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27.再会

 

「――なんだ、ばれたか。俺から話して驚かそうと思っていたのに」

「噓よ。それなら、式典に来ればよかったじゃない。そうしたら、私は腰を抜かしたわよ」


 白々しいクロードの言葉を聞いて、オパールはもう一度拳を向けた。

 しかし、今度は手のひらで簡単に受け止められてしまう。


「相変わらず物騒だな」

「怒っているからよ」

「心配かけたくなかったんだよ」

「だから、心配したって言ってるじゃない!」


 右手を摑まれたままのオパールは、左手でクロードを叩こうとした。

 だがその手もすぐに受け止められてしまう。

 悔しくてオパールが睨むと、クロードは困ったように微笑んでその手を解放し、上気した赤い頬に触れた。


「泣かせたくもなかったんだ」


 クロードはそう言いながら、オパールの頬を流れる涙を拭った。

 それでもオパールはクロードを睨んだまま。


「心配もするし、泣きもするわよ! 内戦が起こっている国へ行くなんて、馬鹿なことを大切な人がすれば誰だって!」

「俺が行った時にはまだ戦にはなってなかったよ」

「屁理屈を言わないで! だけど――っ、本当に無事でよかった……」


 オパールは乱暴に涙を拭って深く息を吐くと、一歩後ずさってクロードから離れた。

 そして、上から下からじっくりとクロードを見つめる。


「ねえ、怪我はしなかったんでしょう?」

「――ああ、大丈夫だよ。俺は戦場にいたわけじゃないから」

「そう……。なら、よかったわ。いえ、戦争はよくないんだけど」


 目で確認して、クロードの返事を聞いて、オパールはほっと安堵した。

 しかし、すぐに顔をしかめて呟いた言葉はオパールらしく、クロードはにやりと笑う。

 もちろん笑い事ではない。

 オパールには否定したが、本当は何度か小競り合いには巻き込まれた。

 それでもこうして無事に戻ってくることができたのだから、わざわざ告げて心配させる必要はないだろう。


 クロードは望みがないとわかっていても、ずっと好きだったオパールが結婚してしまってから、一時期は自棄になっていたのだ。

 そこで苦労して作った金を持って情勢不安なタイセイ王国へ向かった。

 別に何も目的がなかったわけではない。


「オパールも知っているだろ、俺の母さんがタイセイ王国の出身だって」

「ええ。遊学にいらしていたお父様と――男爵と大恋愛されて、ご家族の反対を押し切ってこの国にいらしたのよね?」

「正確には勘当されたんだけどな。何度手紙を送っても一度も返事は来なかった。それで、大学を卒業した俺は特にすることがなかったから、ちょっと様子を見に行ってきたんだよ」

「だからって、何も言わずに行くなんて……」

「俺だって、すぐに帰ってくるつもりだったさ。名乗り出るつもりはなかったし、母さんの家族がどうしているか噂でだけでも聞いて帰るつもりで、王都のルーセル伯爵邸へ向かったんだ」

「おば様はルーセル伯爵家のご出身だったのね」

「ああ、頑固ジジイの末娘だったんだ」


 ようやくクロードとルーセル伯爵家――今は侯爵家との繋がりがわかり、オパールは納得した。

 だが疑問はまだまだたくさんある。

 とはいえ、いつまでもここに立っているわけにはいかない。


「ねえ、クロード。領館でお茶でもどう? マルシアなんて、きっと泣いて喜ぶわよ」

「……ありがたい申し出だけど、その前にあそこに行かないか?」

「あそこって、あの大岩のこと?」

「ああ」

「でも……」


 クロードが提案しているのは、山の麓に大きな岩がいくつか転がっている場所で、少しだけ歩かなければならない。

 子供の頃は秘密基地にしてよく遊んだ場所だった。


「でも、何? 二人きりになるのが心配?」

「違うわよ。そうじゃなくて、あの大岩に登る自信がもうないわ」


 ためらうオパールに、クロードが意地悪く問いかける。

 確かに、いくらオパールに結婚歴があるとはいえ、男性と二人きりというのは問題だった。

 だが今さらであり、そもそもそんなことを噂するような人間はこの辺りにはいない。

 問題なのは自分の体力で、オパールが素直に答えると、クロードは噴き出す。


「怖気づいたのかよ、オパールらしくないな」

「だって、この木に登るだけでも大変だったのよ? 下りる時だって見たでしょう? もう、自分にがっかり!」

「じゃあ、やめておくか?」

「行くわよ」


 昔と変わらないやり取りに嬉しくなったオパールは、挑戦的なクロードの言葉を受けて歩き始めた。

 クロードは笑いながら隣を一緒に歩く。

 そこですっかり話が逸れてしまっていたことを、オパールは思い出した。


「それで、おば様のご家族はお元気だったの?」

「いや……残念ながら、王位継承争いの原因にもなった疫病で、じいさん以外はほとんど亡くなっていたよ」

「まあ……。それはお気の毒に……」

「うん、そうだな。ただ、やはり今まで会ったこともなかったからか、冷たいかもしれないが、気の毒だとしか思えないんだ」

「クロード……」


 それでも十分に苦しんでいる。

 そう感じたオパールは、思わずクロードの手を握った。

 すると、クロードは強く握り返してくる。

 八年近くもの間、苦労したのはオパールだけではないのだ。


「結局、会うつもりなんてなかったのに、屋敷にじいさん一人だと聞いて、つい会いに行ってしまったんだ。正直、門前払いされるかと思ったが、どうやら俺の顔はルーセル家の特徴がかなり強いらしい。執事が驚きながらも屋敷に入れてくれて、クソジジイにも話を通してくれた」

