第五話 舌足らず
俺の会社に滑舌の悪い女がいる。アラサープログラマーのH子だ。顔もスタイルもなかなかなのに、しゃべると残念なおばちゃん系。
口癖が、
「あかん、エロいこっちゃ」
(仕事中に、なにを言うとんねん)と思ったら、どうも本人は、「えらいこっちゃ」と言いたいらしい。
この前なんか、
「エッロー、しんどいわぁー」
って、言うから、
「エロ過ぎてしんどいって、どういう状況やねん?」
と、突っ込んだら、
「エロいなんて言うてへんわ。いちいち突っ込むな、このエロじじい」
と、――〝えらい〟は、よう言わんくせに〝エロい〟は、普通に言えるんです――。
さすがにカチンときた俺は、H子に言い返してやった。
「お前こそ、その滑舌でみんなに散々いじられて、突っ込まれて、よう妊娠せぇへんなぁ」
そうしたらH子のやつ、
「あっ! いくらなんでも、今のは、セクハラですよね? 訴えますよ」
だと。
(まったくなんでも、セクハラ、セクハラって言えば黙ると思いやがって)
と、心の中でつぶやいて、あとは貝のように口を鎖ざしたのだが……。
*
そんなH子を連れて、みんなで韓国料理屋へ行ったときのこと。H子が、また偉そうに、
「『キムチ』って韓国語ですけど、日本人の発音では韓国人には通じませんよ」
と、言いだした。俺はすぐさま、
「お前の口から発音とかしゃべりのうんちく、聞きたぁないなぁ」
と牽制したらH子のやつ、いけしゃあしゃあと、
「私、舌っ足らずかしれへんけど、そんなに滑舌悪いですか?」
だと。
そっこう誰かが、
「お前この前、給湯室で、『ナンパでカーセックスで、イった』って言ってたらしいなぁ」
と、言ったら、H子は顔を真っ赤にして、
「『難波でカラオケボックスへ行った』ちゅうたんじゃ、ボケ」
「どんだけ舌、短いねん? 生えてないんとちゃうか? あああんしてみぃ」
と、なんとも情けない会話になって……、
そのあと、
「お前は韓国人に通じる『キムチ』の発音ができんのか?」
との言葉に、待ってましたとばかりのH子――。
「韓国人が、日本のアダルトビデオを見ると、女の子のよがり声が『キムチ』、『キムチ』って聴こえるんやて」
と、相変わらず悪い滑舌と、トンチンカンな例え話に一同がキョトンとしていると……、
「あんたらみんな、そろいもそろって頭悪いんか? 女の子がエッチしてるときに言う『気持ちええ』が、ネイティブの『キムチ』の発音なんじゃ」
と、また偉そうに啖呵を切ったH子。自分が関西人であることをすっかり忘れた、恥ずかしい間違いとも気づかず。
すかさず誰かに、
「アホ! それを言うなら『気持ちええ』やのうて『気持ちいい』やろ。まったくお前は、舌も足らんけど、脳も足りてへんな」
と突っ込まれ、同期で仲のいい同僚にまで、
「君、リアルなやつやってんなぁ!」
「リアルって?」
「舌っ足らずの脳足りん」
「誰か、ノータリンじゃぁ!」
と、やっぱりいじられっぱなしのH子なのであった。
《チョギヨ 〝キモチイー〟 ハナ ヂュセヨ》