藤堂高虎
【天正13年、冬】
羽柴勢との戦に敗れて降伏した長宗我部元親は、恭順の意を示すために大阪へとのぼった。
その行列のなかに俺もいた。
周りの大人たちは誰もが悄然としていた。
四国攻めの総大将だった羽柴秀長との講和で、長宗我部は土佐を安堵されていたが、それでも『長宗我部はこれで終いだ』『取り潰される』とそこかしこで囁きあっていた。
なんといっても盛大に手向かってしまったのだ。長曾我部の血に連なる者を生かしておく意味がない。
俺だって殺されるだろう、と決め込んでいた。
けれど、殺されるにしても、俺は周囲の大人たちと同じように塩垂れた姿を見せるのは嫌だった
馬に揺られながらも敢然として顔を上げていた。
羽柴の武者どもに恥ずかしい姿を見せたくなかったのだ。
そんな虚勢を面白く思ったものか、堺の港で俺は声をかけられた。
「童、怖くねぇのかよ?」
不躾な男だった。俺は小なりとはいえ領地をもつ当主なのだ。礼を欠いている。
とはいえ、文句は言えなかった。
相手の身なりが立派だったからだ。
四国のような田舎ではまず見ることのない豪奢な当世具足をみにつけ、体格のいい馬に乗っている。
ひと目で名のある武将だとわかった。
「怖くはありませぬ」
俺は相手に目もむけずに、むっつりと不機嫌に答えた。
無礼な相手には無礼で十分、敗軍を舐め腐るような羽柴づれと馴れ合うつもりはない、と言外にこめて。
「小僧!」
男の引き連れていた侍どもが怒気を向ける。
が「かまうな」男は諫める。
それだけ。男からの返事はなかった。
ただ、ジッとこちらを見つめている視線を感じた。
触らぬ神に祟りなし、とばかりに周りにいた俺の供は離れてゆく。
薄情だとは思わない。
長曾我部が負けた今、その長曾我部から養子に入って当主となった俺は用済みの邪魔者でしかないのだから。
俺は馬上の男から視線を浴びつつ、しばらく無言で歩いた。
時間にして四半刻は頑張ったと思う。
「なぶりますか?」
ついに俺は馬の足を止めて、男を見上げた。
改めて見ると、男は存外に若かった。30前後だろう。
鷲のように鋭い目が、愉快気に俺を見ている。
ただならぬ雰囲気に、行列が止まった。
男が手を払う。
引き連れていた侍どもが動いて、ただちに行列を再発進させる。
「なぶるつもりはなかった」男は言った。
「虎之助や市松がまだジャリガキだった頃に似てたもんだから、ついな。といっても分からんか」
ははは、と男は笑う。
その笑い方が、何かを…きっと虎之助や市松とかいうのを思いだしている感じがして嫌味がなかった。
思わず、毒気を抜かれてしまう。
ひとしきり笑った男は名乗った。
「儂は藤堂高虎」
俺は緊張した。
藤堂高虎といえば大物中の大物だ。秀吉の弟である秀長に仕え、10年にも満たないうちに5000石を拝領するまでになった男。今回の四国攻めでも大功があったと聞いている。
「それがしは津野親忠と申します」
「津野? たしか長曾我部の…」
「三男です。大阪の城にて学ぶためにまかりこしました」
「うむ」と藤堂様はうなずく。俺の立場を察してくれたのだろう。
続けて「先ほどは失礼を」と頭を下げようとした俺に
「気にすんな、無礼だったのは儂だからな」藤堂様は言うと、ニヤリ笑って「気に入った」膝を叩いた。
その様子に面食らっている俺に
「そなた、大阪に世話してくれる者はおるのか?」
「正直に申して、当てはありませぬ」
四国は田舎…というよりも京周辺では蛮地とさえ蔑まれている。しかも長曾我部は天下人ともいえる羽柴に逆らっていたのだ。わざわざ世話を焼こうとする人間がいるはずもない。
藤堂様は「さもありなん」嬉しそうに頷くと言った。
「ならば、儂が後見してやろうよ」
「なれども」
「心配せずともよい、長宗我部殿には儂から言っておく。それとも、儂ていどが後見役では不満かね?」
こうまで言われては断れるはずもない。
以来、俺は大阪にて何くれとなく藤堂様の世話になることになる。