兄友視点でお送りします。
〜〜蓮人視点〜〜
「蓮人、メール見たか?!」
久しぶりに何もない休日の午後。
溜まっていた家事をすませ、最近気に入っているカフェでノンビリしていた時、その電話はきた。
長年の友人の焦った声なんて、久しぶりに聞いた。
基本、何があっても泰然と構えているイメージの強い彼が声を乱すのは大抵幼馴染の兄妹の事で。
だけど、何時もよりも緊迫した空気に嫌な予感がこみ上げる。
「いや、今、外なんだ。何があった?」
立ち上がり、荷物を持ってレジへと向かうのは同時だった。
だから、会計をしている時に財布を落とさなかったのは奇跡に近い。
「志月が事故にあった。病院に運ばれたけど、不味いらしい」
とりあえず、大知に俺のマンションへと来るように話をつけ、足早に部屋へと戻る。
急いで開いたメールには、淡々とした文で必要最低限の情報だけが記されていた。
いつも、必要以上に礼儀正しい少女の動揺が透けて見えて、胸が痛くなる。
7つ年下の少女は、すぐに自分の世界へと篭ってしまう少し変わった兄を持つ宿命か、年齢以上にしっかりとしていた。
しかし、黙っていれば冷たくすら見える日本人形めいた整った容貌は、くるくる変わる表情と兄に対してだけ乱暴になる口調の為、小動物めいた印象へと変わる。
偶にあって垣間見えるやりとりや、志月の話からも、2人がとても仲の良い兄妹だということは知っている。
今頃、泣いているんじゃないか?
いや、唇を噛み締めて、必死で泣かないように耐えているかもしれない。
駆けつけたい気持ちを抑えて、俺と大知は、落ち着かない時間を過ごした。
駆けつけたいのは山々だけど、生死をかける手術中という微妙な空間に押しかけるには、自分たちの関係では少し遠かった。
所詮、自分たちは志月の「友人」でしかない。
血液が足りない、とか、そんな要請でもない限り、遠慮するのが筋だろう。
そうして、夜中に届いたメールで峠は超えたことを確認して、俺たちはようやく肩の力を抜くことができた。
そうして、このまま休んで、明日の朝、顔を出すことに決める。
まだ、志月に会うことはできないだろうけど、気分的にそうしないと落ち着かないし、どうせ明日も日曜で休みだ。
(泣いてる、かな?せめて少しでも眠れればイイけど)
眠りに落ちる瞬間、脳裏によぎったのは志月ではなく、妹の結衣ちゃんの顔だった。
まだ人気の少ない喫茶コーナーのベンチでボンヤリと座り込む結衣ちゃんを見つけたのは、多分同時だった。
両手で紅茶の缶を握りしめ少し俯きがちに座る背中はとても小さく見えた。
一人きりだけど、ご両親は諸々の手続きで席を外しているんだろうか?
近づいても気づかない結衣ちゃんに、疲れが溜まってるんだろうと感じる。
幼い少女可愛さにイタズラにかまい倒した結果、結衣ちゃんは人の気配に敏感な子供に成長してしまった。だから、背後からとはいえ、ここまで近づいても気づかれないなんて事、ここ最近ではなかったんだ。
軽く肩に手を置くと驚いたように振り返る。
そうして、僕と大知を見つけた瞬間、ほっと張り詰めた気配が綻ぶのを感じた。
うっすらと浮かんだクマが痛々しい。けど、僕たちを見て気を緩めてくれたことがなんだか嬉しい。
志月には、まだ家族以外は会えないとの事だから、とりあえず何か温かいものを食べようと結衣ちゃんを連れ出した。
気分が落ち込んだ時には、何か温かいものをお腹に入れた方が良い。
それは、忙しい両親に変わり僕の面倒を見てくれていた家政婦さんの持論だった。
「お腹が空いてると、人ってろくな事考えないんですよ」
シワの多い顔でニッコリと笑ってくれた彼女の言葉は正しいと僕は経験で知っていた。
「美味しいものは人を幸せにしてくれますからね」って言葉も。
だから、しっかり食べて、元気だして。
空元気なんかじゃない、いつもの笑顔を見せて欲しい。
言葉にできない思いを込めて、そっとその小さな背中を押して病院の外へと連れ出した。
〜〜大知視点〜〜
友人がトラックに巻き込まれて死にかけた経験をする人間が世の中にはどれくらいいるんだろう。
そんな拉致も開かない事を語り合ってしまうくらい、俺たちは混乱していたんだと思う。
幼馴染で親友、の、志月。
そんな存在の妹からの突然のメールで、事故を知らされる。
今、手術中?死ぬかもしれない?
