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九州征伐の始まりと焼酎

【天正15年03月28日】


九州で最も本州に近しい場所にある小倉城。

その城前で、俺たち…九州征伐に集められた総勢20万の武者と兵士はは畏まって彼を待ち構えていた。


グワーン! と銅鑼どらが打ち鳴らされる。

それが3回。


「顔をあげーい!」


近侍が吠える。


俺はゆっくりと面を上げた。広場に集った面々も同時に顔を上げたために、鎧の擦れる音が空間を満たす。


彼はそこに居た。


秀吉。

遠すぎてしかとは分からないが、しつらえられたやぐらへと小柄な男が登壇とうだんしていた。


何事か喋っているようだが、俺がいる後ろのほうまでは当然だが聞こえない。


時折、前のほうが「おお!」と沸くので、合わせて俺も周囲の連中も声を上げるぐらいだ。


すると、秀吉が両手に扇子を広げてヒョコヒョコと剽軽ひょうきんに踊り始めたではないか。


これには文六をはじめとした俺の手下てかも、その他の周りの連中も大笑いだ。


位人臣を極め、今まさに日ノ本を治めんとしている男が、あのような茶目をみせる。悔しいが、並の男にできることじゃない。人とは、位が高くなればなるほどに見栄や自尊心も高くなって、容易に素の自分を晒せなくなるものだ。しかるに秀吉は、あからさまなほどに自然体だった。


人たらし。


よほど気位の高い武士を除いては、秀吉の飾らない態度に俺と同じように感じるところがあるだろうし。兵士にしてみたら雲の上のお人が楽しげに踊り狂っている様子に親しいものを感じて、より『あの人の為に働こう』と思うことだろう。


秀吉が踊りをやめた。


何やら喋って、またしても前のほうがドッと沸く。


そうして。奴は大音声を張り上げた。


「ゆけえええ!」


戦国時代。指揮をする武士に必要なのは軍略でも武威でもない。ただ、大きな声。怒号、絶叫の支配する戦場にて味方に轟く大音声こそが、求められるのだ。その点をもってしても、秀吉という男は突出していた。


「おおおおおおおおおおおおおお」


男どもが応えて吠える。

大地を踏み鳴らして、己が鎧を打ち叩いて、血気に息巻く。


俺はゴクリと唾をのんだ。


豊久よ。俺と巡り合うまで、死んでくれるなよ。






【天正15年03月29日】


夜半である。


俺たちは夜を徹して行軍をしていた。とにもかくにも速度。島津が態勢を整えてしまう前に、一気呵成に攻めて攻めて、息継ぎさせずに沈めてしまおうという戦略なのだ。


夜襲? できるものならばしてみろ。一網打尽にしてくれるわ! という感じである。


そんな目をぎらつかせた兵士と一緒に進んでいた俺は、桐紋という豊臣氏の家紋が記された旗印をもった馬上の武士に呼ばれた。


「もうしもうし! 津野孫次郎殿はおられるか!」


「ここにおり申す!」


武士は馬から降りると、俺の耳に口を寄せた。


「殿下が孫次郎殿をお呼びです。拙者の乗ってきた馬を使ってくだされ」


出来た人だ。もしも秀吉から直に招かれているなどと知れ渡ってしまえば、騒動になると弁えてくれているのだろう。これが分からない奴もたまにいるのだ。秀吉様に呼ばれたのだ、感謝しろ! とばかりに居丈高に大声で言うようなのが。話に聞いたところでは、石田三成がこれに当たると思う。


