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屋根裏部屋の公爵夫人  作者: もり
タイセイ王国編
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13.軽蔑

 

「は……?」


 冷たいようでいて当然の答えを口にしたオパールに、ヒューバートは呆けた。

 しかし、笑いを誤魔化すようなクロードの咳払いで我に返る。


「い、いや。決められないからあなたに相談しているんじゃないか」

「ですから、なぜ他人の私に?」

「それは……あなたは七年もの間、私の妻だった。ステラのこともよく知っているだろう? それなのに、今さらステラを見捨てるというのか?」

「……ですから、それは過去のことで私にはもう関係ありません。マクラウド公爵として今後の責任を負われるのは閣下なのですから、ご自分で決められるべきです」


 この噛み合わない会話にうんざりするような、懐かしいような気がして、オパールはやはりうんざりした。

 ヒューバートはといえばショックを受けたらしく動揺が顔に表れている。


「本当の兄妹のように育ったステラさんと縁を切るのはおつらいでしょうが、マクラウド公爵家の今後を考えるのなら、その選択も必要かとは思います。もし今回、マリエンヌ嬢との縁談が上手くいかなくても、他のご令嬢だって噂を信じて同様の条件を求めてくるかもしれません。それにステラさんにはこの先の生活に困らないように、かなりの額を信託にしているのですよね? もちろんお金が全てではありませんが、ステラさんにはノーサム夫人や昔ながらの使用人――ロミットやベスも傍にいるのですから――」

「ベスはもういない」


 結局は相談に乗っているオパールをクロードは面白そうに見ていたが、ヒューバートは徐々に落胆した表情になっていく。

 そして急に顔をしかめてオパールの言葉を遮った。


「……ベスがいない? 何かあったのですか?」


 あんなにステラを慕っていたベスがいないと聞いてオパールは驚いた。

 だがすぐに理由に思い当って笑顔になる。


「結婚したのですね?」

「違う。だがベスは腹に子がいるらしく、ノーサム夫人が解雇した」

「……は?」


 軽蔑をあらわにしたヒューバートの答えに、今度はオパールが呆けた返事をしてしまった。

 頭では理解しているのに、まさかという思いが強い。

 それなのにヒューバートは生真面目に言い直す。


「ベスは父親のいない子を産もうとしているんだ。そのような者を雇っているわけにはいかない」

「まあ! ベスは処女懐胎なのですね! それは奇跡ですわ」

「そんなわけないだろう? ベスが父親の名を言わないんだ!」


 ヒューバートの言い様に腹を立てたオパールは、わざとらしく喜んでみせた。

 するとクロードはにやりと笑い、ヒューバートは声を荒げる。

 その言葉を聞いて、オパールも軽蔑を隠さず続けた。


「では、父親はいるではないですか。とても無責任な男性のようですが」


 冷ややかなオパールの言葉でヒューバートはようやく自分の失言に気付いたようだ。

 一瞬動揺が顔に表れたが、すぐに憮然とした表情になる。


「それでも、ベスが無責任な行動をしたことに違いはない」

「立場の弱い女性が、なぜいつも一人で戦わなければならないのでしょう?」

「何だって?」

「いえ……詳しい事情を知らない私がベスについてこれ以上何かを言うつもりはありません。とにかく、マクラウド公爵家の将来を考えるなら、マリエンヌ嬢の条件をのまれるのが一番かと思います」


 自身の評判を落とした過去の出来事を思い出して感情的になってしまったオパールだったが、クロードの手がそっと重ねられたことで我に返って話を戻した。


「しかし、それではあまりにステラが……」

「では、マリエンヌ嬢ともう一度話し合いをされてはどうですか? もしくはステラさんがご結婚されたなら、状況も変わるのではないでしょうか」

「それは無理だ。何度か私の友人を屋敷に招いてステラと会わせてみたが、そのたびにステラは酷い発作を起こすんだ。どうやら結婚しなければいけないと思い、プレッシャーを感じてしまうらしい」

