19.糾弾
十五日間の行程を終えて王都に戻ってきたオパールは、翌日にはとある舞踏会に出席していた。
前もって仕入れた情報でキーモントも出席するとわかったからだ。
出席の返事を出したのは遅かったが、主催者であるクロイゼル子爵夫妻は喜んで迎えてくれた。
そして夫妻への挨拶を終えた途端に、オパールはたくさんの人に囲まれていた。
「ルーセル侯爵夫人、私を覚えていらっしゃるかしら?」
「もちろん覚えております、キーモント伯爵夫人。またお会いできて嬉しいですわ」
オパールは笑顔で答えていたが、内心ではちょっとした誤算に焦っていた。
キーモント伯爵夫人は今回の目的であるキーモントの母親であり、社交界の重鎮でもある。
ひょっとして母親の出席する舞踏会にはキーモントは現れないかもしれない。
その場合はヒューバートたちとは鉢合わせしないよう、別の夜会をまた慎重に選ばなければならないのだ。
しかもキーモント伯爵夫人は非常に狭量で高慢な性格であり、独身時代のオパールのことを『あのようなふしだらな娘は社交の場から締め出すべきよ』とよく言っていたらしい。
今夜は何の成果もないまま過ごすことになるかもと憂鬱な気分でいると、続いて懐かしい声が聞こえた。
「久しぶりね、オパール。帰っているって聞いたのに、ちっとも会えないから心配したのよ。どこにいらしていたの?」
「……お久しぶり、キアラ。今回の帰国の目的は領地の視察だったから、しばらく王都を留守にしていたの」
「領地の視察? そんな面倒なことをしなくても、誰かに任せればいいのに? それに淑女がすることじゃないわ」
「そう?」
勝手な価値観を押しつけてくるところは昔と変わっていないなと思いながら、オパールは愛想笑いを浮かべた。
キアラはあのスキャンダルを起こす前までは親しくしていたのだが、あれ以降はずっとオパールのことを無視していたのだ。
二人だけでなく、オパールを囲むほとんどの人が似たようなものだった。
だからといって腹は立たない。
もちろん当時は傷つき悔しい思いもしたが、実際は心ではなくプライドが傷ついただけだと気付いてからはどうでもよかった。
どうでもいい人に何を言われようとどうでもいいのだ。
(まあ、社交界に友人がいないっていうのはかなり寂しい気がするけど……)
タイセイ王国でもさっそく多くの敵を作ってしまった。
アレッサンドロ国王は味方とは言い難く、友人とは言えないだろう。
それならばせめてオパールの強みであるソシーユ王国での地盤くらいはしっかり固めておきたい。
そう考えたオパールは、クロードの力に少しでもなれるように、次々話しかけてくる人たちに笑顔で答えていた。
だが問題はキーモント伯爵夫人だ。
放蕩者と言われているキーモントが母親と同じ舞踏会に出席するとは思えないので、お互いの予定を知らず重なってしまったのだろう。
もしここでキーモントが現れ計画を実行すると、伯爵夫人に恥をかかせて恨みを買うことになる。
オパールは計画を変更しようかと悩み、やはり実行するべきだと決めた。
キーモントがどんな人物かは皆が知るべきなのだ。
オパールは会場にいる人たちに目を向け、大丈夫だと確信した。
ほとんどが新たなスキャンダルに喜ぶだけだろう。
なかにはオパールの行為に嫌悪する者もいるだろうが、そういった相手とはどうやってもわかり合えない。
そんな相手に労力を使うよりは、希薄でも味方を増やしたほうがいい。
オパールは自分を囲む人たちの話を笑顔で聞きながら、じっくり相手を観察していた。
ここに集まった人たちの多くがオパールの持つ何かを欲しがっている。
八年前の莫大な持参金を持ったふしだらな娘は、元マクラウド公爵夫人でありルーセル侯爵夫人となったのだ。
しかも国内屈指の資産家でもある。
