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13.公爵領

 

 領館では、オパールは予想外に歓迎された。

 執事のリンドをはじめ、家政婦のデビーやメイドたちからもいっさいの悪意が感じられない。

 むしろ久しぶりに主人が――女主人が帰って来てくれたといった様子だった。

 部屋も当然、女主人用の主寝室だ。

 やはり公爵の借金のことは知らないらしく、食事も豪華とまではいかなくても、きちんとしたものが提供された。


 ただ領地管理人のオマーだけは、笑顔の裏に警戒が見てとれた。

 どうやら王都の屋敷と領館との格差に疑問を持たれないか心配しているらしい。

 だからオパールは何も知らないふりをして、ヒューバートに告げた通り、伯爵領の領館から持ってきた荷物――オパールの着なくなったドレスや身の回りの品を運び込んだ。


 その後、オマーは領地を案内しますと提案してきたが、オパールは興味がないと断った。

 ただこの近辺で買い物をしたり社交を楽しむにはどこがいいのかと訊ねると、オマーはほっとした様子で答えてくれた。

 公爵夫人が満足できるだけの規模の街はこの領地にはなく、馬車で二日かかるが隣の侯爵領にあるノボリの街だと言う。


「馬車で二日? まあ、そんなにかかるのね……」

「はい。公爵領は運悪く、ここ数年は不作続きですっかり貧しくなってしまいましたから」

「そうなのね。がっかりだわ。やっぱり早々に王都に戻ろうかしら……」


 軽薄な調子でオパールは呟き、オマーに下がっていいと手で示した。

 これで社交と買い物にしか興味のない傲慢な公爵夫人の出来上がりだ。

 オマーが部屋から出ていくと、ナージャが「情報を集めてまいりまーす」と言って、同様に出ていく。

 部屋に一人になったオパールは退屈しのぎに図書室へ向かうことにした。


 午前中に家政婦のデビーに案内してもらった時は、ドアから簡単に覗いただけだったのだが、改めて図書室に足を踏み入れたオパールは驚き息を呑んだ。

 図書室には王都にある公爵邸とは違い、伯爵邸にも劣らないほどの多くの本が所蔵されていた。

 それもオパールがさっと目を通しただけで希少本だとわかるものがいくつもあり、その道の蒐集家に売ればひと財産になるだろう。


 王都の公爵邸には価値のあるものはまったくなかった。

 これほどの本を集めておいて、王都の屋敷の図書室にはあの程度のものしか置かないということはないはずなので、おそらくヒューバートが資金繰りのために手放したと考えられる。

 ここにある本を売れば、少なくともあと一年は結婚せずとも凌げたはずだ。


(旦那様がきちんとここへ帰ってきていれば、借金なんてしなくてもすんだんじゃない?)


 そうすれば持参金目当てに結婚などする必要もなく、オパールは二十歳になって自由を手に入れていたのだ。

 そう考えると、ヒューバートに対して腹が立ってきていた。


(でもまあ、ひょっとして父の有利になるような、脂ぎった毛むくじゃらの男性なんかに嫁がされたかもしれないんだから、少しくらいは旦那様に感謝してもいいかもね)


 ヒューバートの甘さが、オパールの未来を救ったと思えば少しは気も晴れた。

 たとえ王都の公爵邸での扱いが酷くても、暴力を振るわれるでもなし、無理やりキスをされるわけでもないのだ。

 しかも、この難題に取り組むことにやりがいを感じてもいる。


 オパールは怪しまれないよう、女性が好む物語の本を数冊手に取って図書室を出た。

 おそらくだが、オマーは本の価値には気付いていないのだろう。

 もちろん、不正の犯人がオマーとはまだ決まっていないが。


 それから二日後、オパールはノボリの街へ出かけた。

 土地をよく知っている者がいいとオパールは言い、従僕にはトレヴァーではなく別の者を付き添わせる。

 トレヴァーにはその間に、できれば裏帳簿を見つけてほしかった。

 そのためオマーも連れて行きたかったのだが、それは仕事を理由に断られてしまったのだ。


 ノボリの街に到着したオパールは、オマーが同行しなかった理由を滞在二日目にして知った。

 宿屋に滞在しているオパールの許に、ルボーという男が訪ねてきたためである。

 オパールは初め、聞いたことのない名前に警戒したが、男はきちんとした手順での面会を求めてきていたので、ひとまず会うことにしたのだった。


「借金ですって?」

「はい。借用書がこちらです」


 そう言ってルボーは、オマーの名前が書かれた借用書を掲げて見せた。

 自分の手元から離さないところに、その狡猾さがわかる。


「……なぜ、それを私に?」

「私どもは情報収集も商売をするうえで大切な仕事ですからね。公爵領からこれ以上の金をひねり出すのは苦しいはずだ。だからこそ、オマーはここ数ヶ月この街に来ない。借金の取り立てを恐れてね。本来ならとっくに回収に向かっておりましたが、公爵様がご結婚されたと伺って、しばらく待ってやることにしたんですよ。我々は金を返してくれるなら、誰が相手でもかまわないですから。それで、お金持ちな公爵夫人にお願いしに来たんです」

「……オマーはどれくらいここに――賭博場に通っていたの? それと、あなた以外からの借金は?」

「もう十年以上にはなりますかね? 最初は賭け金もかわいいもんだった。それが徐々に大きくなり、今ではこんな額を借りなければならなくなったのです。それでもオマーは慎重なやつですから、私以外から金を借りたことはないようですよ。私はこの界隈では一番口が堅く信用できるって評判ですからね。多くの紳士の方々からもご利用いただいております」

