『痛み請負人② 猫も杓子も』
『痛み請負人②』
これは、金さえ払えば人に自分の痛みを肩代わりさせられる保険、『痛み保険』ができた少し未来の話。
あるところに、熊さんと八っつぁんという二人の男がいた。二人とも酒が好きで、宵越しの金は持たぬ主義というところも一緒だった。いつも二人でつるんで、馬鹿なことばかりしていた。
八っつぁんが、今日も今日とて、酒を飲もうと家の金に手を出すと、女房がぴしりとその手を叩いた。
「あんた、自分の酒代くらい自分で稼いだらどうなんだい?」
そういわれると髪結いの亭主としては、ぐうの音も出ない。
八っつぁんはふてくされて、熊さんの長屋へと向かった。
「亭主の酒代くらいケチケチせずに出すのがいい女ってもんだぜ。それをあのクソ女ときたら。だいたいこのご時世に仕事なんてあるかい?貧乏人の食い扶持といったら血を売るくらいだよ。」
「うーん。八っつぁん、アレはどうだい?最近はやりの『痛み保険』の請負人ていうのは。なかなかいい稼ぎになるそうだよ。」
「なに?なんだい、それは」
「痛みの保険さ。保険に入ってる金持ち連中の痛さを、金をもらって、肩代わりするんだよ。こう、頭に小さな機械を入れて、それで痛さを受信するらしい。」
「へぇ~、そりゃ面白そうだ。やってみようかな。いや、しかし。熊さん、一つ一緒に行ってもらえないかい?なんだか、一人でやるのは恐ろしいよ。」
「そりゃ、構わないけどね。俺も金は欲しい。」
「そうと、決まりゃあ、善は急げだ!今から行ってみようじゃないか。」
二人は連れ立って、ドヤ街の東の外れにあると噂の痛み保険のビルに向かった。
「痛み請負人とやらをやってみたいんだが。」と熊さん。
「痛み保険のご利用をありがとうございます。当保険の痛みには、三ランクあります。『些細な痛み』『普通の痛み』『死ぬほどの痛み』からお選びください。」
「ふーん。どうしたものかね」とは八っつぁん。
「俺ぁ『普通の痛み』にしとくよ」
「そうかい?じゃあ、俺もそれにしようかな」
「ありがとうございます。お二人様、『普通の痛み』でご案内致します。こちらの書類にサインをしてください。なお、手続きはキャンセルできませんのでご了承ください。では、手術を行いますので、あちらの部屋へどうぞ。」
「ところで、どんな奴のどんな痛みを受けるかは教えてもらえないのかい?あとからひどい目にあうのは嫌だよ。」
「それは、お客様のプライベートですので。しかし痛さの程度は、普通の痛さには変わりませんので、ご心配なく。」
別室に通された二人は、寝椅子にうつぶせに寝かされた。すると、医者のようななりをした男がやってきて、後頭部に注射をされた。
「イテッ。」
「これで手術は終了です。お二人の頭に埋め込まれた、機械が当保険の被保険者様の痛みを受信致します。」
二人はたんまり金を受け取ると酒場へ向かった。
「へへへ、案外簡単に儲けちまったなぁ。」と八っつぁん。
「だけどよ、どんな痛さが待ってるのか考えると少しドキドキするぜ。」
「大したこたぁねぇよ。普通の痛みっつうからには、歯痛とかそんなもんだろうよ。」
一日目はなんともなかった。しかし次の日になると、熊さんが腹が痛いと言い出した。
「イテテ。腹がいてぇや。被保険者の野郎、腹をくだしやがったよ。」
「そいつは気の毒に。大丈夫かい、熊さん。」
「あんたはなんともないのかい、八っつぁん?」
「いやぁ、なんとも。ギャッ。足の先がビリッときやがった!被保険者の野郎、足に箪笥でも落としたかな。やっ!今度は腰の骨のあたりががビリッときた!しかもジーンといてぇな。被保険者の野郎は、箪笥を落とした上に腰までやっちまったか。ちょっと間抜けな奴だな。」
そのまた次の日。
「被保険者のやつ、風邪ひいたみたいだ。腹痛の次は頭痛だよ。朝から身体がだるくてたまらない。」
「そうかい、大変だな。イッテェ! これは、鼻面をひっかかれたみたいな痛さだよ。はあぁん。被保険者の野郎は女たらしだな。女房に遊びがばれたんだ。それで鼻面ひっかかれたに違いねぇ!」
そのまたまた次の日。
「すっかり、全快したようだよ。朝から気分爽快さ。だけど、指先が痛いよ。これは、たぶん、ドアに挟んじまったんだなぁ。」