「承知した」


鎧を着ている俺は文六に手伝ってもらいながら馬上の人になる。


「では」


俺は馬を走らせた。


兵士どもの手には10人置きに松明が掲げられている。

おかげで夜道とは思えないほどに明るい。


その連中の脇を俺は列の先へ先へと向かった。


秀吉は輿こしにのって列の中ほどにいた。


胡坐をかいて背を丸めている姿は、ちんまりした置き物みたいだ。


俺が馬から降りようとすると、それを見た秀吉は


「ああ、いいから降りんでいいから」


気安く言った。


「それでは、馬上より失礼仕ります」


馬を輿へと寄せる。秀吉もまた、輿の上をズリズリと移動して俺のほうへと寄った。


「孫次郎、お主、2つも城を落としたそうじゃね」


「実質はひとつです」


「ほんほん、聞いとるよ。鶴崎城じゃったかな?」


嫌な予感がする。


「で、じゃな」


秀吉はニンマリと笑った。


これだ。この笑顔が俺は嫌いだ。


「妙林尼、とか言うたか? 儂にくれや」


「…あれは、俺の女です」


ふゅふふふ。秀吉が吹き出す。


「違うじゃろ? あれは尼さんじゃもの。誰の者でもないよな?」


まったくその通りだった。


「それでもな、儂はこうしてお主に義理だけは通そうとしておる」


「わかりました。しかれども、すべては妙林尼、次第ということで」


「うん、聞き分けてくれてよかった」


それとな。秀吉が真面目な顔になった。


天下人の眼光に、思わず生唾を飲み込んで言葉を待つ。


「お主、虎之助きよまさに面白い食い物を教えたそうじゃな」


「糠漬けのことでありましょうか?」


「それよそれ。京では虎漬けと呼ばれておってな、儂は悔しゅうて悔しゅうて」


どうにも要領を得ない。というよりも、妙林尼のことで俺は頭が一杯になってしまっていた。


おそらく、妙林尼は秀吉の誘いを断ると思うが。しかし、ここのところの連れない態度を鑑みると、楽観もできない。


ここで俺が頭に来ていないのを、変に思うかもしれない。が、俺はコレでも戦国の世に15年を生きてきた。強き者に家宝だろうが女だろうが、持っていかれるのは仕方ない、という諦観というか、この時代の常識があるのだ。

確かに秀吉にムカつきはしている。けれども、それだけだ。


それに、だ。俺の本当に欲しいものは、申し訳ないが妙林尼ではない。


俺が欲しいのは、土佐を長宗我部のものにすること。そして、俺という人間が生き延びることだ。


非情なようだが、妙林尼と別れるのならば、それもまた縁がなかっただけだ。


狂人。それが俺なのだから。


俺が黙っていると、しびれを切らしたように秀吉は言った。


「気が利かん奴じゃな。儂も、己が名前のついた食い物を流行らせたいのよ。なんぞ、いい案はないかえ?」


催促するように秀吉に肩を小突かれて、俺はようやく物思いを解いた。


「食い物、ですか?」


「そうよ、儂に相応しいもんが欲しい」


「ならば、焼酎はいかがでしょう」


「はぁ? 焼酎だ?」


実のところ焼酎はこの時代でも普通にある。俺も試しとばかりに飲んだのだが、あまり美味いものではなかった。アルコール度数が高いというだけで、平成の焼酎とは似て非なる物という印象だ。


それならば。


俺は秀吉の求めに応じて、俺の知っている焼酎を作ってしまおうと考えたのだ。


白状すると、前世の俺は酒飲みだった。そのうえで、異世界転生物の投稿小説を読んでいたのだ。当然のように『もしも』の時のことを無駄に勉強している。


その勉強した様々なものに、焼酎の作り方もあった。


「そんなもの、もうあるじゃろがい」


プリプリと秀吉が言う。


「その焼酎は過去のものにて。新たに、遥かに美味い焼酎をつくるのです」


「新たに、遥かに美味い?」


「ええ、この日ノ本を新たに、遥かに素晴らしい国へとつくりかえようとしていなさる殿下に相応しいかと」


酒を飲むためなら…嫌いな奴だろうとヨイショしてみせよう。


ふぇふふふふふ。果たして秀吉はニンマリと笑った。


「お主も言うようになったな」


こうして俺は、夜が明けるまで秀吉と綿密に話し合い、時に紙に蒸留器を描いてみせたりもした。。


やがて秀吉は、平成の世の物と遜色のない焼酎をつくりあげる。

しかし、その焼酎が彼の思惑通りに呼ばれることはなく、豊臣秀吉のトの字もヒの字ももない通り名になってしまうのだが、それはまた別の話だ。

お酒は20になってから。

焼酎とかビールって、美味しいんだろうか?

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