予感が俺の全身を駆け巡った。
「ま、まさか!」
俺は浴室に備えつけられている鏡へと走った。
鏡に映し出された俺の顔。そこには、素人にもひと目で分かるような真っ赤な発疹が浮かんでいた。
四肢の力が抜けていくのを感じ、俺はその場に崩れ落ちた。
すぐに医師がやってきて、俺にワクチンを投与した。
しかし、回復の兆しは現れなかった。どうやら、“ワクチン製造器”である俺にワクチンの効果はないらしい。
もはや言うまでもないだろうが、俺の発症は“ドグマウイルス”の過剰接種が原因だった。体内でのウイルス分解に限界が生じ、感染となったのである。
二時間後。俺は研究施設へと移っていた。
「空気感染する“ドグマウイルス”の拡散を防ぐためには、厳重な隔離態勢が整えられた施設のほうがよい」そう考え、俺自身が志願したのである。
それなのに、今、俺の周囲には総勢二十名以上の医師や看護師たちがいる。あの宇宙服のようなものを着ることもなく、だ。聞くところによると、彼らは、ウイルスに感染するかどうかを自らの体を以てして確かめるのだそうだ。
そして、もし感染しなければ、第二の“ワクチン製造器”として我が身を捧げるのだという。もちろん、今回の俺の件で判明した投与量を超えない範囲での話だが。
「日に二回針を刺され続けるというのは、結構きついですよ」
可動式ベッドに横になる初代“ワクチン製造器”である俺の言葉に、あの日の医師が答えた。
「我々は医学に携わる人間ですから、当然、承知していますよ。でも、それでもいいと考えているんです。今、ここにいる者たちは、全員が、世界を救おうとなさった貴方に憧れて集まった有志なのですから。それに、いくら知らなかったとはいえ、貴方に“ドグマウイルス”の過剰接種をさせてしまったのは、私ども医師の過失です。その償いは、させてください」
「償い、ですか」
「そんなものは必要ない」そう思いながら、俺は小さく笑った。あの日、“ワクチン製造器”として生きると決めた瞬間から、いや、世界を救うヒーローになりたいと願った瞬間から、こうなることは覚悟の上だったのだから。
だが、それでも医師は食い下がった。
「はい、償いです。貴方のために、私たちにできることはもうないのでしょうか?」
残った彼らにできること。少し考え、俺は、
「もし、よければ……」
と前置きして続けた。
「俺の仲間に、ゲンさん、牧さん、佐々木という三人のホームレスがいたんです。だけど、皆、“ドグマウイルス”にやられて死んでしまった。それで、さっき、俺、三人に誓ったんです。でっかい墓を建ててやるからな、って。ですが、今となってはそれも叶わぬ夢となりそうです。だから、俺の代わりに、三人の墓を建ててやってはもらえませんか? ……とはいえ、これは、償ってもらうというわけでは決してなく、単に、ヒーローになれなかった哀れな男からの、切なる願いです」
「承知しました。約束します」
俺の目をしっかりと見つめながら、医師はそう答えた。
「ありがとうございます」
「これで、俺の役目も終わりだ」そう察した瞬間、急に胸が熱くなり、涙が溢れてきた。それとともに、視界が真っ赤に染まっていく。
これは、涙ではなく……血。そう気づくのに、それほどの時間はかからなかった。
“ドグマウイルス”に感染し、発症した者は、消化器官を含む全身からの出血により死に至る。
どうやら、俺も最期の時を迎えたようだ。短い人生だったが、決して後悔はしていない。
何故なら、約九十万人分もの希望を未来に残すことができたのだから……。
俺は、静かに両目を閉じた。心穏やかに呼吸すると、頭の中に懐かしい曲が流れてきた。
『ヒーローに憧れて、ヒーローにはなれなくて。それでも戦う、僕らのヒーロー、ヤジカマン』
『地球防衛隊! ヤジカマン!』のエンディングソングだ。
「俺は、“ヤジカマン”になれただろうか?」薄れゆく意識の中で、俺はそんなことを考えていた。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。直井 倖之進です。
14作目『ブラッド』も今話で物語の全てが終了、無事完結です。
今作の私なりのテーマは、『自己犠牲』でした。
幼いころ、“ヒーローもの”と呼ばれる作品を見るにつけ、「どうして、ヒーローは、命を懸けてまで人間や地球を守るのだろう?」と思っていました。
物語の中ではよく、「人間が好きだから」、「地球が好きだから」と、命を懸けるに至る動機づけがなされていたのですが、「それは理由として弱いのではないだろうか?」という気持ちは、何となくではあるものの、私の心の中にありました。
やはり、「命を懸けるに値する」と考えるには、それ相応の“意味”や“意義”というものが必要なのではないかと思ったのです。
そのような中で、私が、これが“理由としての最適解”であろうと判断したもの。それは、「子供が好きだから」です。
「子供が好きだから、今いる人間たちを、今ある地球を、子供たちに。そして、次の世代へと残したい」
そうヒーローが口にするのならば、命を懸ける理由にもなると思います。
「人間が好きだから」や「地球が好きだから」と「子供が好きだから」は、似ているようでまったく意味が違いまして、それは、親を例にするとよく分かります。
「私は人間のためにならば、地球のためにならば、命を懸けてもいい」
そう言われるのと、
「私は我が子のためにならば、命を懸けてもいい」
と言われるのとでは、その言葉の重みや信憑性というものがまったく違うこと、お分かりいただけるかと思います。
つまり、子にとって、親ほどのヒーローはこの世に存在せず、また、ヒーローが命を懸けるに値する理由も、「子供が好きだから」以上のものは存在しないということになるのです。
しかしながら、本作の主人公に我が子はいません。「ならば、せめて、ヒーローになりたくてもなれなかった哀れな男として、ヒーローに憧れた主人公を描こう」そう考え、『ブラッド』は誕生しました。
独身である作者ゆえに生み出された物語、それが『ブラッド』です。そう考えると、「あぁ、独り身であるのも悪くはなかったんだな」と、今、中年の哀愁をその背に纏わせつつ、僅かばかりの侘しさを胸に、そう感じております。
最後になりました。14作目『ブラッド』、物語に触れていただいた全ての皆さんに、改めまして深く厚く御礼申し上げます。
なお、以下は15作目についての告知となります。
15作目は、本作とは打って変わり、『ミスクラ! ~旧校舎の六不思議~』という小学生が主人公の作品を掲載してみようと考えております。原稿用紙220枚ほどの物語で、これまでどおり3日に一度の更新です。7月16日(月)にプロローグ投稿を行いますので、引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。
また、あと2か月ほどで2年になるのですが、『不惑+2 直井 倖之進の日常』と題しまして、Seesaaさんでブログも書いています。駄文、拙文ではあるのですが、私の日常や小説の更新報告について記しております。こちらも、待ち合わせやトイレタイムなどの暇つぶしによろしければどうぞ。
それでは、15作目『ミスクラ! ~旧校舎の六不思議~』にて再会できますことを祈りつつ、今回はこの辺で失礼いたします。




