序章 第2頁 卒業試験開始
イキシア・カモミールンも他の候補生に混じって助走路脇に鎮座する同じ外観に同じ色合いのオレンジ一色に塗られた戦翼機竜の一団へと近付く。
二桁を超える数の中から自身の相棒になるであろう戦翼機竜に迷う事なく近付いて行く。普通なら違いが全く無い物から特定の1つを探すのは森の中にある1本の木を探すかの様な物だが、意思が宿る自身の戦翼機竜とは訓練が始まった3年前からずっと付き合って来た相棒であり、その相棒に宿った意思だけならもう既に感じ取れる位にはなっている。
イキシアが近付くと先程まで下顎を地面に付けて伏せの様な体制を取っていた訓練仕様の戦翼機竜が細長い楕円形の顔を上げると首を限界まで伸ばして、イキシアの頬や胸を突いて甘える様な仕草をする。
「おかえりなさい」
イキシアも頬を綻ばせながら、頭を撫でると赤い目の光が弱くなり、目を閉じているかの様に見える。
暫くの間は周りも戦翼機竜と戦翼機竜騎手の関係がどういった物か理解している為に微笑ましい物を見る様な目で久々の再会を喜ばせるが数分後には整備員の人間が近付いてきて、乗り込む様に指示する。
「わかりました」
イキシアは頷くと戦翼機竜の下顎を突き上げる様に弱めに叩くと首を持ち上げさせて胸を突き出す様な姿勢を取らせる。
イキシアが戦翼機竜に近付くと戦翼機竜はイキシアの近付くタイミングに合わせて胸の装甲を開き、操縦席に当たる場所が露わとなる。
露わになった操縦席だが、椅子の様な物がある訳では無く、股がる様に乗る事を意識した設計のシートが設置されている。
イキシアは体を滑り込ませる様に操縦席へと入って行き、身体を1回転させて乗る込んだ向きとは逆の向きに変えると胸のパーツが閉まり、暗闇に覆われる。だが、直ぐに周りの景色がイキシアの正面と側面に現れる。と言っても隙間が出来た訳では無く、戦翼機竜が見ている景色がイキシアの乗る操縦席に送り込んでいるだけに過ぎない。
その為に戦闘も航行もその大部分は戦翼機竜の有視界に依存してしまうが、この部分はどの階級でも然程の変化は無い。
イキシアは内部を肩越しに振り返る。
今までは教官が座っていた場所は透明なガラスのような楕円形の形をした魔力増槽と呼ばれる魔力を溜めて置ける装置に代わっているものの、今は中に魔力は入っておらず、何の変哲も無い透明なガラスだと言われても信じてしまうだろう。
イキシアは魔力増槽を確認し終えると視線を上に向けて計器類を確認する。
しっかりと指差し確認や腰を上げて針が示している数値や針の揺れなどの異常が無いか確認して、計器に異常が無いと判断すると計器を纏めた部分の上に付けたフックにぶら下がるイヤーマフに黒いワイヤー状の物が付いた物を掴む。
頭に装着する前に自身の頭のサイズに合う様にベルトなどの長さや位置などを調整してから装着するとワイヤー状の物を摘んで、口から少し離した下の部分に来る様に調整する。
改めて、ワイヤー状の物体の位置から計器、背後のタンクに異常が無いか確認し、異常は無いと判断すると大きく深呼吸をしてから足を鐙の上に乗せて、腕を両サイドにある持ち易い形のスティック、『手綱』と呼ばれる部分を握る。
「よし!」
小さく呟くと目の前の景色も若干ながら上下する。戦翼機竜も頷いたからだとわかるとイキシアは似た者同士である事に喜びを感じて、その顔に笑みを浮かべる。
すると整備員が前に立ち、屈伸をする様に膝を上下に伸び縮みさせる。
イキシアは両足の鐙を同時に上下に動かすとその動きに連動して戦翼機竜の足が上下に伸び縮みする。
整備員が異常なしと判断すると腕を左右に伸ばす。
