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狂った男ども

前回の投稿から間があいてしまったので、急いで書きました。


矛盾やら納得いかないところが多々あるかとおもいます。

そういった個所は感想でお知らせください。


折々、訂正させていただきます。

【天正15年02月04日】


「ただ今戻りました」


頭を下げていた俺は、その人達が座った気配に帰参を告げた。


「おほ! 言うたであろ小一郎、こやつは必ず帰ってくると」


「まこと、兄上の慧眼には感服いたします」


うふふ。その人は満足気に笑うと


「顔を上げ」


言い渡した。


ゆっくりと面を上げる。


深夜だった。燭台の灯を背に、2人の男が座っていた。


美濃の守こと、豊臣秀長。灯影に陰った温和な顔の奥で、冷徹な眼差しが俺に向けられているのを感じる。


そして。


豊臣秀吉。人好きのする笑顔を浮かべつつ、俺を観ている。あの目で、観ている。


「あ奴は、なんぞ言い残したか?」


「なにも。ただ笑って逝きもうした」


「ほうかほうか、満足して仏さまになりおったか」


「兄上の、ひいては豊臣の土台となれたのです。当然のことかと」


「ほうじゃのぉ」


ニコリと笑った秀吉は「津野親忠」と俺の名前を呼んだ。


しずしずと歩み寄って、言った。


「お主、狂っておるじゃろ?」


俺は応えない。

応えずにいると、秀吉は俺の耳元で「狂うておるよな」囁くなり、立ち上がってクルリクルリと回り踊り始めた。


「だってよ、小僧の分際で、天下人たるこのわしに土佐の地に帰してくれなぞと意見するんじゃもの。普通じゃないわな。普通じゃなければ、それはつまり…。小一郎?」


「狂っておりますな」


「そうよ、狂うておる! 儂等兄弟と同じ。目的のためなら! 欲しいもののためなら! 外道に踏み出し、左道を歩む、気違いよ!」


外道。左道。

その物言いで確信した。


「やはり。明智様を裏で操ったのはあなた方でしたか」


俺の言に、秀吉の踊りが止まる。


前世からずっと、俺は不自然だと思っていたのだ。

中国大返しといわれる天正10年に起きた強行軍。本能寺の変で織田信長が明智光秀に討たれると、すぐさま羽柴秀吉は矛を交えていた毛利と停戦して、京都へと引き返した。その距離は200キロ、しかも10日間で、だ。そんなことが可能だろうか?


ある説は、伝令を走らせて夜でも行軍できるよう道に松明を灯し、握り飯を用意していたからこそ、短期での強行軍が可能だったと説く。では『その補給物資はどうしたのか』と問えば、信長の援軍を要請していた関係から、道中に信長本体を歓待するための準備をしていたと答えられる。


だが。


水掛け論になってしまうが『本能寺の変』が起きることを事前に知っていたからこそ、信長の歓待にかこつけて道中の下準備をしていた…とは考えられないか。


それだけではない。


整備されてない道を10日間で200キロ。しかも武器や甲冑を身につけてである。それがどんなに無理があるか。因みに自衛隊では15キロ行軍というものが入隊1ヵ月後に行われるのだが、自分の体重を加えた100キログラムを超えるフル装備での行軍で、ヘトヘトになってしまうという。

足軽と現代人との体力を比べるのはどうかと思うが、果たしてそれほどの違いがあるだろうか。運動不足の現代人。戦の最中で大した物も食べてない栄養の足りてない足軽である。


さらに『本能寺の変』の直後なのだ。行軍途中に敵が現れないとも限らない壮絶な緊張が付きまとうのだ。


200キロを10日間で。


踏破できるか?


できたとして、疲れ切ったなかで明智軍と戦えるのか?


