祝いの品
【天正14年12月25日】
「ほれほれ、お前さん達も見てみぃよ」
関白殿下は五人を手招きすると、勿体をつけてから箱を開いた。
中に入っているのは紙の袋だ。
中身のせいで少しだけ膨らんだ、一見してなんの変哲もない紙袋。
関白殿下はその紙袋に掌を近づけると「むふん」と鼻を鳴らした。
「小一郎も真似してごらんな」
関白殿下は手をのけてから、弟である秀長様を呼んだ。
秀長様も同じように紙袋に掌をかざして「これは!」と驚いている。
そんな弟の反応に気を良くしたのか、関白殿下はニコニコとニヤニヤの中間の笑顔で他の四人にも同じことをさせて驚く様子を、それはそれは楽しそうに見ていた。
「で、だ。いったい、これは何なんじゃ?」
好奇心に目を輝かせた関白殿下が俺を見る。
「使い捨ての温石でございます、殿下」
「なんと!」五人が口々に驚きの声を出す。
「懐に入れる暖炉ですから、名は懐炉と申します」
そう。俺が用意した物は使い捨てのカイロだ。
他にも石鹸やらコンクリートやらを考えてはみたのだが、とうてい藤堂様に助言をいただいてからの猶予で用意できるものではなかった。
そこで苦心惨憺して未来知識からひねくり出したのが、使い捨てカイロというわけだ。
俺は断りをいれてから、紙袋を破いて内容物を披露した。
使い捨てカイロの材料は至極単純にて、用立てるのも難しいものではない。鉄粉に粉末状の木炭、塩水、木粉、それだけだ。安価なのもいい。
関白殿下をはじめ、誰もがカイロの変哲もない素材に目を丸くしている。
間違いなく、この使い捨てカイロはチートだ。これから先の未来で起こる朝鮮出兵では歴史すら変えてしまうだろう。
だが、俺は雪の降るなかで心を決めたのだ。
長宗我部の家を残すためならば、ためらいなく未来知識をつかって歴史を改ざんしてみせると。
幸いというべきか。俺の頭のなかには様々な未来の知識がある。
名前すら思い出せない前世の俺だが、少なくとも頭脳だけは明晰だったようだ。まるで頭のなかに小さな書庫があるかのように種種雑多な事々が収まっているのだ。
「確認しますが、これは与右衛門(藤堂高虎)の入れ知恵ではないのですね?」
秀長様が藤堂様に話しかける。
内密であったはずなのに俺が祝いの品を持ち込めば、当然ながら昵懇にしている藤堂様に話が向いたはずで。
「はっ。申し上げました通り、それがしは孫次郎殿に関白殿下の昇進が近いうちにあるとしか助言しておりませぬ」
「では、このカイロというものをこの少年が」と黒田孝高様が俺を無表情に見る。
「考えだしたというのか?」
背筋を氷でなでられたような寒気が俺を襲う。
黒田様の目の色は関白殿下によく似ていた。ただし、黒田様には輝きが一切なかった。昏い、のだ。ただただ昏冥なのだ。
「そんなわけないだろう」蜂須賀正勝様は言うと、立ち上がって、控えていた俺を見下ろした。
まさしく歴戦の勇士だ。顔つきはそれほど恐ろしげでもないのに、まとった気配が猛獣めいていて俺を威圧する。
「おう、小僧」
蜂須賀様は、竦んでしまった俺の傍らにしゃがみ込むと、太い腕を俺の首に回してグイと引き寄せた。弾みで烏帽子が転がるが、目で追うことすらできない。視線を外せば、この蜂須賀様に殺されるのでは、という恐怖があった。
「本当のことを言え。何処の誰にカイロとかいう物の作り方を教わった?」
怖じ気て声がでない。四国の役では実戦らしい実戦を経験してない俺は、しょせん十五歳のガキなんだ。
「まぁまぁ、小六どん。はしゃぐ気持ちもわかるけんど、ちぃっと落ち着き」
関白殿下が取り成してくれて、不満気ながらも蜂須賀様は俺を解放してくれた。
はしゃぐ? ただ単にカイロを見て興奮していただけなのかよ。
解放されて安堵が漏れそうになるのを、矜持でもってこらえる。
「んで、どうなんじゃ? カイロは親忠があみだしたんかね?」
「いいえ。四国の津野郷にて、知遇をえました異人に教わりました」
「宣教師ですか」僧侶の経歴をもっている宮部継潤様が微かに渋い顔をする。
「しかし、異国の技術ならば納得です」
「それが、違うのです」
俺の否定に、宮部様が「どういうことですか?」と訊く。
「拙者にカイロの作り方を教えてくださった異人は、宣教師ではなく、自らを錬金術師だと名乗りました」
「錬金術師とな?」
「錬金術師とは、鉄や銅といった金属を金に変化させることを最終的な目的とする術士の総称だと聞きました。その金を生み出す試行錯誤の過程で様々な技術を開発するらしく、そのカイロも副産物のひとつだと言っていました」