女性たちはどうすれば価値ある男性を手に入れられるのかと、男性たちはどうすれば相手にしてもらえるのかと、オパールの注意を引こうとしていた。
それでも色々な人と話しているうちに、何人かの人物とはかなり会話が弾み、オパールは心から楽しむことができていた。
これから社会はどんどん変わっていく。
産業が大きく発展してきたことによって、上流階級の者たちが長らく独占していた富を平民出身の者たちも手に入れることができるようになってきたのだ。
そのことを理解して受け入れ、また己も努力する人たちはオパールのことを色眼鏡で見たりしない。
対等に考え、オパールの意見にちゃんと耳をかたむけ、自分の意見を述べる。
反対意見であっても真剣な議論は頑固なオパールを刺激し、新たな見解を生み目標を持たせた。
富は権力を生む。
そして富と権力は多くの人々を支配するのだ。
オパールは優雅に踊る人たちをゆっくり眺めて考えた。
これからの時代の変化についていくことのできる者は、先ほどの人たち以外に何人この中にいるのだろう。
(クロイゼル子爵は先進的な考えだとは噂で聞いていたけれど、本当だったわ……)
まだまだ旧弊な考えをする人も多いが、この会場には比較的先進的な人が多く、オパールこそ固定観念に囚われていたことを教えられた。
今夜は男性だけでなく女性とも投資の話をすることができたのだ。
それはオパールにとって喜びであり、期待に胸が膨らんだ。
(これから仲良くなれるかも)
オパールはそわそわしながら先ほど少しだけ話をした女性に目を向けた。
この舞踏会の主催者であるクロイゼル子爵の令嬢であるロアナは、オパールがこの社交界に顔を出していた頃にはまだデビューしていなかったのだろう。
考え方のせいか落ち着いて見えるが、オパールより五歳は若いはずだ。
(ああ、どうしよう。友達って、どうやってなるの? お友達になりましょうって握手するの?)
クロード以外に友達らしい友達がいなかったオパールは悩んだ。
幼い頃から一緒にいて気がつけば友達になっていたクロードのことは参考にならない。
大人が友人を作る場合はカードを贈ることから始めるのではと考えていた時、背後から馴れ馴れしく話しかけられた。
「やあ、ルーセル侯爵夫人。ここで会うとは驚いたな」
「……キーモント卿」
「前回お会いした舞踏会からあなたは雲隠れしてしまったように姿を消したと聞いていたが、こうしてあなたが再び出席した舞踏会でお会いできるとは私は幸運ですね。それとも、運命でしょうか?」
「偶然ですわね」
オパールはにっこり微笑んで切り捨てたが、キーモントはずうずうしくも諦めなかった。
いきなりオパールの手を取ると、その甲に口づけたのだ。
「では、これから運命にするべきですね」
そのにやけた顔を叩きたい。
そんな込み上げる怒りを必死に抑え、オパールは手を勢いよく振り払うだけですませた。
「あなたはいったいどれだけの女性を泣かせてきたのでしょうね?」
「貴女を満足させるのに必要な数かもしれませんね」
「最低ね。本当ならあなたと話をするどころか、顔も見たくありません。ですがキーモント卿にはお伝えしなければならないことがあります」
「おや、何でしょう?」
にやついて見えるキーモントの笑みに気分が悪くなったが、オパールはどうにか礼儀正しく応じた。
言ってやりたいことはたくさんあるのだ。
オパールに直接は関係ないことでも、ベスや施設で話した女性と子供たちのことを思うと黙っていられなかった。
「明日にでも代理人から連絡がいくかとは思いますが、養育費を支払っていただくために、いくらかの財産分与をお願いいたします」
「……は? 何言ってんだ、お前」
「お前?」
オパールの発言に周囲はざわつき、キーモントは激しく動揺した。
もちろんそれはオパールも予想していたことではあるが、さすがに「お前」呼ばわりには苛立ちが募る。
「あなたにそのように呼ばれる覚えはありませんが?」