イキシアは人差し指が掛かる位置にあるボタンを押しながら左右の手綱を押し込む。すると戦翼機竜の閉じていた翼が限界まで開かれ、整備員が腕を縮ませるとボタンを押しながら手綱を引き上げて、翼を畳ませる。
整備員が満足げに頷くと伸ばしてた腕を上下に動かすのに合わせてイキシアもボタンを押した手綱を押し込み、前後に動かすと戦翼機竜が翼を広げて上下に羽ばたかせる。
「良好だ」
整備員が頷くと肘を曲げて指を上に向け、右腕は右回りに、左腕は左回りに回し始めるのを見て、イキシアは操縦席を踵で軽く1回だけ叩くと戦翼機竜の翼に当たる部分から空気が噴き出す音が聞こえる。
これは飛ぶ為に体内に予め入れられている魔力を消費しながら、揚力を生み出す魔力を翼から放出しているからだ。
外では翼の音に混じって、頬のスリットに空気が吸い込まれる音が聞こえ始める。
これは一部を除いた戦翼機竜は身体の何処かに空気中に滞留する魔力を吸い込む為のパーツが組み込まれており、吸い込んだ滞留魔力を体内で集めて己の糧にする事が出来る様に設計されている。
本来ならばこれで集められた魔力は武装等に回されるのだが、残念な事にイキシアの戦翼機竜にも武装は搭載されていないので吸った端から魔力増槽につぎ込み、何かあった時の魔力として溜めておく。
《よし! 準備が出来た物から立ち上がり、助走路に進入せよ》
基地司令官からの指示を受けたイキシアが鐙を踏んで戦翼機竜を立ち上がらせる。
他の戦翼機竜は他の作業に手こずっているのか立ち上がろうとしない為にイキシアは尻尾に当たる部分を上下に振って先に行くと知らせる。
歩行の邪魔になる翼は手綱を上に引き上げて、畳ませてから、正面に邪魔になるものが無い事を確認すると座席を鐙で挟む様に弱く蹴ると戦翼機竜が歩き始める。
心地良く上下に揺れる座席と久々にこの戦翼機竜に乗った事と合わさり、イキシアは言い表せぬ高揚感を感じながら助走路に端まで行くと中央線と自身の正中線は重なるように鐙を動かして位置調整をさせる。
位置調整が済むと手綱を押し込み、翼を広げさせると両翼が45度の角度を向く様に上げさせると右の鐙を前に蹴り出し、左の鐙は後ろに引き、下半身だけがクラウチングスタートの様な格好を作ると戦翼機竜はイキシアの指示に従い、左足は後ろに伸ばし、右足は前に出した走り出す時の予備動作の様な構えを見せる。
《イキシア・カモミールンです。助走準備完了しました》
ワイヤー状の物体に話し掛ける様に喋る。
これは通信魔機と呼ばれる魔動機関で自身の魔力か戦翼機竜の魔力を使って、遠く離れた同じ通信魔機や基地施設内の専用魔動機関を通して、離れた者同士で言葉での意思疏通を取れる様にする為の魔動機関だ。
《確認した。左右風速0m、前後風1m後ろから。助走どうぞ》
イキシアは頭に直接響く様な基地通信兵の言葉に顔を若干ながら顔を顰める。
何方の外が騒がしくても声だけが問題無く聞こえる点が良い所なのだが、悪い点は送られて来る声が耳では無く直接的に頭に響く様に感じる事であり、慣れないと不快感を感じる事だ。
多少は慣れてる筈のイキシアではあるが、やはり慣れきっていないが頭を軽く振って不快感を振り払うと通信魔機に語り掛ける。
《イキシア・カモミールン! 行きます!》
鐙で操縦席を挟む様に強く蹴ると戦翼機竜が助走路を走り始める。
イキシアの目には徐々に見える景色は速度を増して後ろに通り過ぎて行く様に見え始め、耳には既に風切り音が聞こえ始める。それでも、まだ飛ばない。見える景色が残像を残して後ろに去って行く様に見えると手綱を握り直して意識を引き締め直す。
