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カゴメ_リンク_ワールド  作者: 田畑 案山子
1/1

睦月・前

 昔の人々は電波や音波を使って世界中の人々と、時間と場所を超えコミュニケーションを取っていたらしい。

 それは、凄いことだし素晴らしいことなのだろうとも思うが、非常に大変そうだと感じる。


 人というのは集団の中で生きる動物であり、社会を営む動物であり、人と人との関わり合いが大切だと教えられてはいるのだが、全世界を範囲として多くの人々とコミュニケーションをとるというのは、一人の人間の許容範囲を超えてはいないだろうかと心配になる。これは、人とコミュニケーションをとることが面倒だと感じる人間の思考であって、余計な心配かもしれない。とにもかくにも、それは過去の話だ。


 世界と個人をつなぐグローバルコミュニケーション時代は終焉した。

 その原因となった妖精と呼ばれる空中に浮かぶオーブが一体、俺の周りにまとわりついて何事かを必死に訴えかけているのだが、非常に煩わしい。顔の近くをせわしなく行き来している。ファーストコンタクトで無視してれば良かったのに反応してしまったのが悔やまれる。


 曇天の下、雪の残る山道から少し外れた湖のほとり。俺以外の人影は見当たらない。

 動物をむやみに拾って帰るのは大人としてどうかと思うのだが、人が困っているなら助けるのが普通だろう。はて、妖精の場合はどうなのだろうか。

 

 半分以上残っていた熱いコーヒーを零し空になった水筒を湖の水で軽くゆすぎ、ハンカチで水気をふき取った。口が開いた水筒を妖精の方へ向ける。意図を察したのか、妖精はゆっくりと水筒の中へ入っていった。蓋を閉めて鞄の中へ水筒を収める。できるだけ揺らさないように配慮はしてはみたが、この先の帰路を思えば無駄だろうことに思い至る。


 傍らに停めていた赤色の大型自動二輪のプルプァに跨ってエンジンをかけた。機械的でありながら砕けた口調でプルプァが俺に喋りかけてくる。

「コーヒーブレイクがいつもより短めでしたね。勤労精神に目覚めましたカ?」

「俺はいつでも真面目な公務員さんだ。首都まであとどれくらいかかる」

「一時間から三時間ほどですネ」

「ずいぶん、アバウトだな。」

「コーヒーブレイクを0回から3回で計算しましタ」

「つまり、二時間くらいで着くのか」

 エンジンの排気が笑った。


 寒さから身を守るべく支度を整え、軽く点検をとって、ゆっくりと走り出した。



-------------------------



 道の端に残っていた雪の姿がなくなっていき、舗装されていない道路がアスファルトに変わっていった。


 海沿いの道路は広くて閑散としている。障害物がないので見晴らしはいいのだが、ここらは風が強くて運転に難儀する。曇り空は続いていて、全体的に灰色な景色の中を走る。しばらくして、ようやく大型のトラック一台とすれ違った。軽く手を挙げて挨拶をすると、運転手はクラクションで返してくれた。


 優しさには資格が必要だ。誰かに優しくしたいなら、その人の良き人でなければ、その優しさは受け入れられないだろう。それが、どんなに無償の精神から来ているものであっても。見ず知らずの人と交わす挨拶は、優しさがちょうどいい。


 海沿いの道路を走り抜けると関所が見える。プルプァ停めて、関所の人間にプレートを渡す。プレートは薄い金属板で身分証明のデータを入れられたチップが内蔵されている。それを見せるだけでも、自分が国家公務員のランナーであることは相手に伝わるだろう。


 ここでも軽く挨拶を交わすのだが、先ほどの挨拶よりも気持ちのいいものではない。

 儀礼的な形式的な挨拶とは、なんの意味があるのか、いや形から入ることも大切なのだろうと思うのだけれど、ひどく疲れるというか面倒なものに感じる。


 無事に照合が取れたらしく、ようやく自分のホームタウンに戻ることができた。

 先ほどの閑散とした場所とは違い人々の姿が見える。様々な店の看板が並び、人々の服装も相まって非常にカラフルだ。先ほどのモノトーンな風景と比べて一つの関所を隔ただけとは思えない。


