43.再会
「クロード、ここがどこだかわかってるの?」
「もちろん。オパールの傍だな」
クロードが悪戯っぽく笑ったのは気配でわかった。
オパールは呆れてため息を吐く。
「どうやって帰るつもりなの?」
「せっかく会えたばかりなのに、もう帰れって言うのか?」
「クロード、ふざけないで。ここは敵地真っただ中なのよ」
「名義上は俺たちの領地なんだけどなあ」
ぼやくクロードがおかしくて、オパールは笑いを堪えた。
暗闇に慣れてきた目は星明かりだけでもクロードの姿を捉える。
懐かしい姿につい甘えたくなったが、そこでナージャが寝返りを打ったことで気を引き締めた。
疲れているだろうに、起こしてしまっては気の毒だ。
「いつからこの地にいたの?」
「五日前かな? オパールが公爵領に向かうって聞いて、急いで来たんだよ。オパールなら絶対にこの辺一帯の鉱山の視察もするってわかっていたからな。ここは万年人手不足のようだから、すぐに雇ってもらえたよ」
オパールの小声での質問に、クロードはにやりと笑って答えた。
今のクロードはどう見ても鉱夫にしか見えない。
最近はすっかり公爵の姿が板についていたのに、こんなに馴染んでいるのは過去に似たような経験をしているからかもしれない。
過去のことをクロードは詳しく話してくれないが、本当に苦労してきたのだろう。
そして今もこうして危険に身を投じている。
「……この数年の間に、いったいどれだけの人材を送り込んでいるのかしら」
「さあ、どうなんだろうな」
「私がちゃんと陽動の役目を果たせているのならいいけれど」
呟いたオパールの手を握り、クロードは謝罪するようにそっと口づけた。
その手はごつごつして荒れている。
「クロード、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。オパールだって、俺が来ることをわかっていて窓を開けていたんだろう?」
わざと質問を取り違えて答えるクロードに背を向けて、オパールはベッドに腰を下ろした。
その隣をぽんぽんと叩いて座るよう促す。
「万が一に備えただけよ。ここの窓はガタつくから。まさか本当に来るとは思っていなかったわ」
可能性はほとんどないと思っていたが、昔からクロードはオパールを驚かせるのが好きだった。
だからひょっとして、と音を立てないように、少しだけ窓を開けていたのだ。
「これ、オパール宛ての手紙だよ。悪いが中身は先に読ませてもらった」
「ありがとう、クロード。悪くはないわ。私が読めない状況になるかもしれないから、そうしてくれるように伝えていたんだもの」
「……ありがとう、オパール」
クロードは手紙を二通差し出すと、オパールを抱きしめてから立ち上がった。
そして静かに窓へと向かう。
「気をつけて、クロード」
「心配するなよ。小さい頃からお姫様に鍛えられたからな。それなのにかっこよく救出といかないところが情けないな」
「あら、ちゃんと次には準備を整えて待っているわ」
おどけて答えたオパールを、クロードは窓枠に跨がったまま引き寄せてキスをした。
突然のことに驚き頬を染めるオパールを、クロードは真剣な眼差しで見つめる。
「必ず助けるから」
そう言うと、クロードは窓枠に足をかけて立ち上がり、そのままひゅっと飛び上がった。
オパールが外を覗くと、クロードは屋根の上へと姿を消す。
「――まさか屋根からいらっしゃるとは思いませんでしたね」
「ナージャ、起きてたの?」
「さすがに目が覚めますよ。だけどちゃんと背中を向けてましたからね。何も見ていません」
ナージャは両手で目を覆ってアピールする。
その姿が可愛くておかしくて、オパールは噴き出した。
本当はクロードが無事に屋根から下りることができたのか心配だったが、大丈夫だと信じるしかない。
「うるさくしてごめんなさいね」
「謝罪される必要はありませんよ。まさか旦那様がいらっしゃるなんて、どきどきしましたから! 奥様がおっしゃっていたとおりでしたね!」
「そうね。まったく、無茶をするんだから」
「それはきっと旦那様も同じことを考えていらっしゃると思いますよ」
ちょっと怒ったようなオパールのぼやきに、ナージャはあっさりと答えた。
それがあまりに的を射ていて、オパールはまた噴き出しそうになり慌てて口を押さえた。
こんな時間に笑い声を響かせては不審に思われる。
そのおかげでじわりと涙が浮かんできたが、笑いを堪えているせいにできた。
気丈に振舞っていても、本当は不安だった。
自分のことよりも何よりも、クロードが無事でいてくれるのかどうか。
お互い安全とは言い難い状況ではあるが、近くにいてくれる。
そして、オパールを信じて一緒に戦わせてくれている。
「大丈夫? もう一度眠れそう?」
「はい。寝るのは得意ですから」
明日のためにベッドに入り直したオパールはナージャに問いかけた。
すると元気のいい返事が返ってくる。
おやすみの挨拶を再びしてからも、オパールは目を閉じることなく暗闇を見つめた。
(反国王派がいよいよ決起するという情報を得て、その前に陛下は動くつもりなんだわ。それでタイミングよく現れた私を陽動に使ったのね)
あれこれ難しく考えていたが、結局は単純な話だった。
人手不足とはいえ、クロードがすんなり雇ってもらえたのはすでに何人もの間諜が入り込んでいるからだろう。
だからこそ、オパールも公爵領に――この地に来ることを反対されなかったのだ。
しかし、先ほどの態度からもクロードにとってオパールを使うことは苦渋の選択だったことがわかる。
暗闇でもわかったクロードのつらそうな顔。
あんな表情をクロードにさせたのだから、やはりアレッサンドロには一発お見舞いしなければならない。
それから頭を下げさせて、感謝の言葉を述べてもらうのもいいかもしれない。
(そうよ。私がただ駒として動くだけだと思ったら、大間違いなんだから)
クロードから受け取った手紙の差出人は確認しなくても二通ともわかっている。
早く中身を確認したいが、それは明るくなるまで待たなければならない。
逸る気持ちを落ち着けるように大きく息を吐き出すと、オパールは眠るために目を閉じた。