此処からがタイミング勝負であり、戦翼機竜と息を合わせる必要がある。
ーーーーー3秒後だよ。
ーーーーー知ってるよ。
何処からか聞こえた優しい声にイキシアは心の中で返答して直ぐに右足の鐙を戦翼機竜の右足が上がるのに合わせて持ち上げ、戦翼機竜の足が下がる位置に来ると止める事無く右足の鐙を下げる。
そして、戦翼機竜の右足が地面に着くと同時に右の鐙を上げ、両手に握った手綱を後ろに倒す。
戦翼機竜は翼を地面に叩き付けるかの如く羽ばたかせると同時に右足で地面を蹴り上げて空へと飛び上がる。
イキシアは飛び上がって重力に引かれて落ち始める時に一瞬だけ停止するタイミングを狙って親指で手綱の下にある赤いボタンを押す。
ボタンを押した瞬間に尻尾の部分からボウッと推力を生む魔力を吹き出され、景色が後ろへと動き始める。
離陸に成功した証だ。
《イキシア・カモミールン、離陸成功を確認。次の方どうぞ。イキシア・カモミールンは高度1000mまで上昇後、教官戦翼機竜との合流せよ》
《了解しました。教官戦翼機竜と合流します》
手綱を前後に振って翼を羽ばたかせると高度を上げて1000mまで上昇すると教官の戦翼機竜を探して視線を走らせて、教官戦翼機竜の派手な塗装を見ると近付いて、背後を飛ぶ。
暫くすると他の戦翼機竜が集まり、集団を作り上げると教官戦翼機竜からの通信が入る。
《来たなヒヨッコ共。お前達を最後の試練まで連れて行ってやる!》
異様な程に熱血漢な声にイキシアを含めた殆どの候補生が露骨に嫌な顔をする。
耳から聞く熱血漢は時には心地良かったり、頼もしかったりするのだが、流石に頭へ直接的に響く様になると最悪という他無いだろう。
そんな候補生達に気付く事無く、教官は戦翼機竜を試験空域へと向かわせる。
イキシアも忌々しげな顔をしながら教官戦翼機竜の後を追う。
暫くの間は場所を少しでも速く把握しようと魔力空図と言う外観は水晶を板状にした様な魔動機関を取り出して戦翼機竜に繋げる。
魔力空図は魔力により作動させる事で場所によって全く違う魔力の形や性質などを戦翼機竜が吸った物から解析して吸った魔力がある場所を映し出す物で迷った時や別の空域に向かう際などにガイドラインの表示や、1度は訪れた空域なら現在地を即座に確認出来るなど様々に使える便利な道具だ。
「ん? 初めての場所?」
魔力空図には行った事が無い場所なのか随時更新させるかの様に新しい魔力の流れや濃さ、性質の違いを示す色違いのラインが更新されていく地形データの上に書き示されて行く。
イキシアは魔力空図から視線をズラすと目の前に映った物を見て、驚きから目を開く。
「これは……空島諸島!」
複数個の空島が集まる一帯の地形を空島諸島をまとめて呼ぶ訳だが、この空島諸島は戦翼機竜騎手にとっても戦翼機竜騎手に取っても登竜門的地形だ。
教官戦翼機竜が空島諸島の1つに着陸すると候補生の戦翼機竜達は空の中で立つ様に戦翼機竜を動かし、その場で留まる様に羽を羽ばたかせて、空中で立ち止まるホバリングという技術を行い、教官の戦翼機竜に意識を向ける。
それを見た教官は満足そうに頷くと通信で話し掛けて来る。
《それでは、卒業試験を説明する。この空島諸島の島や隙間の空にA、B、C、D、Eと書いた風船を色違いで全員分浮かべている。その風船を順番に同じ色の物だけを割って、そのタイムでも判断する》
それだけ聞くと速く壊すだけで良いのかと安堵の表情を浮かべる候補生達だが、試験であるからこそ有るべき物もある。