なんだ、それは。
混乱のまま、もう1人の親友に連絡を取り、そいつの家で夜を明かした。
ようやく手術終了の連絡が来たのはもう真夜中をだいぶ過ぎた頃で、そのまま寝落ちして、朝一で病院へと顔を出した。
顔色の悪い幼馴染の妹、結衣に飯を食わし、ようやく人心地ついた後、詳しい流れを聞いた。
未だ予断を許さない状況ながら、とりあえずの峠は越えたらしい。
気丈に笑う結衣に、なんと言葉をかけていいか分からず、そっと頭を撫でた。
こんな時には自分の口下手さが少し恨めしい。
表情筋もあまり仕事をしない為、強面の顔はきっと睨みつけているように見えるんじゃないだろうか?
まぁ、付き合いが長い分、結衣も慣れてるからきっと気にしてないだろう事が救い、だな。
柔らかな笑顔の似合うもう1人の友人、蓮人が少し羨ましく感じるのもこんな時だ。
蓮人の言葉に、青ざめていた結衣の表情が少しずつ和らいでいくのは、なんだか少し、悔しい気がする。
夢に志月が出て来て、何かを訴え続ける事、数日。
ようやく思い出した封筒の中身は、まさしく爆弾、だった。
志月がオカルトにはまっているのは知っていた。
と、言うか、巻き込まれて変な体験をした事も何度かあったし、世の中には、そんな不思議も、まぁ、あるんだろうと理解はしていた。
けど。
怖いものが大の苦手な結衣に霊能力?
志月が封印してたって、なんだ、それ。
確かに、小さな頃の結衣は「怖い夢を見た」とよくべそをかいていたけれど。
…………そういえば、志月がオカルトにハマり出したのもその頃だったな。
成り行きで、結衣に誘われるまま家にお邪魔して、志月の残した手引書のままに儀式とやらをこなしていく。
………こなしていってた、のだが。
(どうしてこうなった)
目の前にはころんとうつ伏せになって背中を晒す結衣の姿。
陽に当たらない肌の白さが目に眩しい。
脇によけた癖のない長い黒髪との対比が綺麗だ。
結衣は俺たちの事を「イケメンめ!」とよく呟いているが、実は自身も整った顔をしている事に本人だけが気づいていない。
やたらと容姿に関する自己評価が低いのは、志月のせいだったりするんだけどな。
志月が女顔のため、志月と結衣の顔は非常に似ている。
その志月が自分の顔を嫌って隠そうとするため、幼い頃からそれを見ていた結衣は、「この顔はダメ」と無意識に刷り込まれてしまったらしい。
気づけ!
黙っていれば人形のように整い過ぎてともすれば冷たく見えるくらい綺麗な顔なんだ。
それがクルクルと表情を変える様は、かなり目立ってるんだぞ?
気取ったところがない気さくな性格のおかげで、ご近所じゃ、ちょっとしたアイドルと化してるからな?
可愛がられ過ぎてご近所が睨みを利かすもんだから、下手なちょっかいがかけられなくて、遠巻きに見られてるだけなんだぞ?
あぁ、動揺し過ぎて、話が逸れた。
つまり何が言いたいかって、現状が美味し過ぎて辛い。
晒された背中から腰にかけての曲線が綺麗だ。
ジーンズはピッタリとしたスキニータイプだったせいで腰から臀部のラインが丸わかり………。
いつも大きめのシャツやチェニックで隠れてたから気づかなかったけど、年相応に成長してたんだな。
幼稚園くらいまでは風呂に入れてやったりしてたんだが、その頃と比べるのは流石に違うか………。
思考がすぐに横道にそれるのは、現実逃避だとわかってる。
と、言うか、意識をそらしていないとイロイロとマズイ気がするんだよ。
何がって?………聞くな!
チラリと蓮人を伺えば、あっちも戸惑い気味の顔だ。
おそらく、考えてる事も似たり寄ったりだろう。
無邪気な幼女のイメージを引きずってた幼馴染の子がいきなり「女」としての成長が垣間見得たら、こう言う気持ちにもなるって。
一言でいいなら、気まずい。
でも、年頃の男としては「美味しい」。
ダメだ。
考えたら負けだ。
そして、あんまり時間をかけても変に思われる。
無心だ無心。
志月の机の引き出しに無造作に放り込まれていた「聖水」(って書かれたラベルが貼られてた)を背中に吹き付けると、冷たかったのか背中がピクリと跳ねた。
スプレーボトルに入ってたから、これ幸いとそのまま使ったが悪かったかな。
反省して、咄嗟に自分の掌に開けると軽く体温に馴染ませ、そっと背中に手を滑らせた。
(小さいな……。俺の手で半分近く覆えるんじゃないか?)
