加藤清正
だいぶん間が空いてしまいました。
ごめんなさい。
【天正15年02月06日】
「ほう、こやつが金を生み出すんかい?」
場所は俺の屋敷。
秀吉に報せを遣ると、待ちに待っていたのだろう、いそいそと忍んで来た。
「その通りでございます。今まで捨て値で売り払っていた粗銅から金を取り出す、まったき新しき技術をこの理右衛門は頭に仕込んでございます」
「ならば、こやつはお主の弟子なのかい?」
「いいえ。その技術は理右衛門めが己自身で編み出したもの。それがしは関係してございません。旅の合間に噂で耳にし、これはと確信していた次第にて」
「ふ~~ん…。ま、言いたいことはあるけんども、儂は金さえ手に入るなら、それでいいわ」
理右衛門とやら、顔を上げ。
そう促されて面を上げた少年が、彼奴の目に囚われるのを俺はただ見ていた。
「儂は幾らでも協力を惜しまんよ。励んでくれるかね?」
「は! 必ずやご期待に添えてみせまする!」
「おほ! 頑張ってくれな!」
秀吉は理右衛門の華奢な肩に手をのせて激励した。
天下人にこれほど懇意にされて、15歳の理右衛門が陥落しないはずがない。
すっかりのぼせ上った理右衛門は、そのまま部屋を退き下がった。
これから秀吉の部下と新しい窯にかんしての話し合いをするはずだ。理右衛門にはトロッコのことも話してあるから、ついでに拵えてくれるやもしれない。
「さーて…。金を生み出すと言った親忠のことは、一応は信用しよう。ただ、まだこの手に金を齎したわけじゃないからの、褒美は渡せんよ」
「分かっております。しかし、理右衛門がまさに金を殿下に齎した暁には、ある男をそれがしの部下にしていただきたい」
「ある男? 誰かの~?」
おそらく秀吉は、俺が誰を欲しがっているのか知っていながら韜晦する。
俺は言った。
「仙石権兵衛めを」
仙石権兵衛秀久。
天正14年。九州攻めにおいて四国勢の軍官を任されておきながら、己の武功のためだけに無用の攻勢にでて、戸次川の戦いで遂には四国勢を残して敗走し、兄である信親の死因となった男。
今は領地を改易され、高野山に追放処分となっているはず。
秀吉はクックックと薄ら笑った。
「そんなに、あのヘタレが憎いかい?」
憎い! この手で縊り殺してやりたいほどに。
だが、俺は答えずに、静かな口調で訊いた。
「くれませぬか?」
「いいや、あんな奴でよければやるよ。所詮、あやつは『こんな無能でも豊臣でなら立身できる』という広告でしかなかったからの。人材の揃った今では無用の人間よ」
クハハ、と笑うと秀吉は身軽に立ち上がった。
「親忠、次に会うのは九州でじゃな」
「それがしの出立は何時に?」
「10日に小一郎と共に来い。活躍を期待しとるでな」
【天正15年02月08日】
体をつくるために、とにかく俺は運動をしていた。ダンベルのような物を用意して、筋トレに励み、食事も牛の乳と鶏肉・大豆を中心に摂って、朝昼とランニングをして持久力をつけている。
そんなランニングの最中だった。
「おい! 貴様が津野親忠に相違ないな!」
ああん? 俺は馬で飛び出してきた侍を見上げた。
立派なヤギ髭をこしらえた20代半ばの男だ。
「甘言を弄して殿下を誑かさんとする、食わせ者めが! この儂が成敗してくれる!」
十文字三日月槍を俺に突きつけてくる。
俺は、だが動じることなく突っ立っていた。
眉をひそめてヤギ髭が俺を見詰める。
「どうした! 逃げるなりしてみせろ!」
「何故、それがしが卑怯者を相手に逃げなければならない?」
「誰が卑怯者か!」
「あんただよ。無手のそれがしに槍を突き付け、名乗りすら上げない。卑怯者以外に言い方があるなら教えてくれよ」
ヤギ髭はブルブルと震えると、槍を地面に突き刺すなり、馬から飛び降りた。
でかい男だ。180センチに届かんとする俺よりも、頭ひとつ分は背丈がある。
「儂の名は加藤主計頭清正じゃ」
こいつが…。
加藤清正といえば、秀吉配下の武将のなかでも最有力な男だ。幼少の頃から秀吉のもとで育てられた為に、まさしく子飼いといえるほどに秀吉を慕っている。もっとも、その忠誠は秀吉という個人に対するもの。関ケ原では、豊臣を裏切って徳川につくのだから。
「それがしは、津野孫次郎親忠。で、何の用なんだ?」
「ずいぶんと横柄な態度をとるものだな、小童」
「己を成敗しに来た男に、なんでへりくだらねばならんのだ?」
くく…くははははははは!