《ただし、不正等が起きないように他の教官も諸君らに混じって飛ぶ。そして、言わずもがなだが、空中衝突や暴言などをしたら減点の対象だ。そして、間違った風船を割る。戦翼機竜が飛行不能になるなどしたら減点の対象になるので、注意する様に。それと色違いを割ったら、割った者も割られた者も大幅減点となるので注意する様に》
この説明と環境を見て、イキシアは試験の意図を朧げながらに掴み、手綱を握り直す。
《風船は割ると此方で誰がどれを割ったのか解るようにしてあるので、割った者が居たら、風船の色のみは教える。では、試験開始!》
教官の合図により、一斉に空島諸島へと戦翼機竜達が最短ルートで我先にと飛び込む中でイキシアだけは空島諸島をグルリと旋回する様に飛び始める。
イキシアが周辺を旋回したのには2つの理由がある。
1つは空島諸島と言う地形は入り組んだ地形であるが故に1度に多くの数が侵入してしまうと衝突のリスクが高くなる為にイキシアは周辺を旋回して空いた場所が出来るのを待つ事にしたからだ。
もう1つは1騎の戦翼機竜で飛行するにしてもそれなりの技術を求められる場所であり、騎乗技術が露骨に現れる場所でもある。久々の騎乗である為に感覚が鈍っていないか確認の意味も込められている。
イキシアのその行動が今回は吉と出る。
「あった!」
空島諸島の淵にポツリと浮いていたのはAと書かれている赤い風船だった。
イキシアは周りに他の戦翼機竜がいない事を確認すると速度を増やして玉に近付く。
ーーーーー噛みつきで壊して。
ーーーーーわかった。
口に出している訳ではなく、そう念じただけで返答が来て、イキシアの駆る戦翼機竜が赤い風船を噛み砕く。
《赤のAが破壊されたぞ》
教官の通信により候補生達が騒ぎ始める。
イキシアは空島諸島の周辺を上下左右に戦翼機竜を揺らしながら飛んで探していたが、もう風船が浮いていない事を確認すると空いている場所から衝突防止の為に周囲を確認しながらゆっくりと侵入する。
侵入して直後にイキシアの戦翼機竜が風船を見つけて、イキシアに知らせようとイキシアに見せており画像の一部を拡大させる。
「緑のBだから、ダメだよ」
優しく語り掛ける様に返答したイキシアだが、戦翼機竜の方は間違った事に落ち込んだのか画像の光度が減る。
「こーら! 間違いは誰にでもあるんだから、次で汚名を返上しなさい」
励ます様に両方の鐙で操縦席を軽く叩くと光度が増した。甘えたがりで感情が直ぐに沈むが少し心から励ますだけで元気になるこの戦翼機竜にイキシアは大きな弟か妹を持った様な気分になる。
ーーーーー合格したら、名前をつけなきゃね。
ーーーーーうん。いい名前を付けてね。
心も通じ合っている事を確信したイキシアは鐙を踏み直し、手綱を握り締める。
試験開始から数分が経った頃の出来事だが、徐々にAの風船が割れたと言う通信が入るとイキシアは通信を全員に入れる。
《緑のBを見つけた》
《イキシアか!バラスだ! 何処で見つけた!》
《今からホバリングするから見つけて》
イキシアはその場で戦翼機竜を立ち上がらせて、翼を何度も羽ばたかせてその場で浮遊すると1騎の戦翼機竜がゆっくりと近付いて来るのを確認したイキシアは頷くと高度を上げて、先程見つけた場所に誘導する。
バラスの戦翼機竜もしっかりとついて来ており、目的の風船は直ぐに破壊され、教官からの通知されるが候補生達の中で驚きは無い。
《助かった。そう言えば、そっちは?》
《赤》
バラスからの通信にイキシアは短く答える。
《赤のCなら見たんだが……》
《場所は?》
《魔力空図を交換しようか》
魔力空図は他の魔力空図の空図と重ね合わせる事で更に広げる事が出来る。この機能があるお陰で新しい空図を作るのにそこまで飛ぶ必要は無くなる。