 街では車やバイクといった乗り物はほとんどないため、歩行者が闊歩している。ゆるゆるとスピードを落として人を避けながら進む他ない。新国会議事堂へ向かうには、多くの歩行者を避けねばならないため、途中から地下道へと入る。過去には電車が激しく行きかっていたという地下鉄も、主要な路線以外は撤廃され職員専用の通勤道路となった。


 遮断機をプレートの認証で開けて新国会議事堂内の地下駐車場、兼設備工場へ入った。空調が効いているためようやく寒さから解放された。プルプァから降りて防寒着をゆるめる。指定の駐車スペースまでプルプァを引きづりながら歩いた。

「お疲れだったなプルプァ、無事に今回もお仕事終了だ。どこか変調は見られるか」

「私は機械ですので疲れるということはありません、機体の調子でしたら問題ありません。すぐにでも次の出動が可能でス」

「……そうか」


 指定の駐車スペースにたどり着いたところで同僚のヤナギが声をかけてきた。

「ようアシ。今回は長い勤務だったみたいだな。一ヶ月ぶりか?」

 ヤナギは白いつなぎの作業着姿で腰のベルトバッグに工具をギッシリと詰めた姿で近づいてきた。頭に薄汚れたタオルを巻き、歩くたびにカチャカチャと工具の音がする。顔は無精髭を生やした細がたの体躯だが、活力に溢れている。

 整備員は国が専属契約した会社の従業員であって国家公務員というわけではない。機械弄りが好きなヤナギは本来、俺と同じ所属部署なはずだが、好んでこの地下の整備工場にいる。腕が確かだからか、部外者だと追い出されるわけでもなく、むしろ貴重な戦力として迎えられているようだ。

 ヤナギがランナーとしての仕事をしていないことを上も黙認している。それを快く思わないものも少なくない。ただ、同じランナーの同僚達はヤナギがいることで助かっている。文句を言うのは、他の部署の人間だろう。内情を知らない人間が言っているだけ。もっとも、誰が文句を言ってもヤナギはへらへらと笑って受け流すだろう。


「あぁ、プルプァの調子が悪いようだ。見てもらえるか」

「私は問題ないと進言したハズですガ」

「俺に嘘を言ってもだめだ」

 俺の言葉を聞いてヤナギが軽く点検をとる。

「うん。ちょっと部品交換した方がよさそうな個所があるな」

「どれくらいかかる」

「部品があれば2,3日。無ければ2週間以上はかかる」

「聞いての通りだ、プルプァ。お前は次の仕事はお休みだ」

「ここの整備基準は過敏すぎます。これくらいの変調なら部品交換の必要性はありませン」

「その判断をするのはお前さんじゃなくて、俺たち整備員の仕事だ」 

「お前は本来、整備員じゃないだろ……」


 不服そうなプルプァを「整備が終わった時には必ずお前を指名して連れて行くから」となだめ、ヤナギにキーを渡す。自分の担当部署のオフィスへと向かった。



-------------------------ーーーーーーー


 新国会議事堂は駅に併設されている。そして、駅にはショッピングモールも併設されている。

 流石にショッピングモールと新国会議事堂を一般人が行き来することは出来ないが、人々が行き交う賑やかな光景を窓から眺めることもできる。壁一枚の差だというのに、こちら側は堅苦しい静けさだ。どちら側にいたいかと尋ねられれば、両方とも御免こうむる。


 自分の部署までの道のりはやや複雑である、一度くらい道案内をされても覚えられないだろう。エレベーターで上に昇ったかと思えば、廊下の突き当たり先の階段を下った後、廊下を右、左と進んだ先のエレベーターでまた昇るなんて道順を繰り返すのだ。しかも、どの階も似たような光景で迷いやすい。この建物で遭難し、行方不明になる人間が年に数十人はいるという話を冗談だと笑えないほどだ。


 随所にある非常階段がオートロックされないのであれば、この面倒な道順を歩かずに済むのにと毎度考える。こんな構造になった理由は無理やりに全部署を新国会議事堂に収容したからだと言われているが、内部の問題ではなくて設計段階でおかしかったのではないのだろうか。内部が複雑さに伴って建物が変わることはないのだから。

 

