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負の遺産

【天正15年01月08日】



堺から二形船ふたなりぶねに揺られること1日と半日。海が穏やかで風が味方してくれたこともあって、何事もなく元親様の居城である岡豊城おこうじょう膝下の港に着くことができた。

いいや、何事もなくではない。

菊額殿が船酔いしてしまったのだ。


その菊額殿は海にゲーゲーと胃の中のものを吐き出している。


「船酔いしてるのに大酒をかっ食らうからですよ」


「どうせ酔うなら、船酔いよりも酒に酔ったほうがいいと思ったんですがなぁ」


吐くものを吐いてしまえば、菊額殿は顔色こそ青いが平素の足取りで俺のとなりに並んだ。


「これから、どうしますかな?」


「宿に泊まりましょう。それから岡豊城に人を遣わせて、面会を申し入れたらいいのではと」


「そんなところでしょうな」


俺と菊額殿は目立たぬようにとつましい宿を取った。なにせ津野親忠という人間は大阪にいるはずで、この場にいてはいけないのだから、人目につかない方が良い。


さすがに取った部屋は雑魚寝の大部屋でこそないが、それでも二人部屋は狭くて何処とやらむさ苦しい。だが、それが懐かしくも居心地よく感じる俺がいる。

大阪に行くまでは、俺の起居していた津野城の部屋もこんなもんだった。


宿の者に命じて、手紙を津野の屋敷に届けてもらう。


それから俺と菊額殿は町に散策へと出かけた。


岡豊城の城下町は人の出こそあったが、誰もが表情を欠いて塩垂れていた。

町全体に活気がない。


宿に来し方にも内心で戸惑いを覚えていたが、こうして改めて観ると愕然とさえする。

記憶にある町の様子とまったく違っていたからだ。


岡豊城の城下町といえば、大阪にこそ及ばないが、南国に育った人々の溌剌とした気風もあって、とにかくうるさい程に賑やかだったはずなのだ。


「船で孫次郎殿に聞いたいたものとは、だいぶん違いますな」


「おそらく、商人どもが青息吐息なんでしょう」


四国全土まで広がっていた長宗我部家の領地は、今や土佐十万石にまで押し込められている。その過程で、長宗我部家が御用達にしていた商人の内証がどれほど厳しくなったかは想像に難くない。いわんや他の商人はもとより、農民だとて苦しいだろう。かてて加えて、九州での負け戦だ。勝っていれば関白殿下から報奨金もでたろうが、負けたのでは出征したぶんだけの借金が残るだけだ。それがまた、長宗我部の臣下どもの首を絞めて金の出入りが極端になくなっているのだろう。


俺がそのように答えると、菊額殿は唸った。


「孫次郎殿は賢ぉござるな」


実は未来知識のおかげだとは白状できない。

俺がもっぱら教えられているのは槍術と軍略で、商人や金の流れなど聞いたこともない。それは金を卑しいものとみなしている他の武家でも同じでだろう。金の流れを把握することこそが戦国を統一するのに重要なことだと知っているのは、関白殿下に長年付き従っている、秀長様や黒田様のような武将だけだろうが、それでも商人を劣等だと思い込んでいるはずなのだ。むしろ、千利休のような商人を引き立てた関白殿下こそが異常者だとさえ言える。


つづいて俺たちは武家屋敷をブラブラした。


小者が引っ切りなしに行きかっている。

かと言って賑わいがあるのかといえば、そうではない。

小者の顔つきは追い詰められたような感じなのだ。


「むっは」と菊額殿が吹き出した。

「船で話に聞いた、沈没する間際のネズミどものようですな」


「たとえが酷いのではないですか」


まるで長宗我部が沈没船のような言いざまに、ムッとする。


「しかし、真実ですぞ」


菊額殿は頓着することなく言い切る。この人は、こういう天性なのだ。


「孫次郎殿は、どうして小者どもが忙しなくしているのか分からぬようですな」


「勉強不足なれば、教えてくだされませぬか」


「よいでしょうとも。長宗我部の家臣どもは婿探しと養子探しに躍起になっておるのですよ」


菊額殿は言った。


九州の負け戦。戸次川の戦いで、長宗我部信親と十河存保の連合軍は約二千もの戦死者をだした。

これは尋常ならざる数字だ。信親の率いた長宗我部の軍勢にいたっては全滅といってもいい。


「長宗我部家の亡き若殿に率いられた衆は心酔しとったんでしょうなぁ。まったく感服しますわ。ですが、今回ばかりはその求心力が裏目にでましたな」


信親の率いた武者どもは、次代を築くべく若い武者であった。


「それが全滅したんですぞ」


今の長宗我部家には有能は若い男がいない。皆無とさえ言える。


「であればこそ、各家は亡くなった子の代わりとなる婿や養子を探し回っとるわけですな」


しかし探し回ったところで、これはという武者がいるはずもない。

長男が死んだ家では、当然、次男を繰り上げるだろう。残ったのは三男以下となるが、三男以下ともなればまっとうな教育を受けているかどうか。


「そういうことですか」


俺は今更ながらに長宗我部家の内情に愕然とした。

人的資源の枯渇と金欠。

このような状態では、まつりごとさえ覚束なかったろう。


ここからどう立て直せばいいのか…。

俺は宿への帰り道で思案投げ首するしかなかった。

短いかな?


書いていて思ったのですが、長宗我部家…詰んでませんかね?

どーしよう…。

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