滑らかな肌の感触。
「………ん」
微かな、吐息のような声、に、手が止まる。
軽く押し当てた掌から伝わる温もり…………って、おぉぉ〜〜い!俺!!
慌てて手を離す、と、謝りの言葉を零すより前に、背中に現れた変化に気づき息を飲んだ。
さっきまで何もなかった白い背中一面に複雑な文様が浮かび上がってきていたのだ。
「………これ、か」
隣で蓮人も同じように息を詰めて背中を凝視していた。
「………綺麗、だな」
ポツリと、思わずのようにこぼされた言葉に頷くことで同意を示す。
アラベスク文様のような優雅な曲線と直線の組み合わさったその図案が何を示しているのかはちっとも分からんが、白い肌の上僅かに発光して浮かび上がる様は、触れてはいけない神聖な雰囲気を醸し出していた。
「あの〜〜」
身動きすることすら忘れて見とれていた俺たちを正気に戻したのは、何やら居心地悪そうな声だった。
声と共に、背中が微かにモゾリと動く。
「できれば、早くしてもらえると………」
恥ずかしそうに呟く声に、俺たちは顔を見合わせた。
そういえば、見とれてる場合じゃなかった。やらなくてはいけない事があったんだった。
傍に置かれた小さなコップ。
一見無色透明の水にしか見えないが、不可思議な現象を起こした果てのものであることは目の前で見ていた。
コレ(・・)で、この紋様をなぞる。
繊細で複雑なそれを全て辿るのに、どれほどの時間がかかるのか、考えると少し遠い目をしたくなるが、俺たちよりも、それをされる結衣の方がきっと大変だろう。
確か、無類のくすぐったがりだった筈だ。
幼い頃を思い出せば、少し苦笑が漏れる。
脇も足裏も、どこをくすぐってもキャラキャラと可愛らしい笑い声をあげていた。
その様子が可愛らしくて事あるごとに擽っていたら、随分背後の気配に敏感な子供になってしまったものだ。
それくらい苦手だったのを思えば、肌を指先で辿られるのを動かず耐えるのは大変だろう。
まぁ、変わってやるわけにもいかないし、さっさと終わらせよう。
蓮人と目配せしてうつ伏せに寝た結衣の左右に陣取ると、そっと指先を水に浸した。
ヒヤリとしたのは一瞬。
なぜか次の瞬間に水のついた指先がぽうっと熱を持った。
もう、ここまできたらこれくらいの不思議現象、驚くまでも無い。
なんだか、この数時間で、俺の中の常識は色々と覆された気分だけど、考えてみれば、志月と付き合ってきた中で、ままあることだった。
ヒタリと指先を背に落とす。
スッと紋様に沿って動かせば、その部分がほの青く変化した。
分かりやすくていいな、これ。
指先の水の成分がなくなれば、なぞっても色は変わらないから、その都度指を水に浸す。
徐々に青く色づいていく紋様を無心に辿る中、ふと視線をあげて蓮人の方を見れば、そちらは赤く染まっていっていた。
赤と青、背骨を中心にそれぞれに染まる紋様にチリっと脳のどこか奥深くが焼けたような感覚がした。
タイミングよく同時に顔を上げたのか見つめ合うようになった蓮人の瞳はどこか不思議な色を宿していて、でも、多分だけど俺も同じような顔をしているのだろう。
「………終わった?」
顔を上げぬまま、微かな声。
触れる手が無くなったことで、そう判断したのか、かすれた小さな声はどこか嬉しそうだった。
けど。
「悪いな、後、半分ある」
無意識に気づかないようにしていたけれど、髪に半ば隠れた耳や首筋はほんのりと紅に染まっているし、触れれば時折ピクリと体が動く。
笑うのを耐えるのも、過ぎれば拷問みたいなもんか?
「もう少し、強く触れた方がくすぐったくなくていいか?」
「……………それでよろしくです」
尋ねれば、少しの逡巡のあと、肯定が返ってくる。
「分かった」
「了解」
同時に返事をしてしまい、なんとなく蓮人と顔を見合わせ苦笑をかわす。
さて、あと半分。
さっさと終わらせてしまおう。
紅く色づく首筋に不埒な思いが生まれてしまう前に。
真っ赤になった結衣が自室に逃げ込むまで、後少し。
読んでくださり、ありがとうございました。
キャラ的には蓮人君は、笑顔で全ての感情をごまかしてしまう王子様系。
大知君は、表情筋死滅系の武士系………だった 筈なのですが………。
あれ?あれぇ〜〜??
ま、そんなこともあります!