 途中でこの建物内にある自室へ先に戻ろうかと考えたが、水筒の中身を思い出して部署長への報告を先に済ませることにした。


 ようやく自分のオフィスへとたどり着く。建物内の移動だというのに20分ほど。自動ドアを抜けた先にいる受付事務に部署長は部屋にいるかと尋ねた。受付事務の女性が「今日は逃がしてません」と自信満々に答えてくれた。

 部署長は元ランナーだったらしく現場主義だ。というより部屋に籠るのが苦手なようで、たびたびオフィスから逃げ出している。部署長が居なくて責められるのは受付事務であることが多い。受付事務に責任は一切ないのだが、自然と部署長を監視するのは受付事務の仕事になった。「ご苦労さま」と返答してオフィスを抜け、部署長室の扉まで進む。


 「部署長、アシですが、ただいま戻りました。入室してもよろしいでしょうか」

 扉をノックし声をかけて十秒後に「はいよ」と返事があった。「失礼します」と扉を開けて中に入る。


 ウェーブがかった長い髪の40代の女性。ランナー第六部署、部署長のマツ。

 男は怖がり、女は憧れを抱くような美人である。部屋は清潔だが、書類が机の上に散乱している。その書類が積まれた机に腰掛け煙草を吸いながら俺を出迎えた。


「お帰り。ご苦労だったね。報告書は一週間以内であれば問題ないよ」

「わかりました。3日程で仕上がると思います。それとは別にご相談がありまして」 

「………トラブルか?」 


 俺の神妙な面持ちに、マツさんの目が細くなる。俺は鞄から水筒を取り出した。その動作を見たマツさんは隣に置いていたマグカップを差し出してきた。俺は水筒の蓋を開け、中身をマグカップに注ぐ真似をする。すると、中身の妖精はきちんとマグカップの中に納まった。マツさんがマグカップに入ったモノを覗き込む。


 状況が呑み込めないのか反応がないマツさんに「拾っちゃいまして」と俺はおどけた感じで切り出すと、その一言で状況を理解したマツさんは「お前、どんな深刻な話かと思ったら。コーヒーかと思ったのに」と笑った。そして、笑いをこらえながら俺に話の続きを促した。


 俺は妖精を拾った顛末を話した。何か困っている様子だったと付け加えて。俺が話し終わる頃にはマツさんも笑いは納まったようだ。妖精はカップから抜け出して俺とマツさんの間を漂っていた。


「状況からすると、天然物の妖精。それで、確かにここまで顕在化しているのは珍しいな」

 マツさんは机の上の受話器を取ると、内線をかけた。「さっきのヌイグルミをまた持ってきてくれないか?あぁ、ついでにコーヒーを…」お互いに目で合図を送る。「二つ持ってきてくれ」


 


------------------------------------



「電気を物質化、固定化、目に見えるもの触れるものとして顕在させる技術が開発された。初めは媒体のない発光体として、次に空中に浮かぶディスプレイ、様々な商品が開発されようとしていた。でも、この発明で一番重要だった発見は動植物の体内電気にも適用が可能であったこと」

 

「それは、これまで未知の領域だった体や脳の仕組みを解き明かす発見とも言えた」


「人間の脳は高性能なコンピューターであり、電気信号の命令によって体が動く。では、心や感情といったものも電気信号によるプログラミングされたものにすぎないのだろうか。だとすれば、電気信号の動きを解明しトレースすることができれば、心や感情を人工的に作り出せるのではないだろうか」


「その研究は成功し、動物や人工知能は感情を持ち、脳を持たない植物にも一定の効果が見られた。そして、電気が顕在化しているものに感情や心があるものを妖精と名付けられた」


「つまり、妖精とは私のことですか?」  

 


 マツさんが持ってこさせたヌイグルミは猫なのか狸なのかわからない代物だった。妖精が入り込んで動かす機械の外側に着ぐるみを被らせただけだ。何かの意図があるのか。猫なのか狸なのか。質問をしたいが、このタイミングですべきなのか非常に悩ましい。

 このヌイグルミのおかげで妖精と俺らはようやく会話することができた。正直、会話ができるとは思っていなかった。

  

 事務員からコーヒーとヌイグルミを受け取ると、マツさんはヌイグルミのファスナーと中の機械の蓋を開けた。中に入るように妖精を促すと妖精はおずおずと従った。しばらくすると、ヌイグルミがゆらゆらと体を動かし、手足をじたばたさせ、俺らの方へと視線を向けた。