バラスの言葉にそう言えばそんな機能があったと内心で頭を抱えながら手早く準備を済ませる。
空図の照らし合わせを終えて、風船の色と位置を直ぐに判断出来る様に風船の色に合わせた丸い光点をイキシアが見つけるとバラスにお礼を告げる。
イキシアはバラスと別れると入り組んだ場所を目指して前進。戦翼機竜を右に左に、上に下に、様々な角度に傾斜させたり、横転や縦転をさせたりしながら、空島同時に隙間を縫うように進ませる。
目の前に突如として風により動いた空島が飛び込んで来るが、イキシアは落ち着いた様子で素早く両方の手綱を左に倒すと同時に左足の鐙を踏み込むと進行方向はそのままに戦翼機竜が横転をしながら横にずれて空島を回避すると通り過ぎるタイミングで一瞬だけ赤い玉の様な物を見つけたイキシアは右の手綱を右回りに回し、戦翼機竜をその場で停止させて、向く方向を変えさせる。
「あった!」
見つけたのはBの文字が描かれた赤い風船だった。色と文字が間違いないか確認した後にホバリングした状態のまま尻尾で殴りつけて、玉を破壊すると軽くガッツポーズを取りかけたイキシアが前後左右に振り回されるが直ぐ収まり、1秒後になってイキシアの脳が反応する。
「え!? ちょっと、なに!」
突然の事で頭が混乱したイキシアだが、戦翼機竜がさっきまでいた場所を通過する別の戦翼機竜を映し出す。
-----そっか、躱してくれたんだね。ありがとう。
突っ込んで来る戦翼機竜に気付いた相棒が身体を下に向けると同時に翼を畳みながら慣性を生かして、横転。高度が落ち過ぎる前に身体を捻って水面と水平になる様に体勢を整えてから羽ばたき、ホバリングしたのだと先程の状況を理解すると座席の部分を右手でそっと撫でながら語り掛ける。
ーーーーーどういたしてまして。でいいの?
ーーーーーうん、それでいいよ。
会話で言葉の使い方を覚えて行く。そんな成長も有るものだと思うと何処か父性の様な物を刺激されるイキシアだが、その感情はしまい込んで前を向くと明らかに気付いていない戦翼機竜が迫って来るのに気付く。
戦翼機竜の方も驚きからか身動きが取れない。
「うおい!」
手綱を上に引っ張りながら前後に倒すと同時に鐙を前から後ろに蹴り抜いて、戦翼機竜に前回りをしながら上昇する様に指示を送る。
戦翼機竜はイキシアからの指示に即座に対応して、指示通りに動き、空中衝突から免れる。
イキシアは一瞬だけ見えた戦翼機竜の背面を確認すると通信魔機を短距離通信にして怒鳴りつける。
《前を見ろ! 前回の座学で教わっただろ!》
《イキシア! すまん! 探すのに必死だった!》
リチャードの通信にイキシアは『お前か!!』と叫ぶのを叫び声は慣れていない者だと偏頭痛の原因えるからと言う親切心で何とか堪える。
《次からは気を付けろ。怪我したら失格だぞ》
《わかってる。それよりも黄色のB見た?》
《ごめん、黄色のEだけ。でも、見たら教える。こっちは赤のCから見てない?》
《すまん見てない。 赤だろ? ないなー》
《うん。ありがとう》
イキシアがホバリングから進もうとするとリチャードの方から通信が入り、慌ててホバリングする。まだ、この空島諸島を飛び慣れてはいない為に通信しながらの移動は衝突すると思ったが故の行動だった。
《ちょっと待ってろ。俺の機竜が覚えてるって。空図を重ねるぞ!》
暫くするとリチャードの戦翼機竜が近付き、魔力空図同時の通信が可能な位置まで来るとお互いの空図を重ね合わせる。
《結構、入り組んだ場所に行くんだな。って! 光点すくな!》
《光点多いね。と言うかそんな入り組んだ場所に無いんだ》
