お掃除の意味が違ってきてる今日この頃。
「神野さん、この報告書のファイル、片付けていいんだよね?」
「あ〜〜、それ、提出用だからコッチにちょうだい」
机の上に無造作に放り投げられていた数冊のファイルを手に問えば、ソファーの背もたれから手だけが突き出された。
「提出って、いつ持ってくの?」
「いて!」
その手をファイルで些か強めに叩いてやれば、しぶしぶといった様子でゴロゴロと転がっていた本体が顔を覗かせた。
「しづ君ってばランボー」
「うっさい。このまま渡しても、場所がローテーブルかソファーの上に移るだけで、片付かないだろ?」
眉をしかめて「不満です」と主張して来る神野さんに、僕も同じ様に眉をしかめてみせる。
仕事料を労働で返すと言い出したあの日から2年が経過した。
僕は基本週2のペースで事務所に顔を出している。
相変わらず、神野さんは散らかし魔で適当だ。
入り浸る様になってから知ったのだけど、神野さんは例の仏像の居るお寺の親戚筋の人だった。
幼い頃から霊感が強く、数々の問題を引き起こしたため、親に「修行」と称して寺に放り込まれていたそう。
そこで頭角を現し、さらなる修行のため、山奥にある修厳場の様な場所に送られ、それはそれは辛い日々を送っていたらしい。
その厳しさに嫌気がさし、成人を機に寺を飛び出して、だけど他にできることもないからと水商売に手を出し、何気なくお客さんがこぼした霊現象なんかを解決してあげてたら、いつの間にか、事務所を構えることになっていて、現在に至る。
ちなみに「らしい」の部分は本人の主張のため、詳細は不明だけど、まぁ、神野さんがここに居るのは事実だから、細かいことは気にしない。
ちなみに、始める前は渋っていたこの「お手伝い」も、今ではすっかり慣れたもので、最近ではチョコチョコ祓屋の様なものにまで駆り出される様になった。
神野さん曰く「修行の一環」だそうだが、そろそろ逆にバイト代貰ってもいいんじゃないかと思いだした今日この頃だ。
面倒だし、一歩間違えば怪我しかねないものに進んで関わりたいほど、僕は勤勉じゃない。
事務所の掃除人で契約したんだって、強く言えないのは、能力の使い方の指導の他にも、浮上してきた「我が家の問題」で動いて貰っていたからだ。
初めて妹にコッソリ合わせた時、神野さんに言われたのだ。
「妹に《悪意の糸》がからみついている」と。
それは、どうやら呪いの類だった。
と、いっても、生まれたばかりの妹が人の怨みを買う様な事をするわけがない。
両親だって家業はあるがしがない運送屋で、人の怨みを買う様な人物じゃない。
とらいうか、我が親ながら、呆れるくらいの善人だ。
怪訝な顔をする僕にしばしの「待て」を言い渡した神野さんは、普段のグウタラぶりが嘘の様に迅速に対応してくれた。
次回、掃除に行った時、何処をどうやったのか、僕でさえ知らない我が家の家系図を調べ上げて見せたのだ。
父方は問題ない。
問題は、母方の家系図にあった。
「確かに、うちは早死にの家系なのよね〜って言ってたけど」
母方の祖父母は母が成人した頃に事故で亡くなっていたのは聞いていたが、そういう問題じゃない。
7代前まで遡って書かれた図の中の6割近くが40歳以下で亡くなっているのだ。
理由は様々。
病死、事故死、巻き込まれに痴情のもつれ………。
むしろ、よくも死に絶えなかったなぁ、と感心するレベルの死にっぷりだ。
まぁ、昔は兄弟が多かったから、1人や2人死んでも問題なかったんだろうけど。
「これより前はこんな事は無かったんだ。多分、ここの代で何かがあったんだろうなぁ」
スッと指さされたのは五代前の辺り。
僕には全く馴染みのない名前だった。
「何かって、なんだよ」
「さてね。呪われるほどの「ナニカ」だよ。
よく、時代劇とかで見ないか?「末代まで祟ってやる」みたいなの」
「つまり、名前も知らない様なご先祖様が起こしたナニカのせいで今、僕や妹が呪われてるって事?なに、その理不尽!」
そういうのは、当人達でなんとかしてくれ!
悲鳴をあげた僕に、神野さんが肩をすくめて見せた。
「まぁ、昔は身分制度もあったし、なかなか逆らえなかったんだろうなぁ。しかし、呪い続けるためか、血が途絶えない様に1人か2人は血筋の者を残してるんだから、徹底してるねえ。相当恨みが強かったんだろう」
「なに、それ?!代々呪うために生かしとくって相当性格悪!大体5代も前じゃ、最初の血なんて薄まって殆ど残ってないじゃん!」
思わず悲鳴をあげた僕の頭を「落ち着け」というように神野さんがポンポン叩く。
「これ、どうにかならないの?!」
「呪いを解くには根本を知らなきゃいけないんだが、戦前のこととなるとなかなか難しくてなぁ。それだって、裏技使ってなんとかかき集めたけど、結構不明な部分も多いだろう?」
肩をすくめる姿をじっくり見れば、目の下にはクマが鎮座していた。
もしかして、無理して集めてくれたんだろうか、と思えば、ずっと頭が冷えた。
「つまり、その呪いとやらを解かなきゃ、僕か妹のどっちかが死んじゃうってわけか?」
「まぁ、そう悲観するな。もしかしたら、お前達がそういう血筋でも無いのに兄弟2人大なり小なりの力を持って生まれたのも、五代かけて生き残るために変質したのかもしれないし、な」
ワシワシと髪の毛をかき混ぜるように撫でられ、フゥッとため息が漏れた。
「………妹が泣かないようにしたかっただけなの に、まさかの死亡フラグ」
「………協力してやるから、一緒に謎解きしような〜〜」
それが、一年半前の出来事であり、無事に妹の力の封印も身代わりの術も成功してるのに、僕がここを離れられない最大の理由である。
お陰で僕は学業に掃除に修行、たまにお仕事、と大忙しだ。
その後、肝心の「呪い」はなかなか解決せず、僕の霊術と掃除の腕だけがうなぎ登りにあがっていった。
少しでも糸口はないかと民俗学をかじるうちにすっかりハマってしまったのは思わぬ副産物だった。
妹が10を越えたあたりで呪いが動き出したようで、途端に周囲が不穏になった。
最も、《視えなく》なった妹は平穏そうだが。
とりあえず、《御守り》を持たせ、コッソリと守りの術も施し、家にも結界を張り………。
あの日、神野さんに出会っていなければ、今頃僕と妹のどちらかは呪いに負けていただろう。
言わないけど、その点では感謝している。
最も、それ以上にこき使われてる自負はあるけど。
そうして、撥ね退けているうちに、慢心が出てきていたんだろう。
まさか、ターゲットを潰すために周りまで巻き込もうとするとは思わなかったんだ。
信号待ちの人達に突っ込んできた暴走トラック。
逃げ遅れた親子連れを突き飛ばした時、目の端に黒い影がニヤリと笑うのが視えた。
上等だ。
ただで死んでやるもんか。
お前も道連れにしてやるよ!
僕は最後の瞬間に、念のために兼ねてから用意していた1つの術を発動させた。
読んでくださり、ありがとうございました。
お兄ちゃんは裏で妹のために一生懸命頑張ってました。
若干斜め上の方向な気もしますが………。