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14.公爵邸

 

 伯爵領までの馬車の中では、これからの計画をトレヴァーと簡単に確認した。

 オマーを伯爵家で監視してもらいながら、労働に従事させるのだ。


「もちろん逃げることは簡単ではないけれど、できないこともないでしょう。私たちはあなたを一日中縄で縛ってただ座らせておくだけのつもりはないのだから。でもね、真面目にあなたが伯爵家で働いているという報告を受ければ、私は旦那様にあなたの罪の軽減をお願いするつもりよ。縛り首にもならなければ、一生を牢屋で過ごすこともないようにね」


 オパールがそう言って聞かせると、オマーは疑わしげに見返した。

 その視線に怯むどころか、オパールはにっこり微笑む。


「そもそも、今のあなたは無一文よ。ルボーにお願いして、あなたにお金を貸しても返す当てなどないと、まともな金貸しには伝わるようにしてもらったわ。だから、今までのように賭け事をするのなら、まともでない金貸しにお願いするのね」


 それがどういう結末を迎えるか、オマーはわかったようだ。

 それでもお金を借りて賭け事をするのなら、もうオパールの知ったことではない。

 本来なら、即刻牢屋行きでもいいのだが、それではヒューバートの監督不足が露見してしまう。

 そうなれば、世間にヒューバートの借金とそれにまつわるオパールとの結婚に関する事情も知れ渡ってしまうだろう。

 オパールはそのことを考慮して、寛大な措置を取っているのだ。


 トレヴァーが言うには、今年は豊作になるはずだと。

 だからオパールは自分の財産から公爵領に投資して、領民たちが使っている農機具を新しくするつもりだった。

 そして農作業を楽にした後、無事に収穫が終わって収入を得れば、領民たちの家や道路の整備を始める。

 街道整備はあまりにも大規模なので、この計画には何年も要するだろうが、公爵領には地力があるので、よほどの大規模災害が続かない限りは大丈夫だと、トレヴァーも請け負ってくれた。

 来年には離縁しても、ヒューバートが後を引き継げば問題ないだろう。

 たとえこの計画に失敗しても、失うものといえばオパールの私有財産くらいだ。


 オパールは伯爵領の領館に戻ると、執事のオルトンにオマーの事情を話して任せ、二日後にはまたトレヴァーを伴って王都に発った。

 この計画を伝えれば、ヒューバートは借金の負い目からであろうあの苛々とした態度を改めるかもしれない。

 そう思いながらオパールが王都にある公爵邸に到着した時には、出迎えは執事のロミットだけだった。

 それでもかまわずにオパールは屋敷の中に入りながら、ロミットに問いかけた。


「旦那様はどちらにいらっしゃるのかしら?」

「……南のお茶会室にいらっしゃいます」

「そう……。では、明日の午後からの旦那様のご予定は知っているかしら?」

「特には伺っておりませんが……」

「では、旦那様に伝えてほしいの。明日の昼食後、大切なお話があるので書斎でお会いしたいと。その時には私が招いたお客様もいらっしゃるから、よろしくね」

「……かしこまりました」


 不満げなロミットを残して、オパールはひとまず自分に与えられた客間に向かった。

 そこでまた不満げなベスにお風呂の用意を頼んでから、再び屋根裏部屋に入る。

 どうやらオパールがいなかった間は掃除もされていなかったらしい。

 客間に戻る途中ですれ違ったメイドに急ぎ屋根裏部屋を掃除するように言いつけ、オパールは用意されたお風呂にゆったり浸かった。


 その後、オパールはベスに着替えを手伝ってもらい屋根裏部屋で夕食を取ると、固いベッドに横になる。

 オパールが戻ったことには気付いているだろうに、ヒューバートは会いにくることも呼び出すこともなかった。

 そのことにがっかりしている自分にがっかりしてしまう。


(時間と距離を置けば、少しは旦那様も落ち着くかと思ったけれど、無駄だったみたいね……)


