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死闘

【天正15年01月21日】


転がり落ちた先で、俺は起き上がろうともがいた。


傷は…浅い、と思いたい。

直前に相手の腕を斬り落としたおかげだろう、左の胸乳から右脇へと走った斬り傷から骨が見えたり、内臓がこぼれたりはしていない。


問題は血だ。

このままだと失血で不味いことになる。


息を殺して潜む。


斜面の上で話し合う声が聞こえてきた。


「仕掛けたのか? 首尾はどうだ?」


「ひと太刀くれてやったが、逃した。この下だ」


「分かった」


聞こえた瞬間だった。


ぎゃあ! 男の断末魔が耳に届いた。


「褒美は俺がもらっておく」


褒美を独占したいがために、殺したか。


斜面を下りてくる物音がする。


俺の得物は脇差のみだ。太刀は斜面を転がり落ちるうちに手放してしまっていた。


「逃げるが勝ちだな」


屈みこんだ姿勢のままで、刺客の反対方向へと進む。


サラサラと水の音が聞こえていた。

川が近いのだ。


上手くいけば逃げられるかもしれない。


一縷の希望にかけて気力を振り絞る。

意識が朦朧としていた。血を流し過ぎている。


刺客は確実に俺に迫っていた。

血の跡を追っているのだ。


息が乱れる。


ふと力が入らずに体が傾いだ。

泥濘ぬかるみに尻餅をついてしまう。


これが幸運だった。


副子そえこが俺の頭のあった空間に走ったからだ。


※副子とは、小刀のことです。


「運がいい」


のそりと大柄な男が姿をあらわした。


「だろう」虚勢でニヤリと笑いつつ、立ち上がる。

「あんた、何処からの刺客だ?」


「教えると思うかよ?」


「死体になってからじゃ、訊けないからな」


「面白い冗談だ」


男がヌラリと白刃を抜く。


俺も脇差を構えた。


男が動く。太刀を振り下ろす。


余りにも馬鹿正直な刃筋。だが、だからこそ恐い。菊額殿に似ているのだ。

それはつまり、戦場で生き延びたわざだということになる。


俺は跳び退くようにして大きく退がった。


それが良かった。


横凪の刃が俺の直前を薙いで過ぎたからだ。


腕を伸ばし、体を前のめりにしてまで、男は俺を追ったのだ。

体制が崩れることなど気にすることもなしに。


しかし、これで隙ができた。


俺は突きを繰り出そうとして。


相手の顔に浮かんだ薄笑いに悪寒を感じて、咄嗟に得物を退いた。


直後、俺の突き込んだであろう場所を下からすくい上げるようなかたちで刺客の刃が通り過ぎる。


力任せの一撃だ。


だが、あのまま突き込んでいたら。脇差は、俺の手から放れてしまっていただろう。


ジリジリと刺客の圧に押されるようにして、後退する。


「どうしたどうした、儂を死体にするんじゃなかったのか?」


応えようにも、言葉が喉をでなかった。

ゼッゼッと呼吸音だけしかでやしない。


ちゃぷり、と足が水辺を踏んだ。


これ以上は退がれない。


死線だな。


ここに至って、心は凪いでいた。


「諦めたかよ」


刺客が笑う。


諦めるだ? こちらこそ笑ってやりたかった。

俺は一度死んでいるんだ。何もかもを諦めて絶望して、死んでいるんだ。

だから、今度は何としても生きてやる。


生き延びてみせる。


刺客が悠然と太刀を振り上げ……その胸に俺は最後の力を振り絞って跳び込んだ。


思わぬ俺の行動に焦ったのだろう。体制が崩れて、わずかに…本当にわずかに太刀を振り下ろす速度が遅い。


だから俺は、肩を鍔元で切られるだけで済んだ。


代わりに、刺客の胸には俺の脇差が根元まで埋まっている。


「お見事」


それだけを言うと、刺客は俺の勢いに押されるようにして倒れた。

俺もまた、刺客の上に倒れる。


もはやごうも動けなかった。


俺はそのまま意識を閉じた。

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