第四話 進化のゆくえ
おれは、〝バカ〟とか〝アホ〟とかは、言葉だけのことで、人間なら誰でも、とても賢いものだと思っている。それどころか、犬や猫、鳥や虫なんかだって、決して愚かなものとは思わない。あいつらも、食うため、子孫を残すため、そうとう頭を使っていることだろう。
*
この前、会社帰りに下町の居酒屋で飲んでいたときのこと。後ろの席にいたカップルの会話が聞こえてきた。
「おい、サキ。誕生日になんか欲しいもんとかある?」
「なに! 買ってくれんの? めずらしいじゃん」
「そんなたけぇもんとか無理だかんな。バイト代入ったし、なんか言ってみぃ」
「ロクシタンって知ってる?」
「おう。食ったことあるよ。あんま、うまくねぇよな、大味で……」
「食いもんじゃねぇよ、バーカ。知ったかこいてんじゃねぇ」
「ああ、クソだけぇ栄養ドリンクのことか。ロクシタンAだっけ?」
「ちげぇぇよ、バーカ。おめぇわざと言ってんべ」
「なんだよ?」
「化粧品だっつうの」
「ああ、そっちのほうか」
「絶てぇ知らなかったべ」
――そこに、注文した鮭のハラスが運ばれてきた。
「お、きたきた。めちゃくちゃアブラが浮いてて、うまそう」
「アブラが浮いてたら気持ち悪りぃだろが。ほんと、おめぇといると、私までバカだと思われるわ」
鮭のハラスを食べながら、再び男が話しだした。
「こないだテレビみてたら鮭の産卵やっててさ。俺、あれ見て泣いたわ」
「あんたも、そんなの見て泣くんだ。意外。確かに、鮭って命がけで川をのぼって、産卵して死んじゃうんだもんね」
「ちげぇよ。なに勘違いしてんだよ。俺がそんなことで泣くわけねぇべ」
「はあ? じゃあ、なにに泣いたのよ」
「おめぇ知ってっか? 鮭の雌って、イクラ生むんだぜ」
絶句する彼女――。
「なにが悲しいって、雄の一生に一度のエッチが、イクラに向って精子かけて終わりなんだぜ。わかる? オナニーして終わりっつうありえねぇ最期。なぁ、切ねぇだろ」
耳をふさぐ彼女――。
「なんでイクラ見て興奮できるのか、意味わかんねぇし。鮭に生まれてこなくてよかった」
たまりかねた彼女は、
「おめぇ死んだら、次は絶てぇ鮭だって。しかも、川の途中でヒグマに食われて、最後のオナニーすらできずじまいの」
「サキ。切ねぇこと言ってんじゃねぇよ。そろそろ帰ってエッチすんべ」
「おめぇ、ほんとエッチだけは猿並みだなぁ」
「お! 褒められたのか?」
「ひとりで握りしめてろ、このバーカ。おめぇとエッチしたらバカがうつるわ」
*
おれは、〝バカ〟とか〝アホ〟とかは、言葉だけのことで、人間なら誰でも、とても賢いものだと思っている。
ただ人類は、頭を発達させ過ぎたあげく、なにか間違った方向に進化してしまっているような気がしてならないのだ。
本来、子づくりが目的であるはずの性交渉に、人は、ただ快楽だけを求めてはいないか? 鮭なら一生に一度しかしない自慰を、ひまさえあればやっていないか? ときに同性どうしでちちくりあったり、まさかの異種生物の体にまで手をだしたりしてはいないか?
なにをやっているんだ人類は? どうしちゃったの人類は?
いやがっている犬猫にむりやり服を着せるんじゃない! 犬猫の耳元で大きな声でしゃべりかけるんじゃない! あいつらみんな耳がいいんだ。
(お腹ちゅいたねぇ。おいちぃのあげるねぇ)
『黙ってよこせ、バカヤロー』と、犬も言ってるぞ。
これでいいのか人類は? 知的生命体なんてこんなものなのか? 宇宙人に、こんな姿を見られていいのか? このままいったら、人間はいったいどうなってしまうのか?
(どうもなれへんわ)
おれは、〝バカ〟とか〝アホ〟とかは、言葉だけのことだと思っている。
だが人類の進化は、生きることとはまったく関係のない、違う次元に向かって突っ走っている。そんな気がしてならないのである――。