寒天と米飴
【天正15年01月17日】
前世で俺はガンだった。
気付くのが遅れたせいで死んでしまったわけだけど、食欲不振の自覚症状はあった。
そんな食欲のない時に口にしていたのが、寒天だ。
興味をもって調べたことがあるのだけど、そもそも寒天というのはトコロテンを寒い夜に凍結させて、それを数日かけて干乾しさせて物なのだそうな。
幸いなことに、今は1月。
用意させたトコロテンを夜のうち戸外に並べて置いたところ、2日ほどで見事に凍らせることができた。
そいつを今度は日差しに当てて乾燥させる。
「けったいなことを」
菊額殿が言い捨てるが、松本殿も播磨屋も眉をひそめて無言で同意している。
もしかしたら食べ物を粗末にしていると思われたのかも知れない。
「こんな迂遠なことをせずとも、トコロテンをそのまま食したら如何?」
「いえいえ、これはトコロテンと似て非なる物なのですよ。楽しみに待っていてください」
この乾燥させている期間に、梅干しも薄い酒につけて塩味を抜いておく。
戦国時代の梅干しは、保存が優先でとにかく塩がキツイからな。
残るは甘味だ。
こいつは播磨屋が用立ててくれた米と大麦を使う。
まず大麦は水に漬けて芽を伸ばさないといけないのだが、通常ならこれに十日ほどかかってしまう。
しかしながら今回は、播磨屋の蔵の一部が雨漏りしていたために水を吸って芽吹いている大麦を手に入れることができた。
これで大幅に時間を短縮することができる。
あとはモヤシ状になった大麦を乾燥させて、ひき臼で粉末にするだけだ。
「これを、どう使うのですかな?」
菊額殿も松本殿も播磨屋も興味津々の体だ。
それは、そうだろう。
こんな物と米で甘味ができるというのだから。
今更だけど、この場には俺たち四人しかいない。
手伝いなどを呼んで、甘味製造の秘伝がもれることを松本殿と播磨屋が嫌ったためだ。
まずはお粥をつくる。米に対して水は三倍ほど。
米の固さは指で潰せたら、それでいい。
そして約六十度まで冷ますのだけど。
時代的に温度計なんて代物はない。
だから指先の感覚だけを頼りにお粥の温度に当たりをつけて『ここだ!』と思ったところで粉末にした大麦を加えた。
すると不思議な現象が起こる。
トロトロしていたお粥が、サラサラに変化するのだ。
「ほう、これは面白い」
三人が鍋を覗き込む。
けど、ここからが勝負なんだよ。
なんせ今は季節柄、寒い。
このまま鍋を放っておくと、すぐさま冷えてしまって糖化が進まなくなってしまう。
だから釜戸で火を焚き続けて、お粥を保温しなければならないのだが、これが難しいのだ。
なんせ薪一本で火の勢いは大分変わってしまうから、付きっ切りで火の番をしていなければならない。
ガスレンジや炊飯器のありがたみがよくよく染みる作業だ。
お粥を見守ること三刻【 約六時間 】。
既に菊額殿は飽きてしまったようで、一杯やってほろ酔い加減だ。
さすがに松本殿と播磨屋が酒を飲むことはなかったが、退屈しているのは様子でわかる。
申し訳ない気持ちになるが、制作過程をみたいと言い出したのは二人なのだ。
「さぁ、この粥を漉しますよ」
言って、あくびを噛み殺していた二人に布袋を渡してお粥を絞る作業をしてもらう。
俺は火の番でクタクタだ。
そうして絞った汁を、さらに新しい鍋に移して煮詰める。
灰汁がこれでもかというほど出るが、根気よく除いていく。
そんな地味な作業を、これまた一刻【 二時間 】ほど。
煮詰まった汁が、トロリとした飴状になった。
これこそが米飴だ。
正直、初回で成功するとは思ってなかった。
前世では健康食ということで何回かつくったことがあるが、なんせ勝手が違うからな。
「さぁ、試食してください」
指に飴をつけて舐めてみる。
うん、甘い! しっかりと米飴になっている。
「これは…!」
「なんとも、甘い!」
ぐーすか、鼾をかいている菊額殿をよそに、松本殿と播磨屋が唸る。
「驚くのはまだ早いですよ」
俺は続いて寒天ゼリーをつくることにした。
沸かした湯に、手作りした寒天を加えて溶かしてゆく。
ここで重要なのが湯に対する寒天の割合なのだけど、前世では既製品の寒天パウダーを使っていたから、トロミを見ながら調整してゆくことになる。
次に塩気を除いた梅干しの果肉の部分を薬研ですりつぶしておいたものを投入して、混ぜ合わせる。
「これで放っておいて、熱が取れたら完成です」
「楽しみですな」
細君のことを思っているのか松本殿が言う。