「あなた喋れる?」

「……はい。アーアー、アーあー、あーあー。はい、喋れます。」

「これいくつに見える?」

 マツさんが指を三本立たせて、ヌイグルミの前で手を軽く振った。

「3本です」

 

「いくつに見える?」

 マツさんが自分を指さして言った。

「30歳くらいですか?」

「視覚、聴覚、共に異常はないみたいね」

 

 マツさんがご満悦なようなので、俺は何も言わなかった。


「あの、私はいったい、どうなっているのでしょう?」

「湖のほとりでふらふらしてたのを私の部下が保護したらしいけど、違うの?」

「いえ、そのあたりはなんとなく、わかるんですけど」

「視覚があったの?」

「はい、ぼんやりとですけど。えと、私はなんで、えーと、体が無いんですか?」


 妖精が混乱しているようで、こちらにも混乱が移ってきた。


「妖精だから体は無いのが普通でしょ?もともとは、体があったの?」

「妖精って、何ですか?」

「…そのヌイグルミの中に簡単なデータが入ってるわ、探してみなさい」


 妖精は自分が操る機械の中にある資料データをあさり始めたのか、動きを止めた。

 俺はマツさんと妖精の会話に入らずに、二人のやりとりを聞いていた。

 しばらくすると、妖精がぽつぽつと喋り始めた。

 妖精が世に現れた説明。かなり掻い摘んだ説明ではあった。あのヌイグルミの中にどれだけのデータが入っているのか俺にはわからないが、それ以上の説明をすることは出来ないだろう。

 妖精に関しての情報は不確定な事柄が多く、憶測や推測が多分にある。それらを情報として扱うべきではないという判断をすると、説明するような事柄がほとんどないのだ。ただし、憶測や推測を多分に含んだ説明が一般認知されている内容のために、今の説明には不十分な印象があった。


 室内は変な空気が流れていた。妖精に私は妖精ですかと聞かれたのだ。マツさんは真剣に耳を傾け、思案している様子だ。どんな風に答えるのか。俺は第三者の立場に徹することにした。 

 気まずさを察したのか、それを振り払うように妖精は言葉を続けた。


「私は人間です。」「……多分」

 

 この言葉により、気まずさが増した。 

 

「あなたは人間だった。しかし、気付いたら妖精の姿になっていた。そういうこと?」

「……はい。はい、そうです」

「名前は?」 

「な、名前ですか?……すいません。わかりません」

「年齢、住所、性別、人間だった時に思い出せるあなたの個人情報は何かある?」

「……すいません、記憶がないんです。なにも、わかりません」

「記憶喪失ってことかしら?」

「多分、そうだと思います」

「なんでもいいわ、思い出せることはない?」

「えと、自信はないんですが、女の人だったと思います。……多分」


 話にならない。妖精は自分を人間だと言うが、それを証明する手立てどころか、可能性すら提示できていない。そして、全ての意見に多分がついてくる。そもそも、妖精が自分を人だと主張する話なんて聞いたことが無い。しかし、妖精と人の区別をつけるとすると、人とは何かを考える哲学的な思考になっていく。アンドロイドが感情や自我を持つ話なんかはSFにありがちな話ではある。思考が明後日の方向に行きそうだ。少し、切り替えよう。


 妖精の話が本当だったとしよう。自分が記憶喪失になったとして、そして体がなかったとして。自分の性別にすら確信が持てなくなるのか。なったことが無いからわからないのだが、そういうものだろうか。そういうものかもしれない。ただ、もし妖精の言うことが本当で自分がその立場だと考えると、確かに混乱するだろう。


 マツさんの方を見ると、眉間に皺を寄せて考え込みながら、ぶつぶつと呟いていた。何を言っているのかと思っていると、こちらに顔を向けたマツさんと目があった。


「アヤメとかどうかな?」

「え?」

「彼女の名前、どう?どう?」


 マツさんは俺と彼女を交互に見ながら、彼女の命名について感想を聞いた。

 名前を考えている場合ではないと思うのだが……。


 とりあえず、名前はあった方がいいということで、彼女もアヤメと名乗ることを了承した。 

 この場を作ったのは俺の責任なのだが、正直、もう立ち去りたかった。俺としては、珍しい妖精を拾ったので報告をしたら、あとは研究機関なりなんなりへとマツさんが手配して終わりだと思っていたのだが、その気配が無さそうだった。どうも話の着地点が見えてこない。


