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鶴崎城の女傑

豊久とは、また近いうちに会える・・・かな?

【天正15年02月28日】


島津しまづ豊久とよひさ

関ヶ原の戦いにおいて西軍に属して、やがて東軍に有利な展開となって退路を断たれた伯父である義弘を逃がさんが為に殿しんがりとなって討死した、勇者のなかの勇者。


今現在の年齢は17歳。


体つきは細身だが、輝かんばかりの美少年っぷりだ。


そいつが太刀を構えて、うっそりと笑っている。


「正真正銘の島津の家系のものか。これは、まさしく手柄だな」


「はは、まだ首を獲ってもいないのに気の早いことだ」


言いざま、豊久が低い姿勢から蛇が跳ねるような動きでもって俺のすねを薙ぎにきた。


地面に槍の石突きを着いて、それを支えに飛び上がる。


すると、豊久が伸ばした刀に引き寄せられるようにして体を寄越した。


実に奇妙な体さばき!


「むん!」


その横っ面に蹴りを放つ。


これにはたまらず、奴は両腕で顔をかばったものの、吹き飛ばされてゴロゴロと地面を転がった。


「ぅおのれ!」


怒りの声をあげながら、鼻血を垂らした豊久が立ち上がる。


「くそくそくそくそくそがああああああ!」


吠えながら、地面をげしげし蹴りつけている。

しかも笑いながら。


なんとも奇天烈な奴だ。


「お前! つえーなぁ!」剣の切っ先をこちらに向けて怒鳴る。

「上方の連中は、みんなお前並なのかよ!」


「いいや、俺より強いのはわんさといるぞ」


聞いた途端、豊久は……泣き出した。


ボロボロと涙をこぼしながら輝かんばかりの笑顔で


「聞いたかよ、お前ら! わんさ、とだと! これより強いのがわんさといるんだとさ!」


言いながら、豊久は駆けだした。


そして、俺の顔面に何かを投げつける。


土だ! 地面を転がった際に握り込んでいたものか。


槍を両手で構えていた俺は、まともに土を顔に浴びてしまった。


ちょくちょく俺が使っていた手だが、他人にやられるとは…!


「もらった!」


豊久が刀を振り下ろす。


「やらねぇよ!」


目くらめっぽうで、奴の振り下ろす刀めがけて槍を振るう。


ガチン! という音と重い手応え。


手がしびれて、槍を落としてしまう。


だが、それは豊久も同じだった。


目をしばたたいて、どうにか確認した豊久も腕をおさえて刀を地面に落としている。


「まだやるか!」


「やらいでか!」


俺と豊久は、事前に言い合わせていたように寸鉄を外した。


こいつをココで殺すのは惜しい。殺るならば、戦場で! 互いに思った結果だった。


「りゃあ!」


豊久の拳が俺の顔面をとらえるも、俺は一歩も後退してない。


「どうってことねぇな!」


な! でお返しの拳を見舞う。


豊久も耐えてみせた。


「そっちこそな!」


殴られ! 殴り! また殴られる。そんなことを何十回と繰り返し…最終的に立っていたのは


「…………」


豊久が殴られて膨れ上がった面に笑顔を貼り付けたまま、バタリと倒れた。


勝因は、ひとえに身長たっぱの差だ。

俺は豊久よりも身長があるから、体重を乗せた打ち下ろしになる。一方で、豊久は俺の顔面めがけて打ち上げる形になってしまっていた。体重ののった重い打撃と、無理な姿勢での打ち上げ。当然、俺に分があった。


それまで喝采をあげて応援…というよりも、ただ興奮していた豊久の配下どもが遣って来て、年若い主人を抱き起した。


「いいものを見せていただきました」


顔に切り傷をこさえた年嵩の男がそう言うと、ニヤリと笑う。


「次に会うのは戦場ですな。楽しみにしておりますぞ」


帰るぞ! 年嵩の男が指示して、俺に親し気に手を振りながら島津の者どもが引き返してゆく。


「なんともはや…。九州征伐は一筋縄ではいきそうもありませんな」


文六の言葉にうなずいて、俺はそのままぶっ倒れた。






【天正15年03月05日】


近場の村で怪我の養生をして1日。そのあとは、ひたすら歩き続けて、とうとう着いた。


豊後府中鶴崎、鶴崎城。大野川河口の三角州に築かれた平城である。


しかし望見した鶴崎城は、城というよりも、こじんまりとした館というおもむきだ。


かつて、あの城は大友氏の家臣である吉岡よしおか統増むねますのものであったが、その統増は宗麟に従って臼杵うすき城に籠城してしまったために、母親である妙林尼みょうりんにが留守をあずかっていた。しかし戸次川の戦いで勢いに乗った島津勢に攻め込まれてしまう。鶴崎城の戦力は老兵や農民の女子供ばかり。若い兵士は息子が連れて行ってしまったからだ。普通ならば降伏を選ぶ。しかし妙林尼は籠城をし、しかも16度も島津兵の攻勢を退けることに成功する。


