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部下どもの忠誠

【天正15年02月20日】


「参ったな」


文六の班とかいう連中に引き合わされた俺は頭をガシガシ掻いた。


だってさ、みんな爺さんなんだぜ。片腕のない者までいる。


要するに、だ。


兵士を差し出さなければならないが、若く五体満足な男がいなくて都合がつかなかった村がある。そこで苦肉の策として、人数合わせで送り出された、そんな連中なのだろう。


爺さん。と言ったが、おそらく誰もが年齢は50に届いてない。

それでも俺の主観で爺さんに見えてしまうほどに老い疲れた顔をしていた。


食う物もたいして食えない時代なのだ。


「で、お前さんが文六か?」


前に進み出てきた男に俺は訊いた。


陽に焼けて、なめし皮みたいな肌艶になっている。

それはつまり、働き者ということだ。


「そうでごぜえます」


「それがしの名は津野孫次郎と申す。今これより、お前たちを引き連れることとなった」


「ははぁ」と50人が膝を突こうとするのを


「やめよ!」と俺は制した。

「ここは戦場だ。敵に隙を見せるが如き振る舞いはいらぬ」


それから、と付け加える。


「それがしはこれが初陣だ。正直に言うと、戦の勝手が何ひとつ分からん。それに比べて、お前らは戦場の経験があろう。いわば先達だ。何か思うことあるようなら、遠慮なく俺に忠告してくれ。いいや、ハッキリ言おう。それがしに戦場で生き残る術を教えてくれ」


ざわざわと50人の老兵が顔を見合わせる。


初めてなのだろう、教えてくれなどと言われたのが。しかも相手は正真正銘の武士だ。


「津野様は面白きお人ですな」


文六が好々爺然とした笑みでもって言う。

彼の背後では49人の老兵が俺の出方を固唾をのむようにして見守っている。


「こんな場所で死にたくはないからな。せっかく授かった命だ、どうせならお前らのようにじじいになってから、子や孫に囲まれてポックリ逝きたいんだ」


ドッと老兵どもが笑った。


何事かと、周りにいた兵士どもが注目する。


「文六、お前は今までで幾回の戦場に出た?」


「そうですなぁ…。13で小競り合いに引っ張り出されてから、この歳まで毎年1回は領主様に召し出されておりますから。せいぜい35回にはなるでしょうか」


俺は目を細めた。


この男。文六がただ者ではないと察したのだ。


何故か?


35という数字を数えたからだ。

普通の農民は数など10まで知っていれば上等の部類なのだ。


「文六よ。これよりお主は、それがしの師だ」


性急だと思うだろうか?

だが、俺には戦場作法を教えてくれる者が必要なのだ。


死なぬためにも。生き残る術を手に入れたい。


「そのような…」


文六が躊躇うが、彼は俺にとっての藁だ。逃がすわけにはいかない。


「決めたのだ、よいな?」


「ははぁ」


「では、手始めにそれがしは何をしたらいい?」


問いかけると、文六は口を開きかけてから俺の顔色を伺うような素振りを見せた。


「先にも言ったが、文六はそれがしの師だ。思うところあらば言うてくれ」


「でしたら、言いましょう。まずは飯を食いましょう」


「飯?」


「ええ、飯です。腹が減っていては動けませんからな。それと、津野様は隙を見せるなとお仰いましたが、ココはお味方の陣の奥深き場所。このような場所から気を張っていたのでは、いざ戦場にでたところで気疲れしてしまって、働けません。加えて、お味方にも肝の小さい奴と馬鹿にされましょう」


