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7.屋根裏部屋

 

 オパールが屋根裏部屋へと移ってから八日後。

 目覚めたオパールは大きく背伸びをして、体の凝りをほぐした。

 初めの頃は、この堅い木のベッドが寝苦しくなかなか眠れなかったが、今はずいぶん慣れた。


 部屋の外では使用人たちが動き始めた気配がする。

 この時間なら絶対にステラに会うことはないだろうと、さらにはヒューバートにさえ会うことはないだろうと考え、オパールの活動時間にしているのだ。

 使用人たちは相変わらずオパールを見えないかのように扱っているが、声をかければそれなりに答えてくれる。

 屋根裏部屋で眠った初日に一階へ下りて使用人の一人に声をかけた時には、かなりぎょっとされたものだった。


 結婚前に自分の家となる場所に持って行こうとしていたドレスは、手伝いがなくても一人で着れるため、屋根裏部屋に数枚持ち込んでおり、今日もオパールは着替えて階下へ向かった。

 そして最初に声をかけた目的――図書室の場所を知った今では、オパールは毎日通って、数冊の本を屋根裏部屋へと持って帰っていた。

 一日のうち、朝のこの小さな散歩とお風呂や洗面のために元々与えられた部屋に戻る以外は、ずっと屋根裏部屋で過ごしているのだ。

 本を読んではその場で体操をして体を動かし、刺繍をして疲れればまた体操をし、三食運ばれてくる食事をとって眠る。

 まるで優遇された囚人のような生活だが、オパールにとってこの結婚は似たようなものだった。


(でも、私は囚人じゃないし、意地を張るのもいい加減に馬鹿らしいわね……)


 図書室にあるオパール好みの本はあらかた読み尽くしてしまっていた。

 オパールは適当に書架の間をゆっくり歩きながら考える。

 ヒューバートはステラの前に姿を見せなければ好きにすればいいと言っていた。

 それならいっそのこと、この屋敷から出ていってしまえばいいのだ。


 シーズンが終われば帰る予定だった伯爵家の領地に戻ろう。

 どうせ父親も兄も帰ってくることもなく、オパールと顔を合わせることはないはずだ。

 結婚後のちょっとした里帰りだと言えば、領地のみんなは喜んで迎えてくれるだろう。

 旦那様がいないのは、忙しいからで十分だ。

 実際、ステラの相手に忙しそうな姿を屋根裏部屋の小さな窓からよく見ていた。


 今日の午前中にでもヒューバートに伝えて、明日の朝発とう。

 そうすれば、夕方までには領館に到着するし、御者には一泊して帰ってもらえば、ヒューバートは馬車がない生活を二日間我慢するだけだ。

 最悪、辻馬車を利用してもらえばいい。

 名案を思いついたオパールは鼻歌交じりに書架の間を抜けていたが、その時ふと目についた本があった。


 この公爵家の歴史書だ。

 そこで周囲を見れば、領地についての書物などが数冊あった。

 そういえばこの公爵家の領地がどこにあるのか詳しくは知らなかったなと思ったオパールは、それらを手に取った。

 せっかく嫁いだのだから、あと一年ほどで離縁するにしても知っていて損はないだろうと部屋に持ち帰る。

 そこからベスが朝食を持って来るまで伝記などを読んで過ごした。


「ねえ、ベス」

「何でございましょう?」

「旦那様に話したいことがあるから、できるだけ早くお時間を作ってくれないかお願いしてきてちょうだい。もちろん時間と場所を指定してくださったら、私から伺いますとしっかり伝えてね」

「……かしこまりました」


 前回のノーサム夫人の時のようにならないために、はっきり念を押してベスに頼んだ。

 ベスは無表情のまま承諾すると、部屋を出ていく。

 それからベスはなかなか帰ってこなかった。

 昼食を抜かれることはさすがにないはずなので、オパールも苛々することなく、図書室から持ち出した本をじっくりと読む。

 伝記の次は公爵家の領地について書かれた記録書であり、頭の中で地図を広げながら目を通していたのだが、記録が新しくなるほどオパールは疑問でいっぱいになってきていた。


(これは少し気合を入れたほうがいいようね……)


 オパールがそう考えた時、ドアがノックされて昼食が運ばれてきた。

 ベスはちらりとオパールを窺い、ゆったりと本を読んでいることが気に入らなかったのか、かすかに唇を尖らせた。

 どうやら先ほどの言伝の返事が遅いと怒らないといけなかったようだ。

 オパールは内心で意地悪く笑いながら、本を閉じた。


「ご苦労様、ベス。今日の昼食も美味しそうね」


 正直に言えば、伯爵家の使用人が食べていたようなもので、公爵家の食事としてはどうかと思うようなメニューではあったが、これに関しては食費を切り詰めているせいだろう。

 ただオパールたちでこのメニューなら、ここの使用人たちはどんなものを食べているのか気にはなったが、女主人のノーサム夫人の仕事を取るわけにはいかないので黙っていた。

 今のところ、使用人たちも栄養不足には見えない。


 そこでふと、食費の問題ではなくノーサム夫人の経験も関係あるのではないかと、オパールの頭に思い浮かんだ。

 今までマクラウド公爵家で夜会や茶会が開かれたと聞いたことはない。

 噂では公爵があまり人付き合いを好まないせいだとされており、ステラのこともあって人を招くことを避けていたのだと思っていた。


 しかし、ノーサム夫人が公爵家の女主人としての振る舞いを知らなかったのだとしたら、ちょっとした催しさえもなかったことに納得できる。

 もちろん資金面での問題がここ数年は大きいだろう。

 それでも屋敷内の切り盛りと、お客様を招くことは違うのだ。

 その両方ができてこそ、立派な女主人として認められる。

 今回、オパールとヒューバートが結婚したことで、来年こそはと期待している者たちは多いはずだ。


(ああ、面倒臭い……。だからといって、何も催しをしなければ、私の女主人としての資質を馬鹿にされるんだわ……)


 もちろん公爵なのだから、誰も表立っては批判したりしない。

 ただ、陰でこそこそとまた噂されるのだ。

 シーズン終わりの結婚で、こればかりは幸いだった。


(まあ、言わせたい人には言わせればいいわ。だって、二十歳になれば離縁するんだから)


 一人食事の席に着いて食事を始めたオパールは、色々な苛立ちを茹でた芋にぶつけるようにフォークで刺した。

 そして口の中に入れ、ゆっくり咀嚼する。

 塩加減がいまいちだが、まずいというほどではない。


「あの、奥様……」

「……何かしら?」

「ヒューバート様のご都合を伺ったのですが……」

「ああ、そうだったわね。それで?」

「え?」

「うん、お返事は何て?」


 すっかり他のことに気を取られてしまっていたオパールの返答に、ベスは戸惑ったようだ。

 それならば初めからもったいぶらなければいいのにと、オパールは冷ややかに思いながらベスを促す。


「こ、このお食事の後に、南のお茶会室へお越しくださるようにと」

「そう。それで、その南のお茶会室はどこにあるのかしら?」

「ご案内いたします」

「わかったわ。よろしくね」


 あっさり答えて、オパールはまた食事を続けた。

 明日にはこの屋敷を出ると思うと、もうどうでもいい。

 オパールと結婚したことによって手に入れたお金さえあれば、この屋敷の人たちがオパールのことなどどうでもいいように。

 そして食事を終えたオパールは、着替えることも髪を結い直すこともなく、曇った鏡に自分を移して、顔が汚れていないことだけを確認すると、屋根裏部屋をベスの後について出たのだった。




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