更新した空図を見てお互いの認識の差が如実に現れる。と言うのも、イキシアは簡単な所にないだろうと言う先入観から入り組んだ場所を探し、リチャードは難しい場所には早々、置かないだろうと言う先入観から比較的簡単なルートを飛んでいた。
《入り組んだ場所には入らないといけないんだな。助かった》
《こっちも助かったよ。ありがとう》
お互いに戦翼機竜の足同士を合わせて、お互いに蹴り上げる様に足を動かす。
こうする事で楽に推力を得たり、トリッキーな方向転換が出来たりと便利だ。
イキシアは貰った空図をチラチラと確認しながら赤い光点に近付き、風船を他の生徒以上の速度で壊すが、それなりに話す相手には入り組んだ場所になる風船の情報を渡したりとしていると殆どの生徒が入り組んだ場所に浮かべられたEの風船に挑むが入り組んだ場所故に衝突を避けようとする余り速度が出せず、乱気流により動く空島が行く手を遮ってしまう。
《ついて来なさい!》
そんな一団に一方的な通信を入れると急降下しながらえ猛スピードでアプローチを仕掛ける。
それを見たリチャード・バラスが戦翼機竜を加速させるとイキシアの後ろに追随し始めると周りの戦翼機竜も覚悟を決めたのか徐々に侵入を果たして行く。
イキシアは付いて来る2人を確認すると2人が同じルートを通れる様に充分に余裕のある場所を狙って移動するのだが、その際に横転や縦回しながらの旋回や上昇・下降を織り交ぜたアクロバティックな動きでの方向転換をする為に2人と2騎も付い付いて行くのが精一杯と言う状況で、衝突の危険がある距離にお互いが近付いても、構う余裕はなかった。
《右斜め上方に緑! 左の島の裏に黄色》
2騎の戦翼機竜が速度を緩める事無く、イキシアの言葉に従い、方向を変える。
イキシアも2騎の誘導がなくなった事で漸く風船を探す事が出来るようになった。
ーーーーー前!
「!?」
この場所で少しでも探すのに夢中になると目の前に空島が現れて行く手を阻んで来る為に満足に探せないと言うのが現状だった。
ーーーーー騎乗に専念するから、探して。
ーーーーーわかったよ。
イキシアが戦翼機竜の指示に専念しながら何とか探しながら安全に飛行を続ける事に成功する。
ーーーーー見つけた!
上方に風に流れる赤い風船を戦翼機竜が見つけるとイキシアもその画像に集中してしまい、目の前に移動してきた空島に気付くのが遅れてしまい、横転や縦回などの回避では回避不能な距離にまで近づいてしまう。
ーーーーーあれだね。
ーーーーーあれだよ。
だが、当の1人と1騎は焦った様子は無く、お互いに食い違いが無いとわかると戦翼機竜が身体を起こして足を前に突き出すとイキシアは鐙を踏み込んでから、足が着く直前に足を上に蹴り上げる様に動かす。
戦翼機竜はイキシアの指示に従順に従い、空島を蹴り上げて背中から周りながら頭を下に向けると同時に翼を閉じる。
戦翼機竜は翼を閉じた事で重力に従い頭から落下するが風船と同じ高さになったタイミングでイキシアが翼を広げさせると同時に戦翼機竜が縦回りをして赤い風船を割る。
「やった!」
イキシアがガッツポーズを取る。
先程の行動は『人竜差異』と呼ばれる技術です戦翼機竜と騎乗者が1つの目的の為にお互いが違う動きをする事で戦翼機竜のみ、騎乗者のみでは難しい機動、出来ない機動を行うと言う技術で奥義技術の1つとされている。
その後は他の候補生達も次々と風船を割って行き、卒業試験の全日程の終了を確認すると帰投する様に教官から指示が飛んだタイミングで基地からの通信が入る。
《魔法生物襲来!》
これがイキシアの未来に大きく決定づける出来事になるとは本人はおろか誰も予想だにしなかった。