「たいした女子おなごですな」


俺の話を聞いていた文六たちが感心する。


「ま、そのあとは食料がなくなったこともあって和睦したんだがな」


「ということは、あの館は今は島津のものなので?」


「今は、な」


俺は鶴崎城に目を向けた。


「どういうことで?」


「あの様子を見てみろ」


鶴崎城は右や左の大騒ぎをしている。


「なるほど」


文六は分かったようだ。


俺は他の連中に教えてやった。


「撤退準備をしてるんだよ。豊臣の軍勢が揃いつつあるのを知って、島津は広がってしまった戦線の縮小をしてるんだ」


「慧眼ですな」


文六が褒めたのは島津ではない。俺に感心しているのだ。


それはそうだよな。豊臣の軍勢に備えて、島津が戦線を縮小する。その隙をついて、撤退する島津勢の後背から襲い掛かる。俺に未来知識があるとは知らない文六からしたら、伏龍鳳雛かって感じだろう。


「では、撤退途中の背後を突くと?」


「ああ、丹波少将ひでかつ様に褒美をもらうのも悪くはないだろ」


俺の嫌味に、配下の連中が薄く笑う。


「それに、道々、文六に教えてもらった戦作法を試すのにちょうどいい」


「なるほど」


「だが、その前に城主の妙林尼と話をつけないとな。間違って攻撃されてはかなわんからな」


俺は文六をふくめた配下の者5人を鶴崎城へと派遣した。

本当なら俺自身が乗り込みたいところだが。なにせ俺は目立つ。


しばらくは、ココで隠れて待ちぼうけだ。






【天正15年03月07日】


さて。妙林尼について詳しく話そう。


先にも書いたが妙林尼は島津軍と和睦した。その和睦するまでの戦いでも、妙林尼は280丁もの鉄砲と地形を利用した落とし穴を備えて、島津勢を翻弄せしめた。


これだけでも大したものだが、その後なのだ。真に妙林尼が凄まじいのは。


和睦し、城に攻め手の島津勢を迎えた妙林尼は、自らは侍女をともなって城下にある家臣の家に移った。そうして今までの態度を一変させて、島津兵をもてなすのだ。

島津を率いていた3将。伊集院美作守、野村備中守、白浜周防守を自邸に招いて饗応し、若い女には島津の兵士に酌をさせ、機嫌を取ることに専心する。

これには長いあいだ国許を留守にして1人身を持て余していた諸将もほだされてしまった。


そう。ハニートラップである。


やがて天正15年3月。

島津家久より、豊後に駐留する全軍に退却の命令が届く。


当然、鶴崎城の3将も引き上げの準備を始めた。


野村備中守は妙林尼を訪ねて訊いたのだという。


「我らは明日、薩摩へ戻ります。妙林尼殿は以下がなされますか?」


妙林尼は答えた。


「大友家に背き、皆さまと深く交わりましたわたくしは、最早ココに残れません。わたくしも、女どもも、残らず連れて行ってくださいまし」


この言に、野村備中守はたいそう喜んだ。妙林尼に懸想していたのだ。


彼は妙林尼のために輿こしを用意し、馬を準備した。よほど入れ込んでいたのだろう。


その夜。妙林尼は3将を自邸に招いて盛大にもてなす一方、城でも別れの宴をひらいて島津の兵士に美酒、美食と女をあてがった。


3月7日。


3将と島津の兵士は『よろぼひ、よろぼひ』鶴崎を出立した。


妙林尼はこれを姿の隠れるまで見送った。

彼女は言ったのだ。「わたくしどもは、後始末が終わり次第に後を追います」と。


もはや3将も島津の誰もが、妙林尼に疑いを持たなかった。


妙林尼は女どもを振り返って叫んだ。


「者ども! 島津への恨み果たすは今こそぞ!」


妙林尼は耳川合戦で夫を島津に討たれている。ずっと恨み骨髄だったに違いない。


そして3月8日である。


一路、薩摩へと急いでいた島津軍は大野川と乙津川のあいだを進んでいた。


その時である。藪より集団が現れて島津軍は横合いから襲われた。思いがけに襲撃に混乱し慌てふためく島津軍は北の寺司浜へと逃げる。が、ココに妙林尼は鉄砲隊を伏せていたのだ。巧みに誘い込んだのである。


退路を求める島津兵は鉄砲に撃たれ、または渡河を試みるも川にはまって溺死した。


この時、妙林尼は日向後家と呼ばれる耳川合戦で島津に夫を討たれた女どもを自ら率いて勇戦している。


これによって、伊集院美作守、白浜周防守を含む3百名以上の島津兵が戦死した。

野村備中守もまた、胸に受けた矢傷がもとで逃げた先の日向の高城で死亡している。


女傑。まさしく妙林尼は女傑であろう。


俺は、その妙林尼の活躍のお相伴あずかろうとしているのだ。

今週の投稿はココまでだと思います。


あとは、「吠えたぎる日」に専心させてもらいます。

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