確かに何でもするって言ったけどね!?
そこは腐海だった。
開けた瞬間、速攻で扉を閉めた私は絶対に悪く無いと思う。
だって、まともな神経を持っていたら耐えられないくらい、ひどい状況がそこには広がってたんだもん。
『あ〜、なんか予想よりはヤバイ感じ?』
昼間にも関わらず、半透明な兄が私の横でフヨフヨと浮いていた。
それを振り返る私の目は、涙目だった。
「あれ、掃除すんの?マジで?!」
『う〜〜ん。手伝ってあげたいんだけど、ぼくこんなんだしねぇ。蓮人か大知、呼ぶ?』
泣きつく私に困り顔の兄がヘルプ要請を出すか聞いてくる、けど………。
あそこに投入するの?あのイケメンを?
汚部屋にイケメン。
余りのそぐわなさに脳が想像を拒否するんだけど。
そもそも、タダでさえ迷惑かけた自覚あるのに、これ以上なんてムリだ。
呼べば快く助けてくれそうだけど、私のメンタルが持たない。
「ムリ。呼ばない。頑張る」
首を横に振ると私は覚悟を決めて、おもむろにマスクを2枚と厚手のビニール袋。そして、白い割烹着を装着した。
全て兄の指示のもと用意したものだ。
その時は大袈裟なと笑ったけど、今は心の底から感謝している。的確なアドバイス、ありがとう。
出来れば神野さんとやらに掃除スキルを仕込んでて欲しかったけど、きっとムリだったんだろう。
出来るなら遠の昔にやっていたはずだ。
何かを諦めたような兄の表情が全てを物語ってるじゃないか。
深呼吸を2回。
私は数分前に閉めたばかりの扉に再び手をかけた。
扉には銀のプレートに「神野心霊探偵事務所」と彫られたものがかかっていた。
「鳴瀬結衣、いっきま〜〜す!!」
事務所の主人は不在だった。
そもそも、兄が事故にあった後、一度も顔を出していない。
兄の師匠だというし、彼が来てくれたら、それこそ色々簡単に物事が進んだんじゃないの?
『うん。別件で立て込んでたからね。忙しくて、僕も殆ど顔を合わせてなかったし。思えば、その隙をつかれたところもあったんだろうねぇ』
兄に教えられて掃除道具一式を引っ張り出し、片付けながらも愚痴ってみれば、少し困ったみたいな顔で首を傾げていた。
「そんなに忙しいのに、キッチリ此処は散らかしていくんだね………」
『まぁ、そこは神野さんだし。本当にね、何かに呪われてるんじゃないかって疑いたくなるくらい散らかすし片付けられないんだよね………』
基本、人の事に頓着しない兄を呆れさせるとは………。
スゴイな、神野さん。
『でも、これくらいならまだ可愛い方だよ。食べ物系が殆ど無いから。たぶん、着替えと仮眠だけたまに戻ってきてたんだろうね〜』
そして、これでもまだましな方って、本当にスゴイな神野さん!
たわいもない話をしているのは一種の現実逃避だ。
ちゃんと手は動かしてるんだから勘弁願いたい。
洗面所の角に鎮座していた洗濯機に汚れものを全部放り込んで乾燥機まで付いていたことに喝采をあげると、どうやら、兄が選んだ一品だったことが判明した。
グッジョブ兄貴!
『だってね。干しても干しても、乾いた先から使ってくからちっとも片付かないんだよね。イタチごっこに当時まだ幼かった僕の心の方が先に折れそうになってさ………』
喝采をあげる私の横で、兄が虚ろな笑い声をあげてる。
心なしか背後が黒い………っていうか、なんかそうやってると悪霊っぽいんだけど。
うん。何があったのかは聞かないでおこっと。
ちなみに、謎な床のシミもソファーの汚れもするする落ちる洗剤があって、かなり助かったんだけど、明らかに手作りっぽいガラス瓶に入ってたので、これまた詳しくは聞くのを断念。
なんか、聞いたら絶対後悔する予感がひしひしとしたので。
………世の中、知らない方が幸せなことってたくさんあるよね。
そうして、腐海と格闘する事3時間。
どうにか人の生息できるレベルまで片付いた部屋で、私は部屋の隅にあった丸椅子に座り込んで深々とため息をついていた。
いやぁ、なんとなくキレイにしたとはいえ心情的にソファーの方には座りたくなかったんだよ。
だって、洗濯物の山に埋もれてたし………。
ちなみに今座っている椅子は兄が持ち込んだものらしく、隅に畳んで仕舞われてたからセーフ。
買ってきたペットボトルのお茶で一息。
ちなみに冷蔵庫の中に兄が備蓄していたものは飲み尽くされてた模様で、若干兄から黒いオーラが再び漏れ出してたけどキニシナイ。
私に被害がなければ問題無い。
「あれ〜?床が見えてる」
そんなのんびり空気を破るように響いたのは、ちっとも驚いて聴こえない声。
ちょうど入口の死角で寛いでいた私は慌てて立ち上がった。
腐海の製作者様のご帰還だ。
読んでくださり、ありがとうございました。