「クソジジイなの?」

「クソジジイだったよ。会うなり俺に王城に行けと命じたんだ。王城に行って、王弟殿下にルーセル伯爵家の忠誠を誓ってこいって」

「……強引ね」

「傲慢なんだよ」

「でも、引き受けたんでしょう? クロードはいつも私の我が儘だって文句を言いながらも聞いてくれてたもの。本当にお人好しよね?」

「そうじゃないよ」


 クロードはオパールの言葉に苦笑して答えた。

 オパールの言う我が儘はとても可愛いもので、クロードはそれを叶えるのが大好きだったのだ。

 自分の我が儘が叶えられた時は、いつも嬉しそうに「ありがとう」と言うオパールがどれほど可愛かったか。


 クロードはオパールの手を握ったまま、深く息を吐いた。

 威圧的な祖父の命令に従ったのは、どうでもよかったからだ。

 疫病が収束したばかりだというのに、今度は王位継承争いでタイセイ王国内は荒れていた。

 王国に渡ってから何度も危険な目に遭っていたクロードだったが、王城内はさらに危険な場所だった。

 しかし、伯爵の名の下に運よく王弟殿下に謁見することができたクロードは、祖父からの忠誠を誓う旨を認めた書簡を無事に渡すことができたのだ。


(あれは、幸運だったとしか言い様がないな……)


 偶然が重なり、直接王弟殿下と――今の国王と話をする機会を得たクロードは、その人柄に惹かれ、祖父の意志とは関係なく、反王弟派を退けるために働いた。

 資金面ではクロード自身のものと伯爵家の資産で、物資面では大学時代に培った人脈を駆使し、さらにはオパールの父であるホロウェイ伯爵にかなり助けてもらいながら。


「クロード、大丈夫?」


 すっかり黙り込んでしまったクロードを心配して、オパールが問いかける。

 慌ててクロードはいつもの笑みを浮かべた。


「大丈夫に決まってるだろ。ただ、ちょっとクソジジイのことを思い出していただけだよ。結局、じいさんは王弟殿下が――陛下が即位されたのを見届けるとすぐに死んでしまったんだが、余計な遺言状を残してたんだ」

「……それが、クロードがルーセル家を継いだ理由?」

「ああ。だが、どう考えてもおかしいだろ? 他にも外孫はいる。そもそも俺が継ぐくらいなら兄さんだろ? それなのに陛下までもが認められて、逃げ場がなくなったんだよ」


 実際、伯爵家の他の者たちからの反発は激しかった。

 彼らは内戦の折にも、家長であるルーセル伯爵は耄碌していると言って、王弟殿下への資金提供にかなり不平を言って騒ぎ立てた。

 そんな伯爵家の人間を黙らせたのは新国王である。

 国王は一度、直系男子がいないという理由でルーセル家の爵位財産全てを没収したのだ。

 その後、クロードの功績に対して新たに侯爵位と没収した財産、さらに新しい領地――このたびの内戦で敗れた貴族たちから没収した土地を与えると告げて、ルーセル家の者たちを黙らせた。


 ルーセル家の者たちは、このままだと反逆者となった貴族たちと同様に思われる可能性もあり、それならばクロードに跡を継がせたほうが栄誉を得られると判断して、しぶしぶ認めたのだ。

 ルーセル家は新王即位のために貢献したと。

 クロードはそんな親類たちを適当にあしらいながら、疲弊していたタイセイ王国の復興に力を注いだ。


 もちろん全て順調にいったわけではない。

 未だ残る反国王派から命を狙われることもあり、地方では飢えから暴動寸前にまでなっていた民衆の中に入っていかなければならないこともあった。

 クロードにとってタイセイ王国での最初の三年は、常に危険と隣り合わせであり、オパールや家族に心配をかけないためと理由をつけてはいたが、自分が弱くならないために連絡を絶っていたのだ。

 そんな追い詰められた状況の中でも、ホロウェイ伯爵は引き続き援助をしてくれたばかりか、多くの投資者も紹介してくれた。


 伯爵からの手紙にはいっさいオパールについて触れられることはなかったが、投資者の中にオパールの夫であるマクラウド公爵がいることにはもちろん気付いていた。

 特に意識したつもりはない。

 それでも少しだけ、義父が紹介するほどなのだから、公爵はオパールと仲良くしているのだろうと寂しくも嬉しく思ったのは事実だ。


 それからもクロードは国民のために早く復興を、投資者たちに還元をとしゃにむに働いた。

 やがて王国内全体が落ち着き、誰もがほっと息が吐けるようになった頃になって、ホロウェイ伯爵からの紹介状を持ったマクラウド公爵がクロードの許を訪ねてきたのである。

 そして、紹介状に書かれていた内容を読んだクロードは、目の前の男を――マクラウド公爵を殴らずにすむよう必死に堪えなければならなかった。




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