寺司浜の戦い
すみません!
9日ぶりの投稿とか…面目ない。
【天正15年03月07日】
早朝。鶴崎城を島津兵が出ていくのを望見していると、放っていた5人が戻ってきた。
「妙林尼様が、会見したいと申しております」
「ならば、あの島津ばらが彼方へ消えてから伺うとしよう」
島津兵は深酒が響いているのかフラフラと千鳥足で、進みが鈍い。
これは妙林尼に会うのは昼過ぎになりそうだ。
鶴崎城へと入城する。城といっても、本当に屋敷に毛が生えた程度でしかない。
けど、堀があったり柵があったりと、防備はしっかりしている。
入ってすぐ、俺たちは女と老人に囲まれた。
最初こそ厳しい目を向けていた彼等だけど、俺たちのまっとうではない様子を見て、幾分か気を抜いているみたいだ。
年増の女に案内されて、文六を伴った俺は奥へと進んだ。
文六の顔が脂下って、視線が前を行く女の豊満な尻に釘付けになっている。
確かに案内している女は肉置きもいいし、美人ではある。
俺からしたら少しばかり年上過ぎるけど、文六ぐらいの年齢の男からしたら垂涎ものなのだろう。
というか、文六が現役なことに微笑ましいわ。
俺は苦笑しながら、肘で文六を小突いた。
文六が俺を見て軽く頭を下げる。
顔は真面目になったけど、それでも視線は尻に固定されてる。
そんなに尻がいいものか? そういえば、男は若いうちは女の胸にセクシャルな魅力を感じて、年経ると尻に移ると聞いたことがある。
なぞと他愛無いことを考えているうちに、女は一室に入ると、そのまま上座に腰を落とした。
もしや?
戸惑う俺たちの前で、女が艶然と笑う。
「初めまして、妙林尼です」
くくく、俺は笑ってしまった。
「これは一本取られましたな」
言って、俺も室内に入って平伏した。文六は部屋に入ることなく頭を下げている。
「礼を失しましたことをお許しください。拙者は津野孫次郎親忠と申しまする」
お顔を上げてくださいな。そう言われて、面を上げる。
文六は残念ながら顔を伏せたままだ。ま、申し訳なくて顔なんて上げられないだろうけどな。
「孫次郎様は豊臣のお方と伺いました」
「まさしく。もっとも拙者は今は葉武者ですが」
「今は、ですか?」
「ええ、今は、です」
俺と妙林尼は視線を交わしあう。
「つきましては、ここらでひと手柄をあげておこうかと」
「本当に、私たちが島津に与してないと思っているのですね」
ここは意味ありげな笑顔で誤魔化しておく。
「恐ろしいお方ですね、あなた様は。上方の武者はみな、孫次郎様のような知恵者ばかりなのですか?」
「ばかり、ではありませんが、拙者よりも出来る将はおりますぞ」
ほほほほほ、妙林尼は笑った。背中がゾクリと鳥肌だつような笑い方だ。
「なれば、島津ばらの命運は決まったも同然」
妙林尼はパンパンと手を打ち鳴らした。
直ぐに女中が遣って来て、妙林尼に紙を渡す。
その紙を妙林尼は床に広げた。
地図だ。
「さて、孫次郎様はどこぞであ奴等を討てばよろしいとお思いですか?」
俺は迷うことなく、大野川と乙津川が狭まっている箇所を指さした。正史と同じ場所だ。
「ここが最良かと」
その後は細々(こまごま)とした配置を相談する。
「さて、行きますか!」
俺は勢いよく立ち上がって、平伏している文六の背中をどやした。
目の端に、文六が立ち上がり際に妙林尼を盗み見たのが分かる。
文六の唇の端がデレッと下がった。
【天正15年03月08日】
知っての通り、俺の配下に機動力はない。先行している島津を回り込んで伏兵になるなんて夢のまた夢だ。
ということで、俺たちは妙林尼と共に島津の尻を追いかけた。
周りは女ばかりだ。
だからといって浮かれた心持ちにはならない。
喪服である真っ白な服を黒い紐でたすき掛けして、これまた白い鉢巻を絞め、薙刀を手にした彼女たちの表情は、まさしく夜叉めいていたからだ。防具すら着けてない。ここを死に際と決めているのだろう。
前にも言ったが、彼女たちは良人や息子を島津に討たれた女なのだ。
この復讐のときを胸に秘め、島津兵の気を緩めるために体を許した者もいるだろう。
しわぶきのひとつとて漏らすことなく、俺たちは進む。
ワァ! と道筋の先で喊声があがった。
妙林尼が先行させて藪に伏せていた老兵どもが動いたのだ。
「行くぞ!」
俺は皆を急がせた。速足になる。部下どもは鎧をつけてないから、女どもに遅れることもあるまい。
続いて、バンバンと遥かな先で銃声がこだました。
鉄砲隊だ。
しばらくすると、前方から武者どもが倒けつ転びつ駆けてきた。
鶴崎城に戻ろうと思ったのだろうが。
「総員、ゆる足!」
俺は声を張り上げた。
「投石用意!」
部下どもが投石器に石を置いてブンブンと振り回し始める。
これこそ、俺が部下に用意させた武器だった。投石器といっても、難しい物じゃない。2メートルほどの紐の中央に草鞋を括りつけただけの代物だ。
石を草鞋部分に載せて、2つ折りした紐の両端を利き手に握ってブンブンと回転させる。勢いをつける。
彼我の距離が縮まる。島津は、こちらの様子に戸惑ってはいるが、未だに敵だとは認識していないらしい。それほどまでに妙林尼に気を許してしまっているのだ。
「撃て!」
部下どもが一斉に石を飛ばした。
その威力は凄まじい。何せ、島原の乱では彼の宮本武蔵ですら投げられた石に当たっただけで戦闘不能になっているのだ。いわんや投石器をや。遠心力まで加わっている石礫の威力は……命中した島津兵の頭が爆ぜた。
「…思っていたよりも威力があるな」
投石器での斉射を3回。
命中率はいまいちか。もう少しばかり練習が必要だな。
息を思いっきり吸い込む。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は吠えた。
文六による戦場作法のひとつ。『声を出せ!』だ。
大声を出すことによって、己の弱気を挫くとともに、敵方の怯みを惹起する。
「行くぞ!」
俺は槍を手にして走った。
「行きますよ!」
背後で妙林尼が激を飛ばす。
しまった。俺の大声にビックリさせてしまったか。
俺と共に突っ込んだのは文六を含めて5人。この人数が配下でまともに槍働きのできる数だった。
が、その質は高い。どいつもが数多の戦場を生き残った猛者なのだ。
まずは、投石を受けてうずくまっている兵士にとどめを刺す。
戦場作法のふたつ。『躊躇いなく殺せ』
傷ついて動けない様子。泣いて命乞いする様子。それが欺瞞かもしれないからだ。見逃せば、背後から襲われる可能性だけが増える。
「ひとーーつ!」
俺は血に塗れた槍を振るった。
わははははは! と大笑いしてしまう。こんなにも命が軽い! これこそが戦国だ!
「手柄首なぞ要らん! ただただ、お前らの命をくれや!」
くるうくるうくるうくるう猛り狂う!