寒天ゼリーの粗熱を取っている間、俺は二人に干上がった長宗我部での暮らしぶりを聞いた。そこからゆっくりと話を発展させて、財政をどうしたら立て直せるかという話し合いに持ってゆく。
「お家の内証をどうにかしたいのなら、まずは下々の暮らし向きをまともなものにしなくては」
「農民などは餓鬼のような有様ですからな」
「そこまでですか」
「そもそも長宗我部は半農とはいえ家臣が多過ぎるのです。このままでは立ち行きませぬ」
「領地が四国全土に広がった時と同じだけの臣下をそのまま抱えておりますからな」
「ものは相談ですが、この寒天と米飴を商売にしても、長宗我部の財政は回復しませんか?」
「商売、ですか。拙者、紀州に伝手がありますゆえ、売り出すことは可能かと」
松本殿が乗り気になってくれている。
「寒天も米飴もしばらくは売れましょう。しかしながら製法が簡単ですからな、何時かは他所にもれて真似されると考えるべきでしょう。それに、これだけでは弱いですね。もっと土佐の地の強みを生かしたような特産がなければ」
一方で播磨屋は商売人だけあって現実的だった。
「特産か…」
土佐。高知の特産といえば、まっさきに思い浮かぶのは鰹節だが。
俺は鰹節の作り方まで知っちゃいない。
確か、燻製だったはずなんだけど。
三人寄れば文殊の知恵ともいうし、俺は二人に鰹節はどうかと訊いてみた。
「鰹を燻製に、ですか。雲をつかむような話ですね」
「やってみましょうよ、播磨屋さん。どうせ、このままではジリ貧なんです。拙者もできるだけ協力しますし」
寒天と米飴をつくったことで、松本殿には大分信頼されたようだ。
作れるかどうかも怪しいというのに、意欲をみせてくれている。
「松本様が、そう仰られるなら」
播磨屋がうなずく。
どうやら二人は俺が知らぬ間に友誼を結んでいたらしい。松本殿は紀州の出。播磨屋は播磨国の出。共に他国者ということで相通じるものがあったのだろう。
「ですが、そうとなれば孫次郎様。訊いておかねばならないことがあります」
播磨屋が俺を挑むように見る。
「あなた様は何者なのですか? 他国からの間者かとも思いましたが、寒天と米飴をつかって長宗我部を立て直そうという考えは間者ではありえない。まして大阪からの旅人というだけではありますまい」
なるほど、播磨屋が俺に近づいたのは怪しんでいたからか。
「そうだな、両人には明かしておこう」
口調を改めて名乗る。
「拙者の本名は津野孫次郎親忠と申す」
聞いた松本殿と播磨屋が平伏しようとする。
それを俺は制して言った。
「本来なら拙者は人質として大阪におらねばならん。だが、関白殿下のおぼしめしによって、内密で土佐様に会うため、こうして故地にまかりこしたわけだ」
「これまでの無礼、平にご容赦を」
「気にしないでくれ。今の俺はただの孫次郎なのだ。そのように接してくれ」
「わかりました」
松本殿と播磨屋が深々とうなずく。
「もうひとつ、質問があるのですが。孫次郎様の、その知識はいったい」
「それ以上の詮索はいかんよ」
播磨屋を遮ったのは菊額殿だった。
ニヤリ、と威圧的に笑う。
「もう一度、言うておく。詮索はいかんよ」
歴戦の男の威圧に、松本殿も播磨屋も顔色をなくしている。
俺はといえば、もう馴れたものだ。
この威圧も本気ではなく、あくまでも注意程度のものでしかないとまで分かる。
要するに、菊額殿は猫がネズミをもてあそぶがごとく暇つぶしで遊んでいるのだ。
「そろそろ熱もとれたようですね」
俺は寒天ゼリーを木べらで掬って椀にいれた。
固さは上々だ。固すぎず柔らかすぎず、丁度いい塩梅だ。
「見た目が女子受けしそうですな」
松本殿の言う通り、桃色のゼリーのなかで梅肉がおどっているのは女性を惹きつけるだろう。
椀のなかの寒天ゼリーに、米飴をトロトロとかけ回す。
「これで完成です」
俺たちはそれぞれ箸をもって、完成したゼリーを食した。
個人的には悪くないと思う。
梅肉を酒に漬けておいた効果で、ほどよくゼリーは酸っぱしょっぱくなっている。
そこに米飴のやわらかな甘味が加わって、和菓子っぽい出来になっていた。
「いい…ですな。これはいい!」
播磨屋が舌鼓をうち
「それがしは、もう少し酒精が強いほうが好みですな」
菊額殿が満更でもない顔をし
「これなら妻もきっと…」
松本殿は感激している。
俺はそんな松本殿に新しく椀に掬った寒天ゼリーを渡した。
「さぁ、食べさせてあげてください」
「かたじけない」
去ってゆく松本殿を見送る。
手応えはあったが…。
果たして、松本殿のご内儀は食してくれるだろうか。