だが、その不可能ごとを。目の前の小男はやり遂げたのだ。


知っていたからこそ。黒幕だからこそ。


道中に危険がないと知っていたからこそ。


「同輩をあやつって、主君をしいした。違いますか?」


「おッそろしいことを言うなぁ、親忠は…」


「誰もが分かっていながら、殿下を恐れて黙っている。でも、俺は狂っていますから。言いますよ」


笑ってやる。笑ってみせる。


秀吉に指摘されるまでもなく。俺はもう、とっくに知っているべきだった。

信親兄の死を知って、前世を思いだした時から。


俺は狂っているのだ。


そもそも俺の知識は…正しいのか? 妄想ではないと、誰が言い切れる。


「小一郎。こやつ…生かしておくべきか?」


鋭い視線が俺を射る。


「兄上の思うままに」


その言葉に、秀吉は破顔した。


「儂はよ、天下が欲しゅうて欲しゅうて、それで狂うた。親忠。お前は何が欲しくて狂うた?」


「俺は、土佐国に長宗我部があり続けることを欲して…狂いました」


「ならばよ。長宗我部を土佐の地に。約束は守ろう。故に、そなたは儂のもとに傅け」


「そんなに、俺が必要ですか」


「欲しいな」秀吉が笑顔のままに俺を見詰める。

「儂はな、豊臣を泡沫うたかたの夢になぞしとうないのよ。そのためには次の世代を背負って立つ若い力がいる」


「加藤様や福島様では?」


「夜叉若も市松も、おねと母ちゃんが武士に育ててしまったからのう」


「いざとなれば保身に走るかも…知れません」


兄の言葉を、弟が引き継ぐ。


「己を恃み、心細き主君なぞ主君でなし。それが武士だからのう」


当時の武士に忠誠心なんていうものはない。懸命に働けば、見返りをくれる。そんな相手に武士は仕えるのだ。甲斐性のない主君ならば、捨てるのが武士というもの。とはいえ例外はある。ロマンに生きてしまう男たち…菊額のような輩だ。真田信繁もこれに当たるだろう。しかし。それとて、厳密にいえば己の親族血縁が残っているからこその生きざまでもある。大谷吉継のような友の為に死ぬなぞというのは例外中の例外だ。


「その点、親忠は違う。お主は武士である前に、気狂いだからの。儂と同じで、主君なぞもたない。ただ欲しいものの為に戦い続ける。その我武者羅こそ、次代の豊臣に必須なもの」


「主君をもたないからこそ。俺は裏切るやもしれませんよ?」


「それはないな。何故なら、儂はこれから長宗我部に全力で肩入れをする。それこそ他の者共にやっかまれ、豊臣の後ろ盾がなければ直ぐさま潰されるほどにな」


豊家が続く限り、長宗我部は繁栄するということか。


気付けば、俺は声を上げて笑っていた。

涙を流して笑っていた。


今の俺では、どう転んでも敵わないと思い知ったのだ。


ならば。


「いいでしょう、俺の全力をもって殿下に仕えましょう」


「太々(ふてぶて)しい態度じゃな」


「まことに」


天下に名だたる兄弟は、言いながらも笑みを交わし合う。


「では、殿下。あなたは俺に『武』を求めますか? それとも『知』を求めますか?」


「もちろん」秀吉は莞爾となって言った。

「両方じゃよ」


「兄上は、菊額を負かしたそなたの『武』にも期待しておられる。なれば、それは九州で示してもらう」


「じゃから、まずは『知』じゃ。錬金術じゃったか? 宣教師どもに訊いてみたが、親忠ほどの面白き知識をもった者は見つからんでな。津野の地も探らせたが……それらしき者はおらなんだ」


ジッと探るように秀吉が俺を観る。


「この際、お主がどうやって秘術を得たのかは訊かん。ただ、その『知』を披露してもらおう」


「わかりました。なれば錬金の秘術にて、金を生み出して御覧にいれましょうぞ」


ウフ。と秀吉は今度こそ心底から嬉しそうに無邪気に笑った。

「ホントじゃな、親忠? 嘘を吐いたら、殺すぞ?」


「ええ、嘘なぞつきませぬ」


ウフ、ウフフ。秀吉は踊り狂う。クルクル、クルーリ、俺の周りを跳び跳ねる。


そんな灯影のなかを狂乱する小男に、俺は訊いた。


「殿下は、なにゆえ俺を土佐の地へと送り出したのですか?」


津野の地を調べたと言った。つまり、俺を派遣する必要がなかったということだ。


「小一郎、教えてやれや」


秀吉は踊りながら言う。


「我らは長宗我部家の内紛を既に知っておりました。そこで、親忠殿を送り込み、供につけた菊額に狼藉を働いた罪でもって、そのまま長宗我部から土佐の領地を取り上げてしまおうと策謀していたのです。親忠殿、獅子身中の虫たりえるそなたを菊額が屠ることも含めて」


「だが、親忠は菊額を負かした! 無能ではなかったわけだ! 儂の言うておった通りだわ!」


「しかも後々分かったことですが、錬金術はそなたしか知らぬようですからね」


「帰ってきてくれてよかったぞ!」


俺は、満足げに死んだ菊額を思いだしていた。

あの男は、俺が秀吉に従わざるを得ないことを知っていたのだろう。


何もかもてのひらの上かよ。


だが。長宗我部を盛り立ててくれるというのなら、望むところではある。


今は。

今は、秀吉。お前の為に力を尽くそう。


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