文六が俺をジッと見詰めている。


俺はクハっと吹き出した。


「そのような顔で見るな。言うたであろう、お主は師であると。怒ったりはせんよ」


俺は柏手を打つと


「飯だ! 飯にするぞ!」


皆に指示した。


「文六の言うとおりだ。腹が減っていては力もだせん。それに気を張るのは戦場で十分だ。みなも座れ、胡坐をかいて楽にしてくれ」


49人の部下は顔を見合わせてから、そろそろと尻を地面に下ろす。


いかんな。まだ俺になついている感じではない。

最も会った早々だからな。


とはいえ、戦の始まる前に連中の気持ちを俺になびかせておきたい。


「文六よ、これでみなに酒でも飲ませてやってくれ」


俺は文六を呼んで、金子を渡した。


この金子は四国の播磨屋から送られてきたものだ。

米飴と寒天の売り出しは好調だと書簡につづられていた。しかも土佐は秀吉の肝いりで好景気に沸いているらしい。


「よろしいので?」


「気にするな」


「おい! 皆の衆! 津野様が、酒をおごうてくださるぞ!」


わ! と老兵どもが歓声を上げ、周囲の兵が羨ましそうにコチラを見る。


「津野様、よろしいですか?」


振り返った文六が、小声で顔を寄せてきた。


「申せ」


「では。このようなことは2度となさいませぬよう」


理由わけは?」


あなどられます。津野様は若い。それこそ儂等の孫ほどの年齢です。甘い顔をみせていると、つけあがるアホウがいないとも限りません」


「なるほどな。では、これで最後だ」


「そのように」


言うと、文六は仲間の元へと歩いて行った。






【天正15年02月23日】


俺は50人と寝食を共にしていた。


この3日ほどで1人1人の名前も覚えた。


そのおかげだろう、だいぶん打ち解けたように思える。


もっとも文六の言ったように俺は若い。少年だ。だから、何処とはなしに軽んじられている雰囲気はあった。


昼餉を食いながら、俺は文六に相談した。


「まずいか?」


もちろん食事の味のことではない。

老兵どもに敬われてない現状を問うたのだ。


「このようなものでしょう。後は戦場で津野様の武威を見せつけてやれば、よろしいかと」


「武威とは言っても、それがしは初陣だ。おそらく戦場の雰囲気にのまれて、ただただ暴れることしかできんぞ」


「それでいいのです。暴れることこそが肝要。むやみやたらと得物を振り回すような武者には相手も逃げ腰になります。なればこそ、戦場で生き残ることもできましょう」


「そんなものか」


言いながら、俺は椀のなかの雑炊を啜った。


味はともかく、量が少ない。

こんなものでは腹5分目にもなりはしない。


それは俺が若いからというだけじゃない。

50人の老兵どもは1日中腹を鳴らしているのだ。


ぎゃははははは! 品のない笑い声に目を向ければ、隣の班の若い男が俺の部下に絡んでいた。


「爺さんども、まーた腹を鳴らしてんのかよ? 食いながら腹を鳴らすなんて器用なもんだな」


俺は立ち上がると、その男へと歩み寄って、背後から首に腕を巻き付けた。


「おい! お前は何で腹が鳴らんのだ?」


男の首を絞めながら引きずって、隣の班の連中の椀を覗く。


すると驚いたことに、連中の雑炊は具だくさんで量も多かった。


とりあえず男を絞め落として、俺は近くにいた文六に問うた。


「これはどういうことだ?」


「儂等はじじいですからな。足手まといで、飯も満足に食わせる必要がないということでしょう」


「舐めた真似を」


俺は固唾をのんで見守っている老兵どもを振り返った。


「おう、付いてこい。これから兵糧方に乗り込んで、思う存分、飯を食わせてやる」


50人を引き連れてズンズンと進む。


老兵どもも飯の量に差をつけられたのが面白くないのか、鼻息を荒くしている。


兵糧方は、俺たちのように仮設で建てられた屋根だけしかない掘っ立て小屋に雑魚寝ではなしに、立派な屋敷に起居していた。


俺は押しとめようとする警護の者どもを無視して、玄関で大声を張り上げた。


「申し! 申し! それがしの名は津野孫次郎親忠。我が班の飯の量が少ないのだが、誰の差し金かね!」


繰り返し繰り返し大声で唱えていると、根負けしたように奥から役人っぽい男がでてきた。


「飯の量はきちりと各隊に送っておる。文句があるならば、隊の者にいうがよろしかろう」


なるほど、こすい真似をしていたのは秀勝か。


「皆の衆、引き返すぞ!」


俺は踵を返すと、腹を鳴らしながら、秀勝のいる屋敷に乗り込んだ。


正直、腹が減ってイライラしていた。


「何用ぞ!」


門の前で警護の兵が通せんぼする。


スーと俺は深く息を吸ってから


「それがしは津野孫次郎親忠! 丹波少将ひでかつ様は、どのような理由わけをもって、それがしの班の飯の量を減らされるのか! これでは満足に戦働きもできませぬぞ!」


「だまれい!」


警護の兵が殴りつけてくる。

俺はその腕を取ると、勢いを利用して投げ飛ばしてやった。


集まってきていた警護の兵どもが殺気立つ。


だがな! 俺だって怒ってるんだ!


「俺はな! 大切な部下どもが腹を鳴らしてるのが悔しくて仕方ねーんだ! こいつ等がじじいだから役立たずだと? ンなこたー戦場で俺たちの活躍を目にしてから言え!」


「孫次郎様」


呼ばれて振り返った俺は、文六をはじめとした老兵どもが膝をついて頭を地面に垂れているのを目にした。


「そこまで儂等のことを思うて下さるとは。儂等一同、孫次郎様に惚れました」


俺は思いがけず、50人の心からの忠誠を手にしてしまったようだった。

終わり方が、唐突かな?

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