兄を呼び出しましたら
特殊ドリンクか羞恥心マックス討ち死にイベか。
究極の選択、どっちを選んだかって?
とりあえず、お腹は壊してないよ、大丈夫。
なんか別のものはボロボロになった気はするけどね。
あはははは〜〜〜〜。
「よし、次いきましょう!」
30分前の記憶は振り捨てました。
自室で着替え名目でこもった時に部屋の片隅に吊り下げられたサンドバッグ2号がいい仕事してくれたからね!
あ、お二人にはとりあえずコーヒーでも飲んで待っててもらったよ。
わたし、気遣いできる良い子だからね!
で、気合いとともに居間に戻ったら、既に次の準備が整ってました。
イケメンは仕事が早いね!
よ、イケメン!!
床に広げられた白い布は1.5メートル四方。
それに描かれた不思議な図形の意味は、当然分からない。
けど、まぁ、分からなくても何らかの不思議現象が起きるのはさっきで実証済みなので、気にしない。
「ふふふ。これが終わったら、兄貴と話ができるんですよね〜〜。楽しみ〜〜〜。あ、封印されてた能力とやらの中には霊体に触れる物もあったりしないよかな〜〜。あると良いなぁ〜〜〜」
「結衣、全部口に出てるから。怖いから」
少々顔色の悪い堤さんが突っ込んでくれた。
あれ?声に出てた?
それは失礼。
「で、なにすれば良いんですかね?」
既に手引書を読んでもいない。
解説は2人に丸投げ。
わたしは言われた通りにうごくのみ。
意外と楽で良いんだよね、この体制。
「陣の中央に座って」
こちらも少々顔色が悪い浅宮さんが言葉少なに指示を出してくる。
「ハイハイ。ここで良いですか?」
ペタンと陣の中央、なにも描かれていない空間に座り込んだ。
「そうしたら、そこにある指輪を両手の中指に嵌めて」
「了解です」
シルバーのリングの中央にポツンと石が埋め込んであるだけの飾り気のないシンプルな指輪をはめる。
おや、ぴったり。
ちなみに右が赤で左が青。これも、なんか意味があるんだろうな〜〜。
「で、今指輪がおいてあった所に両手をついて、志月の事を強く思い浮かべろって書いてある。出来れば、全体像を詳細に思い浮かべつつ、「会いたい」って強く念じろって」
「…………………了解。大丈夫。今、すっごく兄貴に会いたい気分なんで」
「…………………うん。頑張って」
にっこり満面の笑顔でそう言えば、何故か随分ぎこちない笑顔が返ってきた。
アレ?オカシイナァ?
(………さて、真面目にやろうかな)
恥ずかしさをごまかすために半ば八つ当たり気味の言動を納めて大きく深呼吸すると目を閉じた。
あえて口にはしなかったけど、封印解除とやらの儀式をすませた後、実は少しだけ変わったことがある。
言葉にはし辛いんだけど、なんか自分を取り巻く空気というか、自分の中にある何かと言うか………。
多分、これが兄の言ってた「力」ってやつなんだろうな、って漠然とした意識。
まぁ、それをどうやれば使えるのかとか、そもそも何ができるのかとか、まるっきり分からないんだけど、ね。
「全部、詳しく説明してよね、バカ兄貴」
脳裏に思い描くのは、いつも側にいてくれた存在の姿。
顔の半ばまでを覆う長めの前髪は、見てて鬱陶しいからと家にいる時は基本カチューシャであげさせてた。
母さん似の女顔がコンプレックスで隠したがってたんだよね。
まぁ、妹相手にまでコンプレックス発動は無かったみたいで家では素直に髪をあげて晒してたけど。
そもそも、ほとんど私と同じ顔だったし。
偶に編み込んだりして、楽しかったな。
頭怪我しちゃったせいで短く切られちゃった事、ショック受けたりするんだろうか?
170に少し届かない身長と、食べても太らない、鍛えても筋肉がつきにくいヒョロリとした体。
わたしの成長期が来たとき、「伸びるな〜」って呪文のように唱えては頭押さえてたっけ。
妹に万が一身長抜かされたらトンデモナイって…………。
まさか、わたしの身長が伸び悩んだのは兄貴のせいとか無いよね?
………うん、これも後の確認要項だね。重要。
ツラツラと思い浮かぶのは、我がことながら思わず笑っちゃいそうなくらいにくだんない事だらけで。
だけど、どれも大切な思い出だったんだと今、思い知った。
ねえ、兄貴。
こんなんじゃ足りないよ。
これっぽっちの記憶じゃ、後何十年って長い年月、寂しくてたえらんないよ。
還って来て、………お兄ちゃん。
こみ上げる涙が、ポタンポタンと床に音を立てたとき、掌がポゥッと熱くなった。
そして、掌を通して体の中から何かが抜け出していく感覚。
それは、さっき気付いたばかりの「ナニカ」。
急速に失われていく「ナニカ」にくらりと眩暈を感じて、腕から力が抜ける。
支えてられなくなった身体が前に崩れそうになった時、フワリと柔らかな感触に包み込まれた。
『ただいま〜〜結衣。招んでくれてありがと〜』
耳に馴染んだ少し間延びした特徴のある話し方。柔らかなその声。
重いまぶたをこじ開ければ、そこには兄の笑顔があった。
ほんの少し透けていて、ほんの少し光っているけど。
それは、間違いなく見慣れた兄の姿で………。
私はキュッと拳を握りしめた。
「この、バカ兄貴〜〜〜!!勝手に死にかけた挙句、無茶振りばっかりしやがって!!!」
「ヘブシッ!?」
よし、霊体?でも殴れた。グッジョブ、私!!
健やかな気持ちで意識を飛ばした私は、その後何があったのかを知らない。
読んでくださり、ありがとうございました。