「さて、アヤメちゃん。ひとまず、君は記憶を取り戻したい。というか人だったんであれば体も取り戻したい。ということでよろしいかしら?」

「はい。そうです」

「では、あなたを私たちの職場で雇うことにします」


 話の着地点が見えてきたが、予想外な展開だった。流石に口を挟もうかと思ったが、思いとどまる。

 アヤメの方は突然の言葉に戸惑っているようだ。俺らの反応を見てマツさんは言葉を続けた。


「そうね、順を追って、私の考えを言うわね。あなたは記憶や体を取り戻したい、でも、手掛かりはない。今から何をすればいいのかもわからない」

「はい」

「私達の選択肢としては、国の研究機関にあなたを提出するか、職場で使用する備品として雇うかの二択しかないのよ。」

「……」

「人が妖精になったなんて話は聞いたこともない。おそらく誰も信じないし、私も半信半疑」

「……」

「研究機関があなたの調査をして、体や記憶を取り戻す協力をしてくれるかもしれない。けど、私たちは、研究機関がどう動くのかはわからないから、脅すつもりではないけど向こうが協力してくれるかどうかはわからないし、責任は取れない。最悪、モルモットにされて終わりかもしれない」

「……」

「私たちの仕事は各地を飛び回る仕事だから、それに同行すれば何かを思い出すかもしれないわ」

「……」

「もちろん、あなたはそれを拒否して、自分が行きたいところに行けばいいし、やりたいようにすればいい。無理やり、研究機関に引き渡したりはしない。でも、あなたも現状、一人でどうこうできないでしょ」

「……」

「ちなみに働くと言っても、給料は出ないわよ。まぁ、そうね、そのヌイグルミと電気代が給料ってところかな?さて、どうする?」


 しばしの沈黙の後、アヤメが口を開いた。


「ありがとうございます。なにもお返しができませんが、よろしくお願いします」


 後ろから聞いていても、気分のいいものでは無かった。アヤメに選択肢は無かった。無いうえで、選択肢を作り、選ばせるという体裁だけを与えた。これは誘導だ。逆に自分たちの仕事は妖精関連のものでは無いから専門の研究機関で調査すれば何かわかるだろうとでも言っておけば、アヤメは研究機関への保護を受け入れるだろう。

 このような手段をマツさんがするのは意外だった。そもそも、アヤメを雇う方向にマツさんが働きかけている意図が俺には掴めないでいた。


 マツさんが内線でやり取りを交わした後に、部屋へ来た事務員がアヤメを連れて退室していった。恐らく、いくつかの診断テストや事務手続きを取るのだろう。俺は冷めた珈琲をすすりながら、マツさんからの言葉を待っていた。


「アシ、アヤメの世話を頼むわね」

「拾ってきた責任ってやつですか?」

「それと彼女の真意というか、事情をかんがみてね」

「どういう意味です?」

「もし、仮に彼女が本当に人間から妖精化したんだとしたら?」

「……自然発生ではなく人為的なものということになりますね」

「ということは、国に報告をしていない研究をした団体がいる」

「国に報告をしていない研究をしている団体はいるかもしれませんが、人間を妖精化という時点であり得ない話だと思います。もしそれが本当なら、アヤメはやはり研究機関に引き渡すべきでは?」

「国の研究機関に引き渡しても、成果なんて出ないでしょ」


 マツさんは椅子に座り腕を組んだ。顔つきは険しい。


「別に、人間から云々を抜きにして、アヤメは妖精として珍しい。あれを作ることができる技術を持つ研究機関があるなら、そこは何としても確保したいでしょ」

「まぁ、そうですね。でも、アヤメはそこまで珍しいですか?」

「珍しいわ。だって、妖精は選択肢を与えられても、選ぶという行為はしないもの」


 マツさんは口角を上げ、楽しそうに呟いた。


「トラブルやハプニングが起きる気がする。楽しみね」


 俺は仕事に戻る旨を伝えて退出した。というより、目の前の上司から逃げることにした。これから起きるかもしれないすったもんだも、出来ることなら逃げ出していく所存である。



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