設定が宣教師だと、関白殿下につながりのある宣教師から不審がでるだろうからな。
けれど、錬金術師と仮定しておけば問題はない。神に仕える宣教師は、おそらく錬金術師を毛嫌いしているだろうから、関白殿下に調べるよう言い渡されても、伝手があるまい。
「異国にはそのような者たちがいるのか」
「不要な金属から金を生み出すとはな」
俄然、関白殿下が興味を惹かれているが、俺は釘を差しておいた。
「おそれながら殿下。彼の者は言いました。いまだ金を生み出すことあたわぬ、と。であればこそ、まだ見ぬ秘宝のあるかも知れぬ日本に来たのだと」
「残念じゃわ」
関白殿下は足を放り出して座り込むと、脇息にもたれかかってしまった。
「ですが兄上、その錬金術師とやらの知識と技能は使えましょう」
「じゃの」関白殿下は思い直したのか、俺に向かって身を乗り出した。まったく忙しい人だ。
「親忠、親忠や。お主、錬金術師とやらに他にも物珍しい秘術を教わったんかい?」
「数々の術をば」
「ほう、ほう。それを儂に教えてはくれんかの? 金なら幾らでも出すぞい」
そう言われるだろうことは分かり切っていた。
俺は即座に平伏した。
「殿下の仰せなれど、そればかりはお許しくだされ。拙者は何時の日か殿下のもとで武功をうちたて、ひとかどの武士となりたいのです。今ここで秘術を明かすことは容易なれど、それでは武士でなくなってしまい申す」
現代人からしたら何を戯言をと思うような理屈だろう。けれど戦国時代の武士においては、武功をもって取り立てられることこそが名誉の第一。商人なぞ、農民にも劣る、金を扱うだけの何も生み出さない粗末な連中という認識なのだ。それはこの場に集う面々においても同じ。ただ関白殿下のみは既存の価値観にあてはまらないだろうが、それでも『武功こそ』の認識を否定できるものではない。否定してしまえば、関白殿下は武士ではなくなってしまうのだから。
「しかたないのぉ」
関白殿下は渋々、ほんとうに渋々といった具合に言った。
「頭ぁ、上げ」
促されて俺は面を上げた。
誰も俺の否やの返答に不機嫌になっていない。むしろ、蜂須賀様などは感心したような表情ですらある。
「兄上、ならば件の錬金術師を召喚したらどうでしょうか?」
「それしかないの。では親忠よ。錬金術師はまだ津野におるんかの?」
「数年前のことになりますので、しかとは」
「そうじゃのう。なれば、取り敢えず四国に人を派遣しようかの」
「であれば、殿下」俺はココぞとばかりに申し出た。
「拙者を供に加えていただきたく」
「お主は長宗我部の人質であろうが」
黒田様が「何を勝手な」と異を唱える。
「承知しております。なれど、彼の錬金術師の面相風体を知っているのは拙者だけです」
「ほう、津野の誰も知らんと言うのか?」
「おそれながら、彼の人は隠れ住んでおりましたゆえ」
「そのような隠者めいた人物とどのように知り合ったのですかな?」
「それは」と俺が今日のために考えてきた設定を話そうとしたときに
「もうええ、もうええ」関白殿下が手を振った。
「官兵衛もそうまで疑わんでええから。親忠よ、こちらから頼むで四国に行ってくれや」
「しかし」
と尚も言い募ろうとする黒田様に、関白殿下は鋭い視線を向けた。
「儂がいいと言ってるんじゃ」
はっ、と黒田様はかしこまる。
「親忠よ。儂は、お主が逃げるような粗忽はせんと思うておる。なんというても高虎に目を掛けられておるほどじゃ」
それにしても。と関白殿下は俺の耳元に口を寄せて囁いた。
「合格じゃ。気に入ったぞ親忠」
殿下はニヤリと笑うと、俺から体を離した。
やっぱり、目をつけられたか…。
「ついでと言っては悪いけんど、元親殿の様子を見てきてくれや。その為にカイロなんて物を仕込んだんじゃろうからな」
当然ながら見抜かれていた。もっとも俺が祝いの品なんて物を持ち込んだ時点で、他の三人も俺の目的ぐらい分かっていただろうけど。
要するに。黒田様以外は、万が一、親忠という人質を失ってもカイロの製法を手に入れた今なら損だけはしないと踏んだのだ。黒田様にかんしては、俺を重要視したのではなく、どうせなら万が一の事態もないほうが好ましいと反対しただけだろう。
「忝のうございます」
俺は畏まって平伏した。
2017/06/18 秀吉が親忠に「他に錬金の術を教わっていないのか?」と問う会話を追加しました。




