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マジか!?  作者: 夜凪
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眠り姫(男)の目覚める気配はまだありません。

アレから、一月が過ぎた。


兄の状態は落ち着いていて、病室は個室ではあるものの一般病棟に移ったし、体に繋がれていたチューブやコードもだいぶ減った。

自発呼吸も戻り、人工呼吸器を外された兄はただ眠っているだけのようにも見える。


ただ、意識が戻らないだけで。





学校帰りに、兄の病室に顔を出すのが日課になって、看護婦さんにも随分知り合いが増えた。


最初は動揺していた母親も1週間もすればいつも通りに戻り、今では、元気に仕事に復帰している。

しがない家族経営の零細企業では、母親もフル稼働しなければ仕事が直ぐに滞ってしまうのだ。


その分、家庭が適当になり、最初は拙いながらも兄が、そのうち私がメインで家事を賄うようになった。

洗濯掃除に食事の準備が私の仕事になってから、もう随分立つ。


友達には可哀想がられるが、人間は順応する生き物で、ルーチンワークに組み込まれてしまえば、そう言うものだと納得するし、別に大変だとも思わない。


忙しく働く両親を知っているし、たまの休みは疲れて寝ていたい時もあるだろうに、嫌な顔1つせず、全力で構ってもらっていたからだ。

両親から愛されている、とキチンと理解していたから、むしろ、頼られているのは嬉しかった。


それに、いつでも兄が側にいてくれたから、「独り」になる事は無かったのだ。





「だいぶ暑くなって来たね〜。庭の向日葵が咲きだしたよ」

眠ったままの兄に話しかけながら、枕元に持って来た向日葵を飾る。

この種を植えた時に、こんな所に生ける事になるなんて思いもしなかった。


少しツキリと痛んだ胸に気づかないふりをして、枕元で本を読む。

学校が終わって着替えたら、速攻で朝干した洗濯物をたたみ食事の準備を終え、ここに来る。


そうして、兄の傍らでたわいもない話をしながら宿題をしたり本を読んだりして過ごすのが、ここ最近の私の日課だ。

家に帰るのは面会時間の終わる夜8時頃。

帰っても1人の家は寂しくて、病院から帰るのがどんどん遅くなって今の状況に落ち着いた。


夜道は暗くて怖いけど、1人の家にポツリといる方がもっと嫌だ。

今までは、兄がいたから気づかなかった。

ゆっくりと暗くなっていく家が、なんだかきみ悪く、自分の家のはずなのに居心地が悪い。


事務所の方に行ってもいいけど、この歳になって留守番が怖いと言うのもなんだか気まずいため、長々と病院に居座る事になる。


おかげで、病院での評判は上々。

目を覚まさない兄を心配する健気な妹、だそうな。

笑っても良いだろうか?




「こんにちは、結衣ちゃん」

宿題に集中していた私は、不意に声をかけられて、慌てて顔を上げる。

高そうなスーツを着た浅宮さんが扉の所で片手を上げていた。


大企業の御曹司である浅宮さんは、某有名大学の経済部を卒業後、自社に入社して働いている。


と、言っても、現在は修行中の身として「現場を知れ」と素性を隠して系列会社の一部署に一般社員として入り込んでいるそうだ。

入社試験もちゃんと受けさせられたそうで、徹底している。


曽祖父の代に立ち上げた会社は一応身内経営のが形をとってはいるが、「無能者は去れ」の家訓があるそうで、実力の無い者は、本当に実力なりの役職しか与えられないらしい。


「気が抜けないけど、自分を認めてもらえるって思えば楽しいよ」

とおっとり笑顔の浅宮さんの事だから、きっと直ぐに頭角を表すんだろうな。


「あ、浅宮さん。おかえりなさい」

無意識にスルリと口をついて出た言葉に、浅宮さんの目が一瞬驚いたように見開かれて、それからふわりと溶けた。


「ただいま」

イケメンスマイルの神々しさに溶けそうになっていた私は、浅宮さんの声に我に返った。

ただいま?って………。

それから自分の言葉を反芻して、内心崩れ落ちる。

なんで「おかえり」?

ここは家か?!馴染みすぎでしょ、私。


間違いに内心ひっそりと打ちひしがれている私に、クスクスと笑いながら浅宮さんが中に入ってきた。

そうして、ベッド脇に立つと兄の顔を覗き込む。


「顔の傷、だいぶなくなってきたね」

ミイラのように巻かれていた包帯が取れガーゼに変わり、それもだいぶ無くなってきた。


後は左眼のガーゼくらいだろうか?


かけていた眼鏡で切ってしまったようで、額から瞼にかけてザックリと傷が残るそうだ。幸い眼球にまでは傷が達してなかったから視力に問題はないそうだけど。


「兄が目覚めたら、絶対「俺の左眼が……」とか、やりそうですよね……」

「あはは!確かにやってそうだね!」

なんとなく呟いてげんなりしている私の横で、浅宮さんが楽しそうに笑った。


兄は重度の厨ニ病患者だった。

年齢的にもそろそろ卒業してほしいが、残念ながらその兆しは見られない。

何しろオカルト趣味が高じて民俗学研究の道に進もうとしている人だ。きっと一生あのままだろう(真面目に民俗学研究している方々申し訳ありません)。


「それはそうと、今日は早いですね?どうしたんですか?」

いつも来るときは7時前後にやってくるのだが(新入社員も何かと忙しいらしい)、今はまだ6時だ。


「今日は、結衣ちゃんを食事に誘おうと思ってね?急なんだけど、どうかな?」

「え……と、別に大丈夫です、けど」

脳裏に自宅に用意した夕飯が過るが、明日のお弁当のおかずにしても大丈夫なメニューだし、それは問題ない。


「けど?」

「いや、珍しいなぁ……と」


浅宮さんも堤さんも結構頻繁に顔を出してくれ、差し入れも色々と持ってきてくれるけど、外に連れ出されたことは無い。いや、一度だけあるけど、あの日は兄がICUに入ってて、側を追い出された時だったし。

手ぶらなところを見ても、ここで一緒にお弁当、ってわけでも無いんだろう。


「うん、実は、話があってね。車で大知も待ってるから付き合ってくれると嬉しい」

笑顔のままだけど、少し目が真剣な光を宿すのに気づいて、私はコクリと頷いた。


話の内容は見当もつかないけど、浅宮さんの顔を見れば、ココではしにくい話なのだろうと思う。

一応、個室だけど、看護婦さんがしょっちゅう来るし、ココでプライベートな話はし辛いよね。


実は、2人が来てる時は無駄な検温だの見回りだのが増えるんだけど、良い子の私は気づかないふりをしてる。

看護婦さんだって年頃の女性だし、イケメンは目の保養だよね。

とりあえず、私は急いで広げていた荷物を片付けはじめた。


「すぐ、片付けるので、少し待ってくださいね」








読んでくださり、ありがとうございます。

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