島津豊久
お久しぶりです。
長いあいだ、ご無沙汰をしまして申し訳ありませんでした。
これからも、ちょこちょこ投稿していきます。
【天正15年02月26日】
結論を言えば、飯の量は他の班と同じになった。
だが、俺は牢にいれられた。
当然の処置ではある。下手したら謀反だからな。
俺は秀吉のお気に入りだと思われているから、座敷牢だ。
逃げられないようにしっかりした造りだから隙間風は入らないし、飯なんてわざわざ向こうから持ってきてくれる上げ膳据え膳だから、外にいる時よりもよほど待遇はいいかもしれない。
そんな反省の色のみえないことが秀勝に伝わったものか、俺は3日目にして座敷牢から解放されて、命令を受けた。
曰く。『本体が進発するに先立って、先々の安全を確保せよ』
「体のいい厄介払いですな」
文六の解釈に、俺も同意見だ。
そもそも本体を率いるべき秀吉が九州に到着してないのだから先立ち過ぎだし、先々の安全…つまり砦や小城の調略をするのならば、50人程度しか率いてない俺では力不足だ。
「どうも俺は、あの隻眼の棚ボタに嫌われたらしい。とはいえ、命令は命令だからな。行かにゃーなるまい」
「難儀なことですな」
とは言いながら、文六ども50人の顔に不平や不満はない。むしろ、俺に従うのが嬉しいのかニコニコとしている。
「では、行くとするか」
「目的地は?」
そうだな…。俺は考えて、あることを思いだした。今からなら、余裕をもって間に合うはず。
「豊後府中、鶴崎城へ向かう」
【天正15年02月28日】
俺の班員に五体満足な奴はいない。
片目が見えない者、指がない者なぞは可愛いもので、片腕がない、耳が聞こえない、そんな大きな不具をかかえた連中が8割を占める。しかも年を食っているから体力のないこと甚だしい。1日に行軍できる距離は15キロといったところだろう。
とはいえ、欠点ばかりではない。
長生きをしているだけあって、誰もが何がしかの特技を持っていた。観察眼に長けた者、健脚の者、耳ざとい者、こう書けば普通に思えるだろうが、未来に生きていた記憶を持つ俺からしたら、理屈に合わない、まさしく超能力としか思えない段違いの能力をもっている連中すらいた。
今、そんな突出した技能をもった連中の1人が、俺に報告に来ていた。
「前方に軍勢がたむろしてますじゃ」
こいつは集団のなかで一番の年嵩だった。が、視力が異常にいい。
前世でマサイ族の視力が8.0~12.0あると聞きかじった憶えがあるが、彼は少なくとも10.0はあると思う。ちなみに10.0の視力とは、視力検査で馴染みの『C(0.75センチ)』を50メートル離れた位置から確認できるほどだ。
その視力の発達した老爺の足代わりになって肩車している2メートルを超える巨体の男もまた、この時代ではガタイのよさだけで超人といえるだろう。もっとも、彼は戦場で活躍できない。おそらくは心臓が小さいために、過度の息を荒げるような運動ができないのだ。
「文六、この辺りに味方が展開していると聞いたことは?」
「ありませんな」
「ということは、敵か。旗指物の家紋は見たか?」
「丸に十の字でごじゃいました」
島津か。
「人数は?」
老爺は皺がれた両の掌の広げた。
「この指の数を5回繰り返した数ですじゃ」
「50人か…」
人数的には互角だが、真っ向からぶつかって勝てるはずもない。
「しかし、何でまたこんなところに」
この辺りは前世でいうところの日出町だ。港があって利便のいい中津に集合している豊臣勢と、九州の南に地盤を築いている島津勢との緩衝地帯といったところだろうか。いいや、どちらかといえば豊臣寄りの地域といっていい。
「あら~馬鹿だな」
発言した者に、俺は目を向けた。
「どういう意味だ?」
「言ったとおりですがな、馬鹿なんじゃろうよ」
「んん?」
小首を傾げる俺に、文六が補足してくれた。
「戦場馬鹿という奴ですよ。三度の飯よりも戦が好き、そんな馬鹿たれが世の中には稀にいるんです。前方にいる島津の連中も、そういった馬鹿の類で、いそいそと戦を求めてこんな場所まで遠出して来たんでしょう」
「なるほど、島津の戦馬鹿か」
島津といえば、未来でも伝わっているほどの血狂いだからな。さもありなん。
俺は配下の連中に目をやった。
このまま引き返して、秀勝に『戦馬鹿がのこのこ近づいている』と報告したのなら、ほどほどの手柄にはなる。
いいや。無理か。