 やれやれとため息を吐いたオパールは、そのまますぐに眠りに落ちた。

 やはり旅の疲れがあったのだろう。

 次に目が覚めた時には、かなり陽が高くなっていた。

 客間に入ってベルを鳴らすと、嫌々な様子でベスが現れ着替えを手伝ってくれる。

 それから朝食兼昼食を客間でとると、トレヴァーの訪問を待った。

 トレヴァーは昨日、オパールが公爵邸で馬車を降りた後、そのまま伯爵邸に向かったのだ。


 もし父に咎められることがあれば、理由を話せばいいと言ってある。

 だが、おそらく父は全てわかっていて、オパールがどう対処するのか楽しむためにヒューバートと結婚させたのだろう。

 ようやくそのことに気付いたオパールは、娘の人生に何をしてくれるのだと怒りも湧いたが諦めてもいた。


 ヒューバートの『甘さ』がこれで改善されればいいのにと思いながら、オパールは持って帰ってきていたオマーの借用書と過去の貸付帳簿、公爵領地の管理裏帳簿を改めて見直す。

 そこに馬車の音が聞こえたので玄関が見える窓から覗けば、ホロウェイ伯爵家の簡易馬車が見えた。


「いよいよね」


 一人呟いたオパールは、帳簿類を大きめの鞄に入れて自分で持つと、そのまま階下へと下りていった。

 そして玄関で来客対応に出てきたロミットと鉢合わせ、オパールは鞄をその場に置くと、トレヴァーが入って来るのを待った。


「こんにちは、トレヴァー。今日はわざわざありがとう」

「いえいえ、どうぞお気になさらず。お嬢様のためですからね」


 オパールとトレヴァーの会話を聞いて、ロミットは嫌悪の表情を浮かべた。

 執事としてはたとえどう思っていても、表情に出すべきではない。

 全てにおいてこの屋敷は公爵家として機能していないなと呆れながらも、オパールは笑みを浮かべてロミットに問いかけた。


「旦那様は書斎かしら?」

「さようでございます」

「では、彼は私が案内するから、あなたはお茶の用意を頼めるかしら?」

「――かしこまりました」


 ロミットが踵を返すと、トレヴァーがさり気なくオパールの鞄を持ち、くっくと笑った。


「想像以上ですね」

「でしょう? だから、これからのことも覚悟しておいてね」

「一筋縄ではいかないってことですね」


 書斎に向かいながらオパールが忠告すると、トレヴァーはどこか楽しげに答えた。

 トレヴァーがいてくれなかったら、オパールもここまで強気ではいられなかったかもしれない。

 ヒューバートもオパールの話は聞いてくれなくても、伯爵領の管理人のトレヴァーの話はさすがに聞くだろう。

 しかも、こちらには明確な証拠もあるのだ。

 そう考えて、オパールは勇気を出して書斎のドアをノックすると、すぐに中からヒューバートの声で応答があった。

 だがトレヴァーを連れて書斎へと足を踏み入れたオパールは、ひと月近くも会っていなかったヒューバートの顔を目にして、この話し合いが簡単にはいかないことを悟った。

 ヒューバートは不機嫌の塊に見える。


「おやおや」


 思わず怯みそうになったオパールだったが、後ろで小さく呟いたトレヴァーの声を聞いて気を引き締めた。

 トレヴァーに情けないところを見せたくはない。


「旦那様、お久しぶりでございます。無事に戻ってまいりました」


 戻ってきたのは昨日だが、それでも帰宅の挨拶をしたオパールに対して、ヒューバートは何も言わなかった。

 ただ不躾にトレヴァーに向かって質問を投げつける。


「あなたは何者なんだ?」

「彼はトレヴァー・リットン。父の領地であるホロウェイ伯爵領の管理人をしてくれているんです」

「ホロウェイ伯爵領の管理人……? そのような者がなぜここにいるんだ?」


 確かにヒューバートは公爵で、今のような態度が許される立場ではあるが、年上に対してのせめてもの礼儀もないことに、オパールは恥ずかしかった。

 しかもトレヴァーの身分がわかってからは、さらに見下したような物言いになっている。

 もちろん公爵邸の使用人に対するヒューバートの態度は寛大であり、トレヴァーがオパール側の人間だからこそではあるのだろう。

 それでも、あまりにも子供っぽすぎる。

 オパールは言い返したいのを堪えて、どうにか微笑んでみせた。


「旦那様、ひとまず座らせていただいてよろしいでしょうか? お話はそれからさせていただきます」

「……いいだろう」


 しぶしぶといった様子でヒューバートは了承し、応接ソファに腰を下ろした。

 オパールはその向かいに座ったのだが、トレヴァーは腰を下ろすことなく傍に立ったままだった。



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