「お前のようなふしだらな女を何と呼ぶんだ?」
多くの女性がはっと息を呑んだ。
何人かは気分が悪いとでもいうように口を覆い、その場を離れていく。
だがオパールは眉一つ動かさず、冷ややかにキーモントを見据えていた。
「私とお前の間には何もない! 過去に一度か二度踊っただけだ!」
「ええ、その通りですわ。私とあなたの間には先日の舞踏会で途中まで踊った以外には、過去に一度踊っただけ。それなのになぜかあなたは私と深い関係にあったかのようにお話しになっていたそうですね?」
「あ、あれは……」
今やフロアで踊っている人は誰もおらず、オパールとキーモントがすべての耳目を集めていた。
どうやら別の部屋にいたらしいキーモント伯爵夫人は騒ぎを聞いてか慌ててやって来ている。
その中で、キーモントは怒りに顔を歪めてオパールを睨みつけた。
「あれは、その場で調子を合わせただけだ! 男なら誰だって若い頃に羽目を外すでしょう!? 酒の飲み方も、女の数も、競ってバカ騒ぎをするんだ!」
キーモントは同意を求めるように周囲の男性たちに訴えかけた。
しかし、返ってくるのは男女ともに冷ややかな視線と沈黙。
「あなたにはただの馬鹿騒ぎだったのかもしれません。ですが名誉を傷つけられた女性はどうなります? 私は不名誉な噂を負わされましたが、幸いにして私を信じてくれる人たちがおりましたので、どうにか立ち直ることができました。ならば他の女性たちは? 実際にあなたに騙されて名誉を傷つけられ、子を身籠もった女性たちは?」
「他の女性?」
「以前、私の侍女を務めてくれていたマクラウド公爵家の侍女はあなたの子供を身籠もっております。また私が支援している保護施設には、あなたの子供を産んだ二人の女性が勤め先だったお屋敷の職をそれぞれ解雇され、親子で保護されております。三人ともあなたは結婚を約束してくれたのだと言っておりました」
オパールの言葉にキーモントは焦りを見せたが、すぐにほっと胸をなで下ろす。
そこに母親が割り込んできた。
「ジェブ。いったい何の騒ぎなの? ルーセル侯爵夫人と何かあったの?」
「か、母さん。いや、大したことないんだ。侯爵夫人にいきなり難癖をつけられて、僕も驚いているんだよ」
「何ですって?」
伯爵夫人はまるで幼い子を守るように、オパールに対して敵意をむき出しにした。
そんな母親の援護を受け、キーモントはまた傲慢な態度に戻る。
「他の女性と言うから誰かと思えば、ただの使用人じゃないか。私が使用人なんかと結婚するわけないだろうに、そんなこともわからない馬鹿な女の言うことを信じるなど愚か者のすることだ。そもそも本当に私の子かどうかもわからないではないか」
「……あなたは使用人の女性に結婚を約束して関係を迫ったことは否定なさらないのですね」
「それがどうした。たかが使用人だろ? 代わりはいくらでもいる」
「この子は卑しい女に惑わされただけですよ。責められるいわれはありません」
ここまで酷い選民意識に囚われ、時流が見えなくなっている者がいるとはオパールも思っていなかった。
特権階級の中にはキーモントや伯爵夫人のような考えの者も少なくない。
だが今の時代ではそれを取り繕う術をほとんどの者が身につけている。
実際、あからさまにキーモントたちに同意はしていないが、同情している者はちらほらといた。
「そうですか……。では、妊娠育児中は助けがなくては働くことも大変ですから、あなたが金銭面で責任を負ってくださいね」
「はあ? だから何言ってるんだ。払うわけないだろう!」
「でしたら、私が全力でもってあなたの全財産をむしり取ってみせますわ」
苛立ちを隠さなくなったキーモントに対し、オパールは変わらず淡々と宣告した。
そして、その言葉に衝撃を受けたのは、その意味を正確に把握した者だけだった。




