目覚め
【天正14年12月20日】
「兄上が…亡くなっただと?」
敬愛する兄である信親が九州の地で戦死したと聞かされ、俺は愕然とした。
血の気が引き、目の前が暗くなる。
近侍の前だというのに、威厳もなく片腕を突いて項垂れてしまい…
そこで
そこで…俺は思い出した。
己の運命を。長曾我部元親の三男『 津野孫次郎親忠 』が如何なる未来に辿り着いてしまうのかを。
俺は己の未来を知っていた。
いいや、俺以外の戦国武将の未来をも知っていた。
混乱する。
混乱しながらも思い出す。
俺は…遥かな未来に生きていた。
名前は。名前は…思い出せない。
だが、死んだはずだ。
病死。
そう、癌で死んだ。
天涯孤独だった俺は、たった一人。
病床では現実逃避から戦国時代の本を読みふけり、やがて戦国時代のSLGを遊びまくるようになった。
なかでも、お気に入りは長曾我部。
長曾我部で何度も飽くことなく天下を取った。
理由は、余りにも長宗我部が不憫に思えてしまったからだ。
日本の田舎のなかでも飛びぬけて田舎の土佐の国人から成り上がり、四国を平定した元親。
けれど結局は豊臣秀吉に負かされて土佐に押し込められ、元親亡き後の関ケ原の戦いでは西軍についたおかげでその土佐すら召し上げられてしまう。
同じような田舎大名の伊達家と比べて、なんと果報の薄いことか。
そう。俺と同じように。
同類相哀れむでもないが、肩入れしたくなってしまったんだ。
俺は決然として顔を上げた。
「至急、藤堂様に会わねばならん。面会を申し入れてくるのだ」
俺の言に、近侍が大急ぎで立ち去る。
見送った俺は、これからのことを思い出していた。
長曾我部は信親という人物を失ったことにより、おおきく衰退していくことになる。
端的に言って家中が動揺し、鎮めることが出来なくなってしまうのだ。
柱石たるはずの元親は長男の死に冷静さを失い、次男の親和、そして三男の俺、親忠を退けて、家臣からの評判のよくない四男の盛親を世子にしてしまう。
本来ならこれを重臣が諫めなければならない。
だが、上手くいかないのだ。
吉良親実や比江山親興といった元親を諫めた反盛親派は、彼らが重臣にもかかわらず粛清されてしまう。
殺されてしまうのだ。
これで家中が元親のワンマンになってしまったのは想像に難くない。
以降は、よく聞く話だ。
ワンマン経営者の死後、継いだ若社長は世間知らずで、会社を潰してしまう。
そうして俺は…親忠は、元親に嫌われて今から13年後には幽閉され、関ケ原の戦いの後では徳川とつながっていたと讒言されて盛親に殺される。はずだ。
そんな未来は御免だった。
俺は死にたくない。
生きて。
生き続けて。
そのうえで土佐の出来人の息子として、長宗我部の家を存続させ、発展させたい。
俺は立ち上がり、障子を開けて、縁側から裸足で庭におりた。
視線の彼方には雄大な城がそびえている。
大阪城だ。
このことから分かるとおりに、俺は四国にいない。
13歳の頃から約1年、14歳の今日まで人質として関白殿下…豊臣秀吉の膝もとで暮らしている。
「戻れるか?」
四国に。土佐に。
自問するが、俺の気ままに帰してくれるとは思えなかった。
俺は目を閉じて考える。
考えをめぐらし。思案し。悩み。
心を決めたところで、人の近づく気配に目を開けた。
大阪城が茜に染まっている。
12月のことで、日足が速い。
「殿」
片膝突いた近習が心配そうに声をかけてくる。
気づけば体が氷のように冷えていた。
吐く息が白い。
「藤堂様は何と?」
「明日にでもお会いしてくださるそうです」
「そうか。感謝せねばな」
頷いて、俺は屋敷へと踵を返した。
兄、信親の無念を思う。
誰よりも優しかった兄上。
生まれてすぐに津野氏の養子にいれられた俺を心配してか、信親兄は暇あるごとに顔を見に来てくれた。
それこそ信親兄は習い事に追われていて、暇があるぐらいなら体を休ませたかったはずなのに。
父親である元親は信親兄に期待を寄せて、過剰な英才教育を施していたのだ。
馬術に槍、太刀、弓に鉄砲。加えて和歌・連歌に礼儀作法、鼓や笛。果ては蹴鞠に碁まで。
日本の中心である京都から、日本の辺境である土佐の地まで達者を呼んで師事させていたほど、と言えばどれほど苛烈な教育を施していたか分かってもらえるだろう。
何時だったか。
俺は信親兄に聞いたことがある。
「辛くはないのですか?」と。
俺は津野の家中で腫物のように扱われていて、何処へ行くにしても護衛という建前の監視がつけられていた。
だから、同じように自由なく家臣に注目されている信親兄も、苦しいだろうと思い込んでいた。
けれど…信親兄は言った。
「毎日が楽しくてしかたないわ」
晴れやかに。見惚れてしまうほどの笑顔で、今でも思い出せるほど、てらい無く答えたのだ。
「知らないことを知ることが出来るのは楽しいし、出来なかったことが出来るようになるのも楽しい。下々から声をかけられるのは嬉しいし、臣から期待をされると気合が入る。もちろん、孫次郎とこうして語り合うのも楽しいぞ」
ああ。俺はしみじみと思ったものだ。この人は…長曾我部信親様は天才なのだ、と。
実際、大阪にのぼって有名無名様々な士と会ったけれど、信親兄ほど才気のほとばしる人物はいなかった。少なくとも、俺の目通りがかなうような位には…。
ふと、頬に冷たいものを感じた。
見上げれば、ほとほとと雪が降り始めていた。
「明日は積もるかもしれんな」
俺の独り言に、近侍が「そうですな」と応える。
その思ってもみなかった言葉に、俺は虚を突かれ、弾みで涙がヒトシズクだけ落ちてしまった。
書いてみました。
完全に不定期です。