蘇我理右衛門
【天正15年02月05日】
俺は金を生みだすと宣言してみせた。
しかし魔法を使えるわけでもなし、本当に金を創りだすことなぞ出来るはずもない。
ならば、どうするか?
答えは簡単だ。
今あるもの、つまり金山からの産出を増やしてしまえばいいわけだ。
容易に実現できるとしたら、トロッコだろう。
この手押し車があるだけで、鉱石などの荷運びが格段に手軽になるはずだ。線路や貨車の製造も、それほど手間をかけることなく完成可能だろう。
だが。
こんな小手先のことで業突く張りの秀吉が納得するとは思えない。
だから、新しい技術を導入させる。
それが『南蛮吹き』だ。
戦国時代には『灰吹き法』と呼ばれる方法で鉱石が精錬されていた。しかしながら、この方法では粗銅に含まれる金銀を分離することが適わなかった。そのため、明をはじめとした分離技術をもっていた国々の商人はこぞって日本から粗銅を安く買い求め、金銀を取り出して破格の儲けを得ていたのだ。
その粗銅から金銀を取り出す技術こそが『南蛮吹き』である。
詳しい南蛮吹きでの精錬方法は省くが、俺はこいつをよく知っていた。
それというのも、前世で勉強したからだ。実物の窯を拝みたくて全国の廃鉱を巡ったことさえある。
そこまでした理由は、言うまでもない。
戦国時代に行けたのなら『金になる』と思ったからだ。
「異常だな」
ガンに蝕まれて動揺していたとはいえ、正常な人間の思考じゃない。
思えば、その頃には秀吉の言うとおりに狂っていたのだろう。
だから南蛮吹きの仕組みを説くことはできる。
しかし、欲の皮が張った秀吉のことだ。はやく金を手にしたいが為に、窯の実物をつくって見せろと言い出しかねない。
それでは九州征伐に参加できない。
既に九州への出兵は進んでいて、10日には秀長も出兵するのだ。
ならば、どうすべきか?
簡単だ。
南蛮吹きを開発した本人に、全てを任せてしまえばいい。
彼の人の名前は蘇我理右衛門。今から4年後には南蛮吹きを開発するはずだ。
住居は河内国の五條のはずだが、確信はない。今時分は銅精錬・銅細工の修行で何処ぞへ出ているやも知れないからだ。
「おーい、団子をくれ」
五條に着いた俺は、茶店の縁台に腰を下ろした。
へーい。と返事があって、しばらくすると親爺が団子と白湯をもってきた。
「なぁ、親爺。ここらで蘇我という家を知っているか?」
「へぇ、知ってますが」
訊いてみるものだ。
団子を平らげた俺は、親爺に聞いた蘇我の家へと足を進めた。
「立派な屋敷だ」
蘇我という名字からして由緒がありそうだしな。
「もーし! もーし!」
門前で訪なう。
「もーし! もーし!」
「ぅせー!」
しつこく呼んでいると、少年がすっ飛んできた。
こいつが理右衛門か? 年齢は1572年生まれの15だったはず。適う年恰好ではある。
少年は威嚇するように俺をみていたが、その視線が俺の腰元の大小に釘付けになる。
「あ、あの~。なんぞ我が家に用ですか?」
少年が顔を青くして尋ねる。それはそうだ。俺は二本差しの武士。そんな武士に「うるせえ!」などと怒鳴ってしまったのだから。
「用があるから来た」
「は、はぁ。…では、直ぐに父を呼んできますので」
「いや、いい。俺が用のあるのは、お前だ」
「俺…わたくしに、ですか?」
「名前は理右衛門、でいいのだよな」
「なんで、わたくしの名を…」
当たりだ。
「ここではなんだ。どこぞ、ゆっくり話せる場所へ案内してくれ」
案内されたのは、理右衛門の部屋だった。
逃げ出すように茶を出そうとするのを制して俺は切り出した。
「粗銅から金銀を抽出する方法…」
に興味はあるか? という俺の言葉尻は
「誰から聞いた!」
という理右衛門の驚愕に掻き消された。
「俺しか知らないはずなのに!」
してみると、既に南蛮吹きの開発に着手していたということか。
15歳なのに。大したもんだ。
「お前こそ、何処で知った?」
掴みかかろうとする理右衛門の手首をギリギリと掴んで、俺は逆に訊く。
痛みで頭が冷えたのか、理右衛門は俺が手を放すとペタンと尻餅をついて話し始めた。
彼は知り合った異人に話を聞いたのだという。
その異人は日本人を馬鹿にしており、理右衛門は酒を飲ませてへべれけにしたところで簀巻きにしてしまう積もりだったらしい。ところが、酒に酔って好い気分になった異人は、粗銅を安く売っては外国を儲けさせる貴様らは阿呆だ、と得意になって喋り始めた。むろん、理右衛門に異国の言葉はわからないが、そいつの言い草が気になって憶えておいたのだ。
「すべての言葉をか…。とんでもなく頭が良いな」
「わたくしにとっては、普通のことですので」
それから理右衛門は伝手を頼りに記憶していた言葉を翻訳した。異人は技師であったらしく、粗銅から金銀を取り出す方法を日本人を嘲弄する言葉を交えて詳しく話していたのだ。
そうして理右衛門は南蛮吹きを考え出したのだという。
そう。考え出した。もう目星はついているのだ。
ただ、金がない。窯をつくるための資金がなく、それで苛ついていたらしい。
「孫次郎様は、どこぞで新しい精錬の方法を知ったのでしょうか?」
「お前と同じ、その異人からさ」
「それは…。ですが、あの異人は酒が元の刃傷沙汰で亡うなっております」
「ならば、死ぬまえに聞いたのだろうよ」
「あなたは…いったい」
理右衛門が恐れを含んだ眼差しを向ける。
「お前は、窯を完成させる元手が欲しいのだな。ならば用意しよう」
「失礼ですが、それは強制ですか?」
「どういう意味だ?」
「わたくしは、この新しき精錬の技をもって立身したいのです。ですから、完成したあかつきには大阪の同業者に技術を教えるつもりでした」
「出世をささえる後ろ盾がほしいということか」
「おそれながら」
なるほど。俺みたいな小僧では心もとないか。
だが。
俺は懐刀を取り出した。
理右衛門が逃げ腰になる。
構うことなく、俺は懐刀を差し出した。
理右衛門がまじまじと懐刀を見詰め…驚愕の表情を浮かべる。
「後ろ盾として、充分であろう?」
懐刀には豊臣の家紋が金箔で押されていた。
これが部下も供もなく、長宗我部からも疎遠になった俺の、ゆいいつ身分を保障するチカラだった。
「こ、これは…真ですか?」
「明日だ。明日、関白殿下に紹介する。用意をしておけ」
へ? と理右衛門が間の抜けた顔をする。
そんな彼を残して、俺は部屋をあとにした。
屋敷の門を出るころに、内がドタバタと騒がしくなっているが、それはそれは大事になっていることだろう。
これで課題はひとつ終わりだ。
代わりに秀吉に何を要求するか?
俺はニヤニヤしながら帰路をゆっくり歩いた。