「ははは、そいつは笑えるね。ギャア!ケツがいてえ!何かに噛まれたみたいな鋭い痛さだ!ケツに穴が開きそうに痛い!その上、ここんとこ毎日、夕方になると首がしまって苦しいんだよ。」
「大丈夫かい。いったいぜんたい、八っつぁんの被保険者のやつは何者だろうね?ちょいと間抜けで女好きでケツを噛まれて夕方になると首を絞められる仕事をしてる・・・のかい?」
「知るもんか!この痛さは、なんかの動物に噛まれたのかなあ。」
「なんかの動物に噛まれるなんて、マタギとか。それとも、動物園の猛獣係とかな。」
「ぶるるっ。おれぁ猛獣に噛まれて死ぬ痛みなんて御免だよ。」
そのまたまたまた次の日。八っつぁんが長屋に来ないので、熊さんは心配して、八っつぁんを訪ねた。
「た、たすけてくれぇ、熊さん!体中がかゆ痛い!ギャア!その上、またケツがいてぇ!ウワァ、今度は喉が詰まる!苦しいよぅ!」
「大丈夫か!八っつぁん!」とはいったものの、痛い、という感覚があるだけで、実際なにが起こっているわけでもない。熊さんは、全身を掻き毟ってもんどりうつ八っつぁんを見ていることしかできなかった。それでも、一時すると、八っつぁんは落ち着いてきた。
「確かに死ぬほどの痛みじゃねえけど、毎日こんな目にあったんじゃ耐えられねえよ。だいたい、熊さんのはともかく俺の痛みはなんか変じゃないか。」
「うーん、かといってキャンセルはできないしねぇ。」
「だけどさ、せめて、どんな野郎なのか知りたいよなぁ。そうだ!熊さん、あのビルに忍び込んで、俺の被保険者を確かめやろうじゃねえか。」
「おい、本気かい、八っつぁん。」
「おうよ、本気だとも。こんな目にあって、黙ってられねぇよ!今夜決行だ!」
二人は、夜陰に乗じて痛み保険のビルに忍び込むと、警備員の詰め所にこっそり、睡眠薬入りの弁当を、差し入れだというメモ書きとともに置いた。警備員はまんまとそれ食ったようで、小半時もすると詰め所からはいびきが聞こえてきた。
二人はそろそろと、事務所の中に忍び込んだ。書類棚をあさっていると、八っつぁんが声を上げた。
「熊さん!見つけたよ!ここに被保険者一覧リストってのがある!」
「どれどれ。お前さんの被保険者は・・・。山田エリー。小洒落た名前だな。十三歳か、まだ子供じゃないか。」
「腹立たしいぜ。どうせ外国の金持ちの娘だ!」
「おっ、住所が書いてある。」
「なにっ。行ってみようぜ、どんな面か拝んでみてぇ。」
二人は書類に書いてある、住所をメモに書き写すと、一度引き返した。
二人は、日を改めて、富裕地区に忍び込むことにした。仲間に頼んで野菜の卸売商に化けて、関所を通過することに成功した。そして、仲間と別れると、住所を頼りに富裕地区を歩き回った。
「そろそろだぜ、熊さん。住所によると、この角を曲がったところにある家だ。」
「あっ、八っつぁん。あれじゃないかい?」
二人が物陰からうかがっていると、家の前に、とんがり眼鏡をかけてピンクの服を着た、小太りの中年女が見えた。
「ややっ、女が出てきたぞ。あいつか!」
「いや、ありゃあどう見ても四十は超えてるよ。」
「すると娘かな。」
女が家を振り返って、声をかけた。
「エリーちゃん、出てきなさい。」
すると、一匹のヨークシャーテリアが玄関ポーチから飛び出してきた。
「げっ」とは熊さん。
「首輪をつけましょうね~。」とは中年女。
「うっ、首が締まる!くそぅ、今までの痛みはあのワンコロだったのかい。ゆ、許せねえ。いくらなんでも酷いぜ。いくら貧乏人だからといって、犬っころの痛み請負人だなんて!あのワンコロ、ぶっ殺してやる!」とは八っつぁん。
いうやいなや、八っつぁんは物陰から飛び出すと、女を突き飛ばして、犬に飛びかかった。
「縊り殺してやる!」そういいながら、犬の首を絞める八っつぁん。
「キャンッ」
「やめろよ、八っつぁん!そんなことしたら、あんたが!」とは慌てた熊さん。
「あっ、首が締まって意識が遠のいていく・・・」
後には、気絶した犬と八っつぁんが転がっているばかりでした。
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