それは一本の電話から始まった。
こんな海のものとも山のものともしれない話にブクマが30件以上。ありがたや、ありがたや。
と、嬉しかったので本日もう1話投稿です。
人の顔色が変わる所を初めて見た。
珍しく仕事が休みで家にいた母親と共にのんびりお茶をしていた休日の午後3時。
ゆったりとした空気を引き裂くように響いた家の電話の音に、なぜかドキリと心臓が跳ねた。
家業持ちのうちの電話が鳴るのはいつもの事で、珍しいわけじゃない。
なのに、何故か………。
「ハイハイ」
小さく返事をしながら、いつものように受話器を取った母親の顔が不意に強張った。
そして、すうっと青白くなっていく。
ナニかが起こった。
内容を聞くまでもなく、それが分かった。
それくらい、劇的な表情の変化だったんだ。
ぎこちない動きで、母親が何かをメモしていく。
かすれそうに小さな「ハイ」「ハイ」と相槌を打つ声が、奇妙に静まり返った居間にやけに響いて感じた。
カチャン、と受話器が置かれた瞬間、母が崩れ落ちるようにその場に座り込む。
慌てて駆け寄り、肩を支えるようにして顔を覗き込めば、青白い顔の母親が、ボロボロと涙を落として声も無く泣いていた。
「お兄ちゃんが、車に轢かれたって」
呟かれた声に、知らずビクリと体が竦んだ。
「………死んじゃった、の?」
無意識に漏れた声は、酷くかすれていて、自分のものじゃないみたいだった。
途端に母親の首が激しく横に振られる。
「病院に運ばれて、今、手術室に」
途端に、強張っていた体が動き出した。
「だったら、泣いてる場合じゃないじゃん。行かなきゃ!」
気がつけば、母親の手を引き立ち上がらせていた。
「タクシー呼ぶから、急いて持ってくもの準備………あぁ、財布と電話だけでいいから。病院、ここだね?」
震えた手で書かれた文字は酷く読みづらかったけど、なんとか解読できた。
電話横のボードに書いてある馴染みのタクシー会社の番号を押す。
初めて、家が仕事をしていて良かったと思う。
こういう時、普通の家はバクシー会社の番号を探すところから始めるんだろう。
突然動き出した私を呆気にとられて見ている母親に気づき、コール音を聞きながらその背中を押した。
「早く。準備、してってば!」
意識がおかしな程澄み渡っていた。
そして、それを何処からか追い立てられている感覚。
「早く」「速く」「間に合わなくなっちゃう」
何処からか聞こえているかも定かではない声に急かされて、私は母親をタクシーに押し込むようにして病院へと急いだ。
その中で、父親や兄の友人達にメールを飛ばす。
最後の1通を送った後、ようやく、体が震え出した。
携帯を握りしめ、ギュッと目を閉じる。
(泣くもんか。兄貴はまだ生きてるんだ)
泣いてしまえば、悪い事が起きてしまうような気がして、歯をくいしばる。
だけど、震えが止まらない体を、横から伸びてきた手がギュッと抱きしめてくれた。
「大丈夫。お兄ちゃんは大丈夫よ」
半ば自分に言い聞かすように、母親が私の耳元で繰り返す。
私は、滲み出ようとする涙を飲み込んで、何度もなんども頷いた。
読んでくださり、ありがとうございました。