豊臣秀吉
【天正14年12月25日】
俺は大阪城の広間に通されていた。
初めてのことじゃない。元親様に伴われて、以前にも一度来ている。その時に俺は人質として差し出されたのだ。
それにしても…。
二度目だろうと、圧倒されざるをえない。
広いのだ。光差す空間のなんと広やかなことか。
そして次に恐怖する。
これだけの広間を用意しなければならないほどに配下の武将がいるのか、と。
内装もまた見る者の度肝を抜いた。
金箔を多用した綺羅びやかさは、それが半端なら金満と成り上がりが鼻につくだろうが、こうまで野放図に使われてしまうとただただ力の差を感じるだけだ。
最後に畳だ。
現代人ならば畳なぞ珍しくもないだろうが、戦国時代は違う。この時代において、畳は高価なベッド扱いなのだ。俺はもとより、元親様でさえ、寝る時は板間に茣蓙を敷いてその上に横になるのが普通だ。それだけ高価な畳を広間に敷き詰めるだなんて、言ってみれば狂気の沙汰だ。
広さ。
内装。
畳。
この広間は、言葉によらない恫喝の場なのだ。
広間にはいった俺は、末席について頭を下げた。
関白殿下がお出ましになるまで、俺はこうして頭を垂れ続ける。正座をしないで、あぐらをかいていても良いというのが救いといえば救いだ。
俺が座れば、次の人物が広間に通されて、彼もまた畏まって面を伏せる。
これを延々と繰り返して、段々と重臣が遣って来るのだ。
面倒なようだが、こうした手順を見せつけて力の軽重を弁えさせるのだ。
おおよそ一刻…現代でいえば二時間ほど経っただろうか。
いい加減、背中が痛くなってきた頃に、ようやく広間にはいってくる足音がしなくなった。
そうして。奇妙に軽快な足音が上座から聞こえてきた。
「おうおう、みーんな集まっとるのぉ」
トスンと着席する気配。
「頭を上げよ」
小姓の声で、俺達は垂れていた頭を上げた。
壮観だった。
あれだけ広やかだった広間にズラリと武将が揃っているのだ。
ココからでは見えないが、先の方には藤堂様も控えているはずだ。
そして目線の先の高い所には、関白殿下(豊臣秀吉)がいた。
猿などと信長に呼ばれていたらしいが、確かにひょうけた仕草には愛嬌があって、猿に見えなくもない。だが、その実態は猿は猿でも西遊記の孫悟空だ。
人質に差し出された折、俺は関白殿下の目を見てしまった。
ゾッとした。彼の人の瞳の昏さと輝きの混濁に、惹き込まれそうになったのだ。
もしも。
もしも、俺に信親兄という標がなければ、俺は関白殿下の笑顔の仮面を見抜けず、あの瞳に間違いなく心から捕らわれてしまっていただろう。
「集まってもらって、ありがたしありがたし」
関白殿下は上機嫌で広間に参上した者たちを労うと、次に最前列に座る武将に「久方ぶりじゃの、息災か?」「家族はどうだ?」「しっかり蓄財はしておるか?」「夜の方はどうじゃい?」などと他愛ないことで声を掛けた。
これで人心を掌握するのだ。
関白殿下に声をかけられて嬉しくないはずがない。心配をされて安心しないはずがない。
更にいえば。
あの目に見詰められて魅入られないはずがない。
そうしてひと頻り談笑した関白殿下は上座に座りなおした。
「今日みんなに集まってもらったんわな、とんでもなく目出度いことがあったからなんじゃ。なんと、なんとな! 儂は今日をもって太政大臣になったんじゃ!」
突拍子もない大発表だ。
誰も彼も、どれほどの重大事か頭に届いてないように見える。
けれど事前に知らされていたら別だ。
「おめでとうございます、兄上!」
そう声を張り上げたのは、美濃守こと、秀長様だろう。
「おめでとうございます!」
事前にはかっていたのに違いない、最前列のあたりが一斉に頭を下げる。
合わせて、俺たち末席組も頭を下げる。
「頭を上げとくれや。あとは豪勢な飯を用意させとるんで、食べてってな」
小姓が退出を促す。
けれど俺は「残るように」と言われた。
広間を出て行く武将が、末席にもかかわらず居残る俺に不躾な視線をよこす。怪訝と疑念。或いは羨望と嫉妬。
藤堂様は十中八九、俺が死ぬだろうと忠告してくれた。
その正体がこれだ。
目立てばそれだけ、やっかみを買う。
やっかみを買えば、それだけ命の危険が増える。
出る杭は打つ、または壊す。それが顕著な時代なのだ。
まして俺は蛮地と蔑まれている土佐の豪族の、しかも養子でしかない。
事故にみせかけられて殺されたとしても不思議ではない。
まさに、信親兄のように。
「もっと近う寄れ」
退室する足音がなくなると、関白殿下から声がかかった。
半ばまで頭を下げていた俺は、中腰になると、顔を上げないように気をつけながら殿下の近くまで摺り足で寄った。
「そんな鯱張ることないんじゃけ、頭ぁ上げ」
「はっ」
座った俺は言われるまま面を上げた。これが他の大名なら三回言われるまで頭を上げてはならないのだが、相手は気さくな関白殿下なのだ。三回も繰り返させては、逆に機嫌を損ねてしまう。
顔を上げて、広間に残った武将が目に入った。
五人だ。
秀長様と藤堂様。
関白殿下に仕える最古参の蜂須賀正勝様。
軍師として名高い黒田孝高様。
縁の下の力持ちの宮部継潤様。
藤堂様を除けば、まさに関白殿下の四天王ともいえる人物たちだった。
「でかくなったもんじゃの、親忠。直垂がパンパンじゃねーの」
「このところ、頓に体が大きくなりまして」
「元親殿もデカイからの、親忠も大きゅうなりよるじゃろがい」
それでな。と関白殿下は小姓が捧げ持った箱を手にすると、俺の前に差し出した。
「これは、親忠が祝いにくれたもんじゃよな?」
「左様です」
「ふーん。まっこと不可思議なもんをくれよったな」
図にあたった。俺は内心で賭けに勝ったと快哉を叫んだ。
関白殿下の太政大臣就任に際して祝の品を贈る。
その祝品に目を留めてもらうことこそが、俺の計画だった。
急いで書きました。
おかしなところがあるかもです。