引き返すうちにも、行軍速度が違うから追いつかれてしまうだろう。
なんせ50人からの移動だ。どうしたって、道には跡が残るから、追跡は避けられない。
なら、手柄は諦めるか。
「おう、お前ら! 今から山に身をひそめろ。相手はどうやら気〇がいだ、触らぬ神に祟りなしというやつだ」
「若は、どうなさるので?」
「俺は、ちぃっと興味があるから挨拶してくる」
そう言うと、配下の連中がドッと笑った。
「若は面白いのう」
「島津のことを悪く言えんで」
「おら~、今こそ若のことを見直したでや」
好き放題言ってくれる。
連中のはしゃぐのを聞き流して、俺は歩き出した。
その後を、どういう訳か50人が笑いあいながら付いてくる。
「お前ら、山に隠れろと言っただろうが」
立ち止まって言い渡すが、連中は誰一人として従おうとはしなかった。
「そんな面白いものを見れずに隠れていろとは、そりゃ、殺生ですぜ」
うんうん、と連中がうなずく。
「あのな~。付いてきたら、まず死ぬぞ」
「それは若も同じことでしょう?」
「まぁな」
狂っている。そう指摘された時から、俺は吹っ切れていた。
死がこわくないはずがない。が、それ以上に、今の時代に生きている連中を見て見たいという思いが強くなっていた。
親父の長宗我部元親。兄の長宗我部信親。恩人ともいえる藤堂高虎。豊臣秀吉。豊臣秀長。菊額。加藤清正。この世に生きている男どもの鮮烈な個性と生き様に、俺は魅かれていた。
「死ぬときは、死ぬんです」
その文六の達観した言葉で、俺は配下の連中の好きにさせることにした。
「行くぞ!」
再び、前を向いて歩き出す。
しばらくすると、遥か道の先に古めかしい姿の武者どもが見えてきた。
島津の戦馬鹿どもだ。
こちらの姿を望見して、緊張しているのがわかる。
「おーい! あんた等は島津の者かよ!」
大声を張り上げる。
「そうだが、お主らは何もんじゃ!?」
返ってきた声が、他人のことは言えないが若い。
「我らは豊臣のもんだ!」
すわ! とばかりに島津勢が得物を構える。
だが、俺はどこ吹く風で近づいた。
「よぉ!」
と手を上げる。
連中を率いているのは、随分と若い少年の武者だった。年齢は俺と同じか、ちと上だろう。
「まぁ、待て。こっちは戦う気がない。それとも、島津ってのは我らのような者どもを討って誉とするような家なのか?」
顔立ちが異様に整った少年は、俺が率いる50人の不具の老兵どもを見渡して、刀をおさめた。
それを見て、従う連中も得物をおさめる。
「我が島津家に、弱き者を一方的に痛めつける家風はない」
「さすがは島津だ、誇り高い」
「で。お主は何者で、このような場所で何をしておったのだ」
「それがしの名は、津野孫次郎親忠」
津野? と少年が首をかしげる。
「分からんか。では、長宗我部の三男坊だと言えば、どうだろう?」
「おお! 長宗我部の!」
劇的だった。少年の目が爛々と輝く。
「戸次川での長宗我部勢の武者ぶりは真に素晴らしかったと、伝え聞いておりますぞ!」
今しも握手をしてきそうな勢いだ。もっともこの時代に握手なんて習慣はないが。
「それで、もう一度訊くが、このような場所で何を?」
「本体進発前の露払い…という名目での厄介払いをされてしまいましてな」
「ははぁ」
と少年は俺が率いる配下をみて唸る。
「今度はそれがしが尋ねるが、あなた方こそ、何故このような場所まで?」
「実は、戦を求めて…」
恥ずかし気に少年が頬を掻く。
これは文六の言ったとおりだ。
「それは、つまり…戦馬鹿ということですかな?」
戦馬鹿。俺の発言をなぞるように呟いた少年が哄笑をした。
「戦馬鹿とは、最高の誉め言葉だ」
「あなた方に接触をしたのは、戦馬鹿というのを見てみたかったからなのですよ」
「なるほど。しかし、言わせてもらえば、孫次郎殿とて狂うておられる。我らを観たいが故に、命の危険をおかすなどと普通ではありませんからな」
「よく言われますな」
あッはははは! 笑った少年は、次の瞬間。笑顔を引っ込めて、刀を抜いた。
「せっかく戦馬鹿を見たのです。今度は、その身で味わってみてはどうですかな?」
「いいですなぁ、それでこそ」
俺も穂鞘を払って、槍を構える。
「そういえば、お名前をまだうかがっておりませなんだな」
「これは失礼をいたした。それがしの名は、島津又七郎豊久」
美しい顔をした少年は、無邪気に、しかし鬼のように獰猛に笑みをつくった。