「ご友人をお屋敷に……?」

「ああ」


 真面目に相談に乗っている自分に呆れつつ意見を述べていたオパールは、はっとして問い返した。

 ステラがヒューバート以外の男性との結婚を嫌がることは予想できたが、友人を屋敷に招いたという話を聞いて気付いたのだ。

 プライドの高いベスが相手に選ぶなら――ひょっとして無理強いされたのかもしれないが――ヒューバートの友人の中の一人ではないかと。


 ヒューバートの友人の何人かは、オパールも独身時代に夜会などで顔を合わせたことがあった。

 彼らの中には素行に問題がある者もおり、オパールは不快な思いをさせられたこともある。

 ヒューバートの友人だと知ったのは結婚後だったが、ヒューバートの酷い態度は彼らからオパールに関する嘘を吹き込まれたからかもしれないと後になって考えたりもしたのだ。


(三十歳も過ぎた公爵相手に、友人は選んだほうがいいなんて過保護な母親のようなことは言えないわよね。とはいえ、このままベスのことを放置するのも……)


 思わず考え込んでいたオパールの手を、クロードがぽんぽんと軽く叩く。

 どうしたのかと顔を上げれば、クロードは励ますように微笑んでからヒューバートに向き直った。


「オパールの里帰りというには早いが、私たちは近々ソシーユ王国に行こうと思う。社交界にもおそらく顔を出すだろうから、その時に未来の花嫁を紹介してくれることを楽しみにいるよ」

「いや、しかし……」

「君の相談に対して、オパールはもう答えただろう? あとは君自身が結論を出すだけだ」


 やんわりもう帰ってほしいと告げたクロードに、ヒューバートは何か言いかけた。

 だがクロードはもう少しはっきり言葉にして立ち上がる。

 こうなるとヒューバートも腰を上げるしかなく、オパールもクロードの手を借りて立ち上がった。


「マクラウド、君の幸運を祈っているよ」

「――ああ、ありがとう。オパール、ルーセル、幸せになってくれ」

「もちろんだよ」

「……ありがとうございます、閣下」


 クロードとヒューバートは握手を交わし、オパールは穏やかに微笑んで答えた。

 うわべだけの挨拶のようで白々しいが、今の関係性を考えると仕方ないだろう。


「オパール、色々とすまなかった」

「いえ、大してお力になれず申し訳ありません」

「十分だよ。邪魔したな、ルーセル」

「――マクラウド、ソシーユ王国では最近賊が出るという噂を聞いたが大丈夫か?」

「ああ。あれならすでに捕縛されたよ。どうやら仲間割れをしたらしく、頭領が殺されて烏合の衆となったようだ」

「そうか」


 賊の話はオパールには初耳だったが、すでに解決したらしい。

 ヒューバートは最後に一度オパールを見ると踵を返し、待っていた馬車に乗り込んだ。

 そして馬車が走り出すと、オパールはクロードを見上げた。


「本当にいいの?」

「ベスっていう女性のことが気になるんだろう?」


 端的な問いかけにもかかわらず、クロードにはすぐに伝わったようだ。

 しかもオパールの望みまで理解してくれている。


「でも、陛下がお許しくださるかしら?」

「大丈夫だよ。陛下はわかっていらっしゃるから」

「クロードが帰郷することを?」

「俺の優先順位を」


 この言葉の意味は理解できたようで違う気がする。

 クロードのことはよくわかっているつもりなのに、アレッサンドロ国王が絡むと途端に難しくなってしまうのだ。


「この八年がもどかしいわ」

「まったく同感だけど、必要な八年だったとは思うよ」

「まったく同感だわ」


 オパールはそう答え、クロードと顔を見合わせて笑った。

 笑うと心が軽くなる。

 ヒューバートとは一度も一緒に笑うことがなかったと思い出し、オパールはこの笑いを大切にしようと心に誓ったのだった。




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