清正がいきなり笑いだした。
「済まなかった、儂が勘違いしておったようだ。許してくれ、孫次郎殿」
「どーせ、殿下が俺のことを褒めてたんだろ?」
取らぬ狸の何とやらだが、懐に入る金の量が増えるとあって、秀吉はご機嫌らしいからな。
それで俺のことをペラペラと褒めちぎったんだろう。
俺は武功すらない、言ってみれば『似非』の武士だからな。
清正のような手柄を積み上げてきた輩からしたら、秀吉をだまくらかして取り入っている胡散臭い奴なのだ。
秀吉大好きな清正たちからしたら『ぶっ飛ばしてやる』と思われても仕方ない。
「褒めておった。それこそ、九州征伐を忘れているんじゃないかと思うほどに、浮かれて、お主を褒めておったわ」
やっぱりなぁ。
俺は頭をガシガシ掻いて、溜め息をついた。
たぶん、わざと俺にヘイトが向くように仕向けているんだろう。天正15年の現在、既に石田三成を筆頭とした文治派と、加藤清正を筆頭とした武断派の対立が始まっている。九州征伐を前にして、その隔意を俺にヘイトを向けることで緩和させようとしているに違いない。
俺の扱いなんて、こんなものだ。四国に渡った時と同じ。金を増やせる今となっては死んでしまってもいい、死ななかったら使い道が増える。そのぐらいなのだ。
「んじゃあ」と俺はもろ肌脱いだ。
「やるかい? このままだと、お互いに気が済まないだろうしな」
いきなり槍を突きつけられたのだ。実のところ、俺は怒り狂っていた。
「いいねぇ」
清正も上半身裸になる。
細マッチョというやつか。無駄な肉のついてない体つきをしている。
「いくぞ!」
「応さ!」
俺たちは真っ向から組み合った。
相撲だ。
だが、ただの相撲じゃない。組み合いながらも清正が膝蹴りを俺の脇腹にぶつけてくる。
こーいう相撲だ。
お返しに俺は清正の鼻面めがけて頭をかちあげてやる。
とはいえ、俺はまだまだ体重が軽い。
簡単に投げ飛ばされてしまった。
ゴロゴロと転がって、すぐさま立ち上がり、低い姿勢からのタックルをかましてやる。
清正が倒れる。倒れた上に馬乗りになって顔面を1発殴ってやったところで、髪を掴まれて引き離され、腹パンをかまされてから、放り棄てられた。
「どーした? そんなもんかよ? 菊額を討ったんじゃねーのかよ」
「ッせーな! せっかくの昼飯を吐いちまったじゃねーか」
その吐いた物を土と一緒に掴んで、清正に投げつけてやる。
反吐をぶつけられた清正は凶悪に笑った。
「ぶッ殺してやるよ」
「やれるもんなら、やってみろや!」
殴り殴られ、蹴り蹴られる。
お互いに土まみれ、俺だけ血まみれになったところで
「殿!」
と清正の配下が駆け付けてきた。
「ここまでだな」
仰向けに転がされていた俺の腹を踏みにじっていた清正がニヤリと笑う。
「ッめー…。おぼえてろよ」
「こんなにヨエー奴のことを憶えてられるかよ。夕飯時には忘れちまってるわ」
踵を返し、清正は馬に乗る。
「お前ら、帰るぞ!」
清正は配下を引き連れて元来た道を帰って行った。
「クソが!」
鼻血をドバドバとこぼしながら、俺は立ち上がった。
絶対に手加減されていた。
あしらわれた。
悔しさに苛立ちながら、俺は重い足をひきずって1人、屋敷に戻った。