「なるほどね……」


 要するにオマーは先代公爵が亡くなった頃から賭け事をしていたのだ。

 そして、中毒者によくあるように、どんどんのめり込んでいき、領地の管理を任されていることを利用して、横領したお金を賭け事に使っていた。

 しかも借金がばれないように、金貸しの中でも一番信用があるとやらのルボーからだけしか、負け越した時には借金をしなかったので、今までヒューバートに知られることはなかったのだろう。


 ひょっとしてこの街でのオマーは、ルボー以外には身分を偽っていたのかもしれない。

 また金貸しのルボーにとっては、オマーが嘘つきだろうと横領をしようと、借金さえ返ってくれば問題なかったのだ。

 ルボーがオパールに借金の肩代わりを求めてきたのは、公爵領の現状を正確に把握しており、この機会を逃さないためなのだろう。

 今のままでは、オマーは忽然と姿を消す可能性がある。


「……そのお金を私が代わりに返済するには、条件があるわ」

「どういったものですかな?」

「当然、その借用書は私に譲ってもらいます。また、これ以上オマーの借金はないと、あなたの署名つきの証明書を頂くわ。最後に、今までオマーに貸したお金の記録――貸付帳簿があるでしょうから、それを頂きたいの」

「借用書と証明書については、もちろんかまいません。しかし、帳簿となると……」

「あなたはもう二度とオマーにお金を貸さないでしょう? だって返済の見込みはないもの。それなら必要ないはずよ」

「……その帳簿をどうなさるのかは、お訊ねしないでおきましょう。ですが、やはり貴女様は、手に触れた物全てを金に変えたと言われる伝説の王――その生まれ変わりと囁かれているホロウェイ伯爵のご令嬢ですな」

「父は関係ないわ」


 きっぱりと言い切ったオパールは、翌日には全ての手続きを終わらせて、公爵領へと戻った。

 手持ちのお金はすっかり無くなってしまったが、管財人にお願いしてまた融通をきかせてもらえば問題はない。

 ただこれからしようとしていることに関しては、無謀だと反対されるかもしれないなと思い、オパールはくすりと笑った。


「お嬢様、何かおもしろいことがありました?」

「そうね……。ナージャにはこれからの計画を話しておくわね。きっと領館に戻ったら、ひと騒動起こるはずだから」


 オパールは公爵領までの帰りの道中で、ナージャにそう話していたのだが、実際はすでにひと騒動起こっていた。

 どうやらオパールが留守をしている間に、オマーが金目の物を持って逃げ出そうとしていたらしい。

 それをトレヴァーが見つけて捕まえたのだ。


「少し逃げ出すのが遅かったようね、オマー」

「あんたさえ来なければ、もっと上手くやれたんだ!」

「そうかしら? 私がいなければ、あなたはルボーにもっと酷い目にあわされていたんじゃない? だから、私には感謝してほしいわね」


 そう言って、オパールはルボーから買い取った借用書を掲げて見せた。

 すると、オマーは途端におとなしくなる。


「トレヴァー、裏帳簿は見つけたの?」

「はい。簡単でしたよ。何せ、このオマーが逃げる時に持っていたのですから」

「あら……」


 さっさと燃やすなり何なりしておけばよかったものを、とオパールは考えながら、縄に縛られたままのオマーを見下ろした。

 オマーは諦めたようにうなだれ床に座り込んでいる。


「……本当なら、今すぐあなたを牢屋に放り込んでしまいたいところだけれど、ここの領主である旦那様がその裁断は下されるでしょうから、それまでは……伯爵領で身柄を預かりましょう」


 オパールの決定にはっと顔を上げたのは、青ざめた表情でずっと傍に立っていた執事のリンドだ。

 きっと長年信頼し、力を合わせてきたオマーの本性を知ってショックを受けているのだろう。

 もちろん、リンドも共犯者である可能性は捨てきれないが、それはこれから調べればいい。


「トレヴァー、このことを――オマーの不正を知った人たちはどれだけいるの?」

「それほどいません。そちらのリンドさんと家政婦のデビーさん、あとは伯爵家から連れてきた従僕の二人だけです。……今のところは」

「……リンド、それで間違いないかしら?」

「は、はい……。私どもは、まさかオマーがこのような……罪を犯していることにはさっぱり気付いておりませんでした。今回の騒動も夜中のことで、むしろトレヴァーさんがよく気付かれたなと……」


 リンドの答えにオパールとトレヴァーは苦笑した。

 夜中だからこそトレヴァーは気付いたのだ。

 こっそり裏帳簿の在処を探ろうとして、たまたま逃げ出そうとしたオマーを捕まえたのだろう。

 トレヴァーが領民たちと一緒に農作業をよくしていることが功を奏したらしい。

 土地管理人としては珍しく、トレヴァーはかなり屈強な体をしている。


「旦那様はこのことが外に漏れるのを絶対に嫌うわ。だからリンド、デビーもこのことは、誰にも言わないでほしいの。いいわね?」

「かしこまりました」

「は、はい!」


 秘密を守るように念押ししたオパールの言葉に、リンドと同様に青ざめて立っていた家政婦のデビーも裏返った声で返事をした。

 この二人は信頼できる。

 これは勘でしかないが、そう判断したオパールはオマーの見張りを従僕二人に任せ、これからのことをトレヴァーと相談することにしたのだった。




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