55.成長
王宮内はいつも以上に騒がしく、多くの人がいた。
今回の裁きは公明正大に行うために王宮に入れる者には誰でも傍聴することが許されている。
そのため、貴族だけでなく王宮で働く者で非番の者たちまでもがいるのだ。
皆はいったい誰が反乱軍に加担していたのだろうか、誰が裁かれるのだろうかと噂している。
そしてオパールとクロードを目にすると、さっと道を開け声を潜めて噂を続けた。
「大盛況ね」
「大広間には入りきらないだろうな」
「入れない人たちはどうするの?」
「陛下は広間の窓も扉も全て開放するとおっしゃっていたから、そこから覗くんじゃないか?」
「姿は見えないでしょうに」
「それは大広間に入れても似たようなもんだろ」
「それもそうね」
声も聞こえるかは疑わしいが、オパールは納得の言葉を呟いた。
そこに聞えよがしに「よくもずうずうしく公爵様と一緒にいられるわね。やっぱり不実な人間って神経も図太いのかしら」と誰かが口にする。
どうやら駆け落ちのことを話題にしているらしい。
その場にはくすくす笑いが広がったが、二人とも気にせず大広間に向かった。
「そういえば、ジュリアンはどうしているのかしら」
「あいつのことは心配いらないよ」
「心配しているんじゃないわ。だけどやっぱりクロードは私にまた隠し事をしてるのね」
「隠しているわけじゃないよ」
駆け落ちの噂からジュリアンのことを思い出したオパールに、クロードはあっさり答えた。
それならそれで先に教えてくれればいいのに、相変わらずクロードは意地悪である。
オパールは抗議の意味を込めてクロードの腕をつねった。
「いてっ!」
「大げさよ」
わざとらしく声を上げたクロードからつんと顔を逸らし、オパールは先に控室に入った。
部屋には侍女が控えており、オパールたちの姿を見るとすぐにお茶の準備に取りかかってくれる。
「のんびりお茶をいただいていてもいいの?」
「これから観客――ではなく、傍聴人たちを大広間に入れるだろうからしばらく時間はかかるだろ。どうせ少しでもいい場所で聴きたいって者たちで揉めるだろうから」
「係の方もお気の毒ね」
「中央は近衛騎士が固めるから大丈夫だろう。従わなければ強制退場してもらうからな」
「じゃあ、揉めるのは観客同士ってわけね」
「ああ。それもまた見物だったろうな」
「意地悪ね」
オパールは笑って答え、お茶を淹れてくれた侍女にお礼を言った。
クロードもまたお礼を言ってカップを手に取る。
侍女は嬉しそうにお辞儀をして、部屋の隅まで下がった。
オパールもカップを手に取り口へと運ぼうとしたところで、ノックもなしにいきなり扉が開いた。
「クロード! どういうことだ!? 今朝いきなり屋敷にやってきた近衛に兄さんと父さんは拘束されて連れていかれたんだ!」
「……二人は反乱軍の首謀者だからな」
「何を馬鹿なことを! いくら母さんがボッツェリ公爵の娘だからって、濡れ衣にもほどがあるだろう!」
「濡れ衣かどうかは、これから傍聴すればわかるだろう」
突然部屋に入ってきたプラドー男爵のエリクは、勢いそのままにクロードに詰め寄った。
どうやら反乱軍の首謀者として父親であるバポット侯爵と兄のアマディ子爵のテューリが捕縛されたことに驚き、納得できないでいるらしい。
それだけエリクは何も知らされていなかったのかと――クロードからも家族からも相手にされていなかったのかと思うと、オパールは気の毒に思った。
(考え方も行動も大人になりきれていないものね)
父と兄の有罪は確定であり、どのような裁断が下されるのかだけをオパールは知らなかった。
たとえエリクに――家族に罪が及ばなくても、これから苦難の道を進まなければならないだろう。
だが人間は何歳になっても変わることができる。
ヒューバートが今回のことで上手く立ち回り、セイムズ侯爵を裁きの場へ引き出したように、エリクもまた成長できるはずなのだ。
オパールがそんなことを考えながらカップを置くと、エリクの注意が向いた。
「お前のせいだ! お前がやってきてから全てがおかしくなったんだ!」
「エリク、貴様――」
「いいの、クロード! 大丈夫よ、慣れているから」
オパールを指さし責めるエリクに、クロードが一瞬怒りを見せた。
しかしすぐにオパールが止めに入ったので、クロードは「慣れてるって……」とぶつぶつ言いながらも引いてくれる。
「プラドー男爵、あなたはいい加減に大人になってはどうかしら?」
「なっ――!」
「あなたの立場では、あなたの発言一つが多くの者に影響を与えることに気付いてください。その言動は多くの者たちに見られ、判断されていることを覚えておいてください」
オパールの言葉に抗議しかけたエリクだったが、隅で控える侍女が怯えたように顔色を悪くしていることに気付いたらしい。
口を閉ざしてオパールを睨みつけるように見下ろす。
その態度にクロードが我慢できずに口を出そうとしたとき、ノックの音が部屋に響いた。
逃げるように侍女は応対に向かい、大きく扉を開ける。
「ボッツェリ公爵閣下、令夫人、お時間でございます。どうぞ大広間へお越しください」
「――わかった」
クロードは一呼吸おいてから、侍従に答えて立ち上がった。
そのままエリクを無視してオパールに手を差し出す。
「行こうか、オパール」
「ええ。ありがとう、クロード」
オパールもクロードだけを見つめ、立ち上がって出口へと向かった。
そこでようやくエリクもはっと我に返る。
エリクはオパールの言葉に考えさせられていたようだ。
オパールは出口でちらりと振り返り、エリクがこれを機会